番外編「ポンコツ元奴隷、英雄になる その4」
今日も二回行動です。
「おはようございます、十四号」
慎ましく振舞うのは、組織の中でも教祖に最も近いとも目される男は、行き交う信者に対し率先して頭を下げた。
「おはようございます、第一号」
この組織は全ての亜人の救済を偉大なる目標に掲げている新進気鋭の集団だ。が“救済”という名目は外部への見かけの主張でしかない――彼らの大願は、武力による反亜人思考の脱却だ。対話による時代は終わった、その過激な思考に魅入られた亜人が集いに集い、発足して一か月弱だというのに鼠算的に信者を増やした。
そこで問題となるのは多種多様な亜人が在籍している故の種族ごとの文化の壁だ。
例えば、ある亜人種Aにとっての常識が亜人種Bにとっての非常識であるという実に普遍的で重大な問題であり、その配慮は集団の規律の維持に重要な役割を担うわけだ。 敬称もまた維持の成否を左右する問題であるわけだが、教祖が見出した画期的な解決法はどんな種族であろうが共通している“数字”で、呼称を統一することであった。そうすることで些細な蟠りが発生することを事前に回避しているわけである。
「第十四号、“光”の創造具合はどうですか」
“光”――当然隠語だ。
俗にいう“兵站”を意味する。もっと言うと、戦力となる術師の育成だ。
「……女帝の加入がまだ故」
女帝――大層な言いぶりだが、エンヌ・ハイゼンベルグのことだ。
術師育成計画“光”の成就には彼女の存在が不可欠である。だというのに、そのための手段が現状断絶しているのだ。
「第三十九号はまだ見つかりませんか……」
新書を盗んで逃亡した第三十九号、つまるところユウトが目の上の瘤であった。信者の誰もが、エンヌを教団側に引き込まなければ計画は成し得ないことを理解している。故に、教団に仇なしたユウトの発見と拘束は他のどの計画よりも急務なのである。
「既に何者かが彼の身柄を預かっているようです」
「わかりました、急ぎ彼を――」
その時、北西の方角から喧騒の声が響くのを受けて、第一号は首を傾げた。
「何事ですか」
「はて……」
「大変です!」
駆けよってきたのは第十号だ。彼は額に汗をかき、非常に焦燥しているようだ。
「どうしましたか」
「表本部の方で火事です!!!!」
「表本部と裏本部があるのは、ユウトさんもご存じかと思います」
表本部というのは、実際に購入した土地に建設した数階建ての施設です。
表、というくらいで対外的な行政を司る施設である。外向けの宣伝文句としては、亜人受け入れに対する手続きなどを受け持っている。
「そこに火をつければ、人が集まると思うんですよ」
ということで、私は率先して表本部に火を放ちまくりました。
私の目論見は正しかったようで、時間が経過して少し離れた場所で様子を伺っていると、団員が鎮火のために集ってきました。 その様子を私とユウトさんはしめしめと眺めていました。放火だとバレている様子もなさそうですね。
「ひぃ、ふう、みい……ざっと三十数人くらいですね」
裏本部をガラ空きにするのは推奨されたことではありませんが、表本部が全焼ともなる事態は避けないといけません。加えてここには一般人の出入りがあるんです。消火活動を怠ればけが人が出てしまいます。そうなると、責任問題が問われ始めて大変です。
「頃合いですね、行ってきます!」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、ユウトさんはカノンさんの家で待っていてください!」
私の見込みは正しかったようですね!
この調子でちゃっちゃと制圧してしまいましょう。
「ふむ、ここが入り口ですか」
提供してもらった地図に誤差は余りなかったようです。流石金額に見合う仕事をしてくれます。
「…………」
物怖じしても仕方がありませんね。
私が助けると決めたんですから。
「警戒していきましょう……」
「誰だお前は!」
ああっ!
「見つかってしまいましたか」
「って、お前は……」
私は構えて、用意した指で挟む形の極端に短い暗器を構えます。戦闘術の心得は余りありませんが、一般人を撃退するくらいの護身術は身につけているつもりですから…………手も足もですに完敗なんてことはないでしょう。しかし、私の予想と反した彼はと言えば…………
「亜人じゃないか、悪い悪い、今は取り込んでてな。とりあえず広間に……」
ふむ、成る程?
「…………」
私を侵入者や外敵と認識していない?
思えばそうだ。偽装用の眼鏡もかけていませんし、妖精種はただでさえ亜人としての特徴がはっきりとしています。そして……亜人ならば、亜人が集う場所に足を運んでも不思議はないのでは? それ以上に潜入工作をする必要がないのでは?
