番外編「ポンコツ元奴隷、英雄になる その5」
今日終わると言いましたが、すみません。明日になりました。
思ったよりも戦闘シーンが長かったのと、尺がない中で話を〆るのはよくないなと思ったのです。
明日の番外編完結話をお楽しみに!
「もう理解できない話を延々と聞くのは御免ですから、いきますよ?」
もう議論は尽くされました。話はきっと平行線――こうなってはたとえ何時間も彼の講釈に耳を傾けようとも共感できる要素はありません。話が平行線で、なおも互いに主張が逆方向であるのなら、やることは一つです。もとよりその予定でしたから、何ら問題はありません。
「はっ!」
私は駆け寄って、その教主さんに対し両手を斜めに振って切りつけます。
ですが、彼は涼しい顔で後方に避けます。その避ける挙動は、まるでふわりと風に流れる羽のように滑らかな動作をしています。
「〈滑空〉ですか……」
「貴様、術師ではないのか? 術師が補強の〈術式〉もなしに突撃してくるなんて聞いたことないがな」
「うるさいですね……」
すかさずに切り込んで、軌道を誘導したうえで私は暗器の一つを思い切り投擲します。
「ふん、真なる術師の戦い方を知らぬ小娘が、そう粋がるでない」
彼はすかさず〈滑空〉を切り、俊敏な回転で躱そうと試みますが――少し遅れたためその左腕を掠めてしまいます。が、致命傷ではありません。
「むっ…………」
「使えないからといって、知識がないわけではありませんよ!」
「小娘が……傷をつけるなど、不敬にも程があると知れ!」
「勝手に舞い上がって、勝手に怒らないでください!」
通常、〈滑空〉はそれこそ舞い散る羽のように自然な動作で体を移動させる〈術式〉です。しかし、その特徴として投擲武器といった速度を伴った攻撃や今のような誘導に弱いという性質があります。
「私にも見かけによらない年の功というのがありますから――そう見縊らないでください!」
先程の教祖さんの意見はごもっともです。
術師は通常は身体強化等の〈術式〉を十分にかけた上で勝負に挑みます。相手が剣士の時などは、そうやって身体差を埋めるというのが常套手段なのですから。ですが、手数も魔力量も乏しい私にそのような器用な芸当はできません。ですから、先手必勝で攻めるほかないわけです。
私は腰元のポーチから暗器を補充して、それに細工をして投擲します!
「成程、身体的な差を搦め手で埋めるというわけだ」
教祖さんがその手を払うと寸前で暗器は叩きとされますが、彼の払った手はほんの少しだけ火傷していました。
「わずかながら刃先に炎が宿っていた、それが燃え移ったというわけか、考えたではないか」
「はい、流石ですね」
尊大で理解に苦しむ性格をしている方ですが、やはりそれなりの素養はあるようですね。
私の体内の魔力量は乏しいわけですから、節約が大事です。派手に火炎弾を放射することはできなくもないですが消費もまた甚大です。魔力量の枯渇は死に直結しますから……なんとしても節約をしつつ相手をじわじわ削っていきます。
私にあるのはポーチの中の幾つかの暗器と便利道具のみですから、それを十二分に活用しますとも。
私は畳みかけます――暗器を敢えて彼の周囲を内包するように三箇所に置きます。
その三点が結ばれた瞬間、三角形が青白い線によって結ばれて、そこから電流が彼に流れ込みます。決して高電圧ではありませんが、蓄積されれば――。
「確かに危険だろうな。だからその電撃、止めさせてもらうぞ」
「へっ?」
反撃を講じたのは紛れもなく、教祖さんでした。
しかし、反撃といっても火力でねじ伏せるなんて真似ではなく、自身の右の二の腕に青白光の円環を纏わせるだけでした。最初こそは私も距離を置いて未知の攻撃を警戒しましたが――何もありません。
おっと、いけませんね、隙を与えては。
なんだかわかりませんが、相手が速攻で仕掛けてこないのなら、此方としても次の攻撃に移らなければ。
「はっ!」
同じ要領で暗器を布石として部屋中に設置させます。
そして、部屋中に電撃の線を展開して、彼を包囲――できませんでした。
(どうして電撃が出ないんですか――?)