だとすると……。
「こっちだ」
ふむふむ。
相手は無防備且つ無計画……そっと武器を落下している木材の棒に切り替えます。
そっと、そーっと……。
「えい!」
ぽかん、そう一打を彼の頭に食らわせると、彼は気を失って地面に倒れてしまいました。
同じ差別と闘う亜人さんに手をかけるのは少し罪悪感がありますが、差別されているからとはいえ、人様に迷惑をかけてはいけません。
多分気絶なんで少ししたら目を覚ますでしょう。彼には少しの間反省してもらいます。
(これ、この調子でばんばん進撃できそうですね)
私としても確かに意外と楽なのではないか、とも思いましたが、まさか本当に油断しきっているとは露にも思いませんでした。 教祖さんのいる間とやらに到着するまで複数の亜人さんに出会いましたが、皆が皆最初と同じで安心しました。ですが、流石にこれ以降は無理でしょう。
教祖さんとの戦闘の為に、私は深呼吸をし、部屋に殴り込みます。
「たのもう!」
景気よく殴り込むと、そこには運のいいことに教祖さんしかいませんでした。
「貴様は……」
そこには男性がいました。 年齢は中年くらいでしょうか?
深緑の祭服を全身に纏っているのが大きな特徴です。カズラの色は紫陽花のようなパープルをしており、その中央部には白色と黒色で織り込まれた複雑な幾何学模様の紋章が伺えますね。首元にキラキラと強く輝くネックレスがたくさんかけられています。まるで王様みたいな外見をしていますね。心なしか、その態度まで装いに引っ張られて尊大に見えてきます。
この前カノンさんが倒した人とは違って、毛髪はありますね。ですが、その浅黒い肌はもしかすると……。
「何者だ、挨拶もなしに玉座の間に入るとは随分と礼を欠くではないか。まぁ良い。子供のすることだからな。して、何用だ?」
よくよく観察すると、後ろに派手に装飾が施された玉座があります。金属で土台を作り、そこに実に柔らかそうなクッションが備え付けられています。
「貴方はユウトさんと同じ……」
「ユウト……ああ、あの愚かな小童か。そうだな、俺は彼奴と同じ小人種だ」
「親御さんですか?」
「いいや、あいつの親は死んだよ。血縁関係はない」
ふむ、彼も掃討の魔の手から何とか逃れた数少ない亜人さんですか。
ユウトさんも同じ境遇ですが、年齢が年齢です。このように報復活動に出るような憎悪はまだ芽生えないのでしょう。しかし気を付けないとユウトさんに芽生えるのもそう遠くないでしょうし、その可能性の因子はここで排除しておくべきですね。
「単刀直入に言いますよ?」
もう下手な語り口で説得するのはやめましょう。
「差別されるのが許せないのはわかりますよ? 私もちょっと前までは奴隷でしたし、苦しいのは理解できますよ。ですが、だからといって武力に訴えてもいいことありませんって、それにエンヌさんは絶対に協力してくれませんよ? もう計画はどん詰まりなんですから……馬鹿な真似はやめて、ユウトさんを捕まえようとすることなんてやめてくださいませんか?」
八聖王計画は絶対に実行させなければなりません。
それを抜きにしても、エンヌさんを抱き込めない時点で詰みですよ。エンヌさん頼りの計画ということは、エンヌさんなしでは戦力の増強が見込めないということになりますから。そして彼女でないと戦力が増強できないということは、即ち目の前の教主さんだけでは国家を転覆させる力を有し得ないという事実が浮き彫りになります。
その時点で、尚もレジスタンス活動を繰り広げることは不毛なんです。
「それに最初はいい調子に侵攻できても、しっぺ返しは来るんですよ。人生はうまいようになってるんです、いい意味でも悪い意味でも」
「貴様は……妖精種か、通りで見た目の割に達観していると思った」
「はい、私もれっきとした亜人です。力で誰かを支配するんじゃなくて、誰かを助けた方がよっぽど有益ですよ」
それに、八聖王が召喚されたらそれどころじゃなくなります。
ちょっと前までは計画が実行されるかは不安でしたが、カノンさんが現れた時点で八聖王計画は何があっても実行されます。それに一個人で計画にストップをかけることなんてできませんし。カノンさんの召喚が予定よりも五年ばかり早いのは気になりますが……。
八聖王の決戦が始まったら、その時点で各種族の蜂起とか言ってられなくなるでしょう。私も本当に生き延びれるか不安ですし。
「聞く耳を持つ気はない」
「あー、やっぱりですか?」
でしょうね。
こういうある意味で自分が正義だと盲信しきっている人には生半可な説得はできません。カノンさんともこれは共通の見解です。
「私も手荒な真似はしたくありませんが……」
両手に暗器を携えて、すっと集中します。
「今後の計画の障壁となる貴方は――何があっても倒します」