魔力が枯渇しかかっている?
いいえ、自身の出せる量はそれなりに把握していますとも。節約もしていますから、まだ枯渇する程では――。
「わかるか、小娘――自身の技が手元から離れる感覚が」
「貴方は何を……」
私は何度か、同様の手段で雷の〈術式〉を起こすための演算を組んでいるというのに、円環は生じても、それ以上は何も起きません。
(手元から離れる、といいましたか……)
それに、腕に維持され続ける円環……。
「困りましたね……」
数少ない手札が無効になるどころか、強奪されてしまいました。
教祖さんはご満悦な表情で、二の腕に生じた円環を高速回転させ始めます。すると、その右腕から高威力な電撃の光線が飛び出しました!
「きゃんっ!」
その速度に対応しきれず、私は真正面から衝撃を受けてしまいます。
「ぐっ……」
「直前までの自身の力に傷をおわされるというのはさぞつらいだろう」
「は、反則ですよ……! 力を奪ったうえで、高威力で返すなんて!」
「ははははは! いい顔だ! それをもっと見せよ、小娘!」
私の手元にあった時はこのような威力はなかったのに……!
これは……大変な戦いになりそうです……!
所変わって、カノンとエンヌが特別授業を進めている彼女の書斎。
書斎、とはいうが数多もの結界や幻惑が立ち込めるこの間を正しく”書斎”と定義できるかどうかも曖昧になってくる。そのような混沌とした場で、カノンは最後の締めに取り掛かっていた。
それは休憩の時だって変わらない。そのような地で彼女は魔力を調節しつつ、食事を摂るし、仮眠だって取るわけだ。
そして同時に————エーデルワイスの監視も並行していたのだ。
「ふぅん」
休憩の最中、奏音はエーデルワイスに密着させた通信映像を垣間見ている。
「何を視ているの?」
「これよ」
エンヌが静かに画面をのぞき込む。
「……彼女、本当に殴り込んだというの?」
「この映像が偽装だと思う?」
「思わないけれど……」
遠隔操作でなければ、今のカノンであれば一人の人間を観察し続けることはそう難しくない。一度見守ると宣言した以上、彼女は監視にも手を抜くことはなかった。
エーデルワイスと教祖のやり取りをカノンは聞き届けていたのだった。
「それにしても随分と馬鹿な男ね、サル山の大将のようだわ――担ぎ上げられて、天狗にでもなったのかしら」
丁度その瞬間、エーデルワイスは教主の放った電撃により体が地面に打ち付けられている。
「……戦況は芳しくないようね」
「〈術式〉の剥奪及び制御、か……自己愛に溺れた三下の使いそうなものね」
奏音は嘲る。
実際、エンヌにとっても取るに足らない相手である――剥奪にも限度があること以上に、要は剥奪される前に一撃で無力化できれば左程の脅威でもないのだ。加えて、仮に〈術式〉を剥奪されようとも自衛の手段があればどうとでも対処ができるのだ。
「だけどエーデルワイスには強敵のようね」
そもそもの手数が少ない時点で彼女には圧倒的な不利があるわけだ。
というか、彼女の術師としての適性で真面に術師と対峙すること自体が間違いである。
「暗器で〈術式〉抜きの白兵戦に持ち込む、という発想は悪くないけれど」
如何せん体格差など、彼女には分が悪すぎる。
「あのバカ……常日頃から彼我の戦力差を見極めていけと教えているというのに……」
「……貴女も大概よ?」
「どうして」
「彼女、ずっと貴女の傍にいるのに、貴女は何も教えていないじゃない」
「私が? あの子に何も? まさか本当にそう思っているのかしら、貴女は」
「…………」
貴女のそういう所よ、とエンヌは吐露したくなるが、寸前でぐっと我慢した。
「このままでは彼女、負けてしまうわよ?」
エンヌの言葉に、奏音は一笑に付す。
「本当に負けると思っているの? あいつは術師としては雑魚よ。強敵とは言ったけれど、実際はエーデルワイスの当て馬には丁度いいくらいよ」
「だって、彼女に残っている手札は火と水の……」
「見縊らないで――あの子は確かに〈術式〉に関しては不得手よ。だけどね、それが使えない故に敗北するような軟な教育はしていないわ」
エンヌは若干理解が及んでいないようだ。
「彼女には人に言えない強い願望がある。それが果てるまで、無様な結末を見せたりはしないわ。少なくとも――彼女は今の自分にできることを全うしきるわよ」
「妙な信頼関係ね」
「お褒めに預かり光栄よ、さ、続きをしましょう――あれを完成させるわ」
奏音は僅かに魔力をエーデルワイスの監視に割きつつ、修業の最終段階に移ったのだった。
「あいてて……」
「どうだ! 苦しかろう!」
駄目ですね、馬鹿みたいに電撃を連射してきて近づけません。
遠距離攻撃を主体にされては暗器で立ち向かうにも限度があるというものです。
それに、この部屋にはやたらと荷物が多い! なんなんですか! 私の背にあるこの樽とか、諸々!
(この樽……中に何が入っているんでしょう……変な臭いがしますね)
うーん、でも全く知らないものとは思えませんね。
「うわっ!」
雷光が私の頭上を掠めました……背が低かったから助かったなんて認めたくありませんね。
「きゃあ!」
最悪なことに、頭上に三段ほど詰まれていた樽の最上部に光線が衝突し、小さな穴が開いてしまった結果中の液体が私の肩に少しかかってしまいました。
(冷たいし……なんかねばねばしますし……これは水ではない……もしかして)
って、予想に感けている場合ではありません――相手を倒さないと!
「一方的にさせませんよ! 〈流水〉!」
私に高水圧は出せませんが、相手を転ばす程の水圧くらいなら出すことはできます!
転んでくれれば御の字です。
「小癪な――させん、はっ!」
彼は尚も電撃を放射し続けます。もしや彼は奪う以外の〈術式〉を持っていないのかもしれません。もしも強力な〈術式〉を有しているのならそもそも奪う必要もないですし、それで私なんて倒されてしまうでしょう。
水流が電撃と接触した瞬間、ボフンッと破裂して水蒸気と化します。
「そんなに電気が好きなら……勝手に感電していてください!」
私は〈流水〉を連発します。
何度も、何度も発動しては打ち消され、消しそびれた水が部屋をびしょびしょにしていきます。
「部屋中に水浸しにしたツケは払ってもらうからな!」
「石畳なので勝手に乾きますよ! 〈流水〉! 〈流水〉!」
簡単に避けられて、その倍の電撃が返されてしまいます。
「阿呆が! 小娘にはこれが其処らの石と同じに見えるか! この神聖な石畳を!」
うわっ、この人素面でそれを言っているのならかなりの重症ですよ!
「えーい!」
私といえば、一つ覚えでしかない〈流水〉を放つしかありません。
「しつこい――見苦しいぞ!」
知ったこっちゃありませんよ! 私はそう叫んでやります。
しかし、その言葉は彼の逆鱗にふれてしまったようで。教祖さんが激昂すると、彼の右腕に二本目の円環が浮かび上がりました。
「ああっ、そんなぁ!」
〈流水〉が先程のように奪われてしまいました。
(まさか複数封印できるだなんて……)
これでは炎が出せません。炎まで奪われてしまっては、私は逃げるしかできなくなってしまいます。
(カノンさんは言っていましたね……殴り込むなら、絶対に逃がしてはいけないと)
逃亡を許したら、その時点で相手に報復の機会を与えてしまいますし、それ以上に相手は警戒を強めます。
そうなると、ユウトさんを助けることはできません。
それに……あの力まで奪われてしまっては、私はお終いです。
「きゃあああ!」
教祖さんはなおも増長して、奪った〈流水〉を織り交ぜながら乱雑に私に放ち始めるではありませんか。雑な射程とはいえ、一発の威力が高い以上被弾するわけにはいきません。
というか、神聖な床とか言っていたくせに、無茶苦茶やるせいで部屋中の様々なものが散ってしまっています。樽の山も既にボロボロで、中身も既に半分以上が地面に流れてしまっています。
「ほれ、小娘、早く先の炎を使ってみせよ」
「うるさいですよ! 命令しないっ、で――ください!」
躱しながら会話するのは至難の業です。
私は樽山付近まで後退します。が、壁際まで逃げきってしまい、もう退路はありません。
「ふははは! 逃げ場はないようだな!」
教祖さんは気分がいいのか、高らかに笑います。
「このまま電撃で殺しても構わんのだがな、それでは部下に示しがつかん」
そう語ると彼は私が先程まで投擲していた暗器を拾いあげ、私に接近してきます。
「貴様の武器で、俺は大いなる野望に仇為す政的を滅ぼす」
「くっ――」
私は間違ったことはしていません。だというのに、私がまるで悪魔のような物言い、腹立たしいです。
「が、俺とて使命を受けた人の子――如何に憎き相手とは言え、最後の言葉さえも言わせないわけではない。感謝せよ、小娘……聞いてやろう」
ほんと恩着せがましいですね……まぁ、構いません。
彼は私の近くにきてくれました。
その時点で、私の作戦通りです。
「では……質問構いませんか?」
「ああ、言うがよい」
「この樽の中は……なんですか?」
「お前は何を……」
「答えてくださいよ、少し、気になるんですよ」
「……ふん、面白くない。が、約束だ、教えてやる。これは果実酒だ」
「酒、ですか――なるほどです!」
私はその掌に炎を小さく灯し、それを真下に落としました。
「まさかっ!」
瞬間、炎が周囲に散会しました。当然、彼の身にも私の身にも炎が激しく燃え移ります。
「貴様っ――正気か!」
「ええ、貴方が自尊心強めの人で助かりました――」
私は焼ける痛みを堪えつつ、暗器を取り出し、即座に彼の胸元に突き立てました。
「うぐぁ……き、貴様ァ――!」
「え、えへへ……油断、しましたね?」
教祖さんは自身の周囲に水をまき散らしますが――。
「ぎゃあああ!」
「そりゃそうなります、よ!」
私は地面を何度か転がって、どうにか火を消します。
みるみると部屋は温度を上げていって、加えて今の彼の炎は強くなる一方です。
「貴方、料理を作ったことがありませんね? 油によって火事において水をかける行為は絶対にしてはいけません」
しかし、彼を焼き殺す気もないので、いつの間にか彼の身体から分離していたマントで彼の身体を何度か叩き、消化してあげます。
「き、貴様……何を……」
「これに懲りたら悪いことを考えないでくださいね?」
奴隷を解放しようとする行為自体は否定しません。要はやり方が間違いだと言いたいんです。だから、これからは人道的な活動を願います。
「図に、乗るなよ――小娘ぇっ!」
彼は何を思ったか、指輪をつけた手を私に突き出しました。途端、その指輪に付随した宝玉が煌めき始めました。
「きゃっ――」
その煌めきは異様に眩しく、それを目の当たりにした私の全身は、ずしんと重くなりました。
「何をしたんですか!」
「本当はエンヌ・ハイゼンベルグに対して行使するつもりだったが、予定変更だっ――神は不滅だ、一度は敗北しようとも、貴様の身体で私は生き永らえる!」
「それはっ――うぐぐ!」
火傷の痛みも相まって、抵抗力が低下しています。このままでは――
「エンヌ先生に、会うのは……別に協力を請うことでは、なかったのですね……!」
成程、ですからこのような破綻した計画を考案できたのですね! エンヌ先生の身を、教祖さんが乗っ取れば、その時点で最強の術師が国家に仇為す存在になってしまいます。それに、彼の計画が成功してしまえば、国家の重鎮であるエンヌ先生が不在になってしまえば自ずと八聖王計画も破綻してしまいます。
「駄目です、止めないとっ――」
八聖王が誕生しないと、“修正”がかかってしまいます――それだけはっ!
「やめろぉぉぉぉ!」
私は為すすべなく叫びました。
そして現実から目を逸らすかのように、私は瞳を閉じました。
数秒後、私の体はなす術なく乗っ取られた、そう確信しました。
ですが、私の意識は消えることがなく、それどころか全身が震えあがるような体温低下を感じました。目を窄める程度にそっと落としていた目蓋を開くと、部屋全体が白銀に染まっていたではありませんか。
「この光は……」
光輝な世界は明らかに寒冷地そのものなのですが、その深淵は何処か温もりを帯びており、
「……ママ?」
それは、とってもとっても懐かしい気配がしたのでした。




