第34話「エンヌ・ハイゼンベルグは”ばぶみ”がエグい」
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エンヌは火急カノンを見つける必要があった。事態が急転した。そうなった以上、悠長に彼女との次の対面を待つ余裕はない。加えて、今日で今週度の授業は終了……休日に入る。そうなると……猶のこと伝えられまい。
そう案じ、彼女は学院内を隈なく捜索したが、姿は見られない。だから、不本意ではあるが〈術式〉に頼ろうと考えた。現段階、彼女がまだ教育機関の庇護下にある時のみでしか有効ではないだろう探知術式――名は〈特定〉という。
この学院は、他の同種の学院とは比べようにならない程に重要な役割を有している。というのは、何れ八聖王が誕生した際にはこの学院に籍を置かせる流れとなるという取り決めがあるからだ。
例えそれを度外視にしても、通学する生徒たちは皆秀でた個性を有しており、総じて制御が難しい。
とりわけ、好奇心が旺盛な学生ときたら、躊躇せずに街の外に赴き、勝手気ままな行動を取りがちである。そうなった場合、取り急ぎその生徒の生命活動が危機に陥った時のみ行使が許される〈術式〉である。
その〈術式〉を行使すれば、平面上に投影された地図にその生徒がいる箇所を表示することができるというわけだ。だが、その〈術式〉は濫用どころか一度の行使でさえ多量な報告書が要求される。生徒が発見できず袋小路になった際にのみ使用が許可される特例処置のような裏技なのだ。
そんな、面倒な結末が待つことを理解しても尚、彼女は早急にカノンと落ち合わなければならなかった。もちろん全くの検討もついていないわけではなかった――今のカノンの興味は、家族を守るために盗賊達を殲滅することにしかない。
だが、山岳地帯には山賊が、海域には海賊がやれ縄張りをと凌ぎ合っている。彼女の標的がディルベルトであることは理解しているが、その情報のみで場所を絞るには限界があった。彼女が例え幾つかを機能不能に陥れたとしても、相手取っているのは巨大な組織、特定に足る要素にはならない。だからこそ、行使した。
エンヌには表示された場所が意味することはわかる。
「あの子……」
よりにもよって本拠地に殴りこむなどと、エンヌはより一層焦燥を増した。
ディルベルトのボスは才覚ある剣術遣いと聞き及んでいる。次いで幻惑系の〈術式〉に長けている。いや、万が一でもカノンが敗北する結末を想定できないが、幻惑への対策法はまだ教えていない。厄介なのは幻覚が残った状態でボスを倒してしまった時だ。錯乱して殺戮し始めでもしたら、流石に大変なことになてしまう。
エンヌに迷う暇はなかった。機動性や柔軟性などの本来の進路調節に用いるプロセスの全てを削ぎ、その魔力を速度に注ぎこんだ〈天速〉を以って、一直線に目的地へ飛びだした。
現地に辿り着いて、二度目の絶句だった。
恐らく本拠地で過ごしている筈の団員が大挙を為して待ち惚けていたのだ。あの入り口を見るに、自然に溶け込ませるような環境で容易く攻撃できない環境にしているというのに、こうやって大勢で待ち構えていてはまるで意味をなくしてしまう。
(あの子はもう中に?)
それが事実ならば、既に彼女とアイルズは対面しているか……最悪の場合、一戦を交えているかもしれない。
その時、森林の木々を揺らす程の悲鳴が反響してきた。声の主は……カノンではない。
「最悪……」
「あっ、エンヌさん!」
自分を呼びかける声に反応すると、主の帰還を待ち望んでいるエーデルワイスの姿があった。その様は差乍ら主君を待つ犬ではないか。
「貴女は……彼女は中に?」
「ええ、交渉に行くと」
「交渉、ね」その言葉をそのまま解釈しては大目玉を喰らいかねない。
「行くわよ」
「えっ、いいんですか?」
「いいわよ、彼女に用がある」
エンヌはエーデルワイスを引き連れて、悲鳴を聞いて右往左往している有象無象の衆に近寄る。目の前から亜人と半亜人が闊歩してくる様はさぞ不可解に見えたが……漸く自分たちの役目を再認識したのか、表情を切り替えて、立ちはだかる。
「なんだ、お前たち」
「私は奥にいる女の子の保護者みたいなものよ」「協力者ですっ!」
その言葉を聞いた途端、敵対する存在と認識したか――各々が刀剣を抜いた。一部は杖を構え始める。だ
が、といってもエンヌにとってはどうあっても有象無象に未だ変わりない。
「エーデルワイス、耳を閉じなさい」
その言を聞き受け、エーデルワイスは両の掌でじっと長くとがった耳を折りこみ、音を遮断した。それに合わせて、彼女は円環――〈術式〉の起動するための魔法陣を展開する。極彩色の円環は、ぱあっと温かい青白光を放ち始めたと思えば、
「眠りなさい」
彼女の言伝に呼応して、拡散された。すると、行使者と耳を塞いでいるエーデルワイス以外は意識の糸が唐突に切断され、一同は地に沈んだ。
「これはいったい?」
「〈睡魔〉よ」
簡易的な催眠用の術式だ。それに〈範囲拡大〉及び〈対象拡大〉を重ね掛けることで、本来は一個人に対してしか行使できない〈術式〉を複数広範囲に拡張させた。世の中広しといえども、これらの並列処理を同時に、そして瞬時に展開できる術師はそう多くない。
「行くわよ」
そして、唯一生還したエーデルワイスと共に、階段を下り、発見するに至る。
「貴女……いったい何していたの?」
「すごいです! 勝負にすらなっていないです!」
ほんとエンヌ先生は絶妙なタイミングで私を訪ねてくるものだ。少し尾行されているのではないかと不安になる。が、彼女から見るにこの光景は尋常ならざるものなのだろう、
私を観察するよりも早くアイルズに視線を飛ばしてしまっている。それもそうか、床の大理石は赤の雫が充満し、現在だってアイルズは苦痛に悶え、成す術もなく絨毯を転がる藻屑と化している。
「いいところに来てくれた、この人の治療をしてあげて」
「彼は……ディルベルトの……」
「そ、失明は治らないだろうけど、今治療すれば死ぬことはないわ――義眼でも用意してあげて」
「っ……人使いが荒いんだから!」
エンヌはひとまずアイルズの瞳から濁流のように流れ落ちる出血を止める。彼はとうに意識を失っており、当分は起きる気配はない。
私は思い出したかのように、地面に落下した眼鏡を拾い上げる。
「よかった、割れていないようね」
それを徐に自分の耳に掛けると、不思議なことに空間中の魔力量が可視化できている。
やはり、私が試す計測よりもより綿密に計測ができるようだ。サーモグラフィーのような色による識別や統計を取ることもできるようで、本当に演算機のような性質が強い。
これと自身の魔眼で私の魔力量をより精緻に計測していたということだろうか?
(スカウターか)
便利なことには変わりないが……ある程度の実力の術師であれば魔力量など任意に制御するのが通常になってくるから無用の長物になりかねないわね。それに……魔力を計る眼は前から使っていたし……外れか。だがこういうお助けアイテムは結構ありそうね、探してみるのもありかもしれない。
一握りでそれを粉砕し、残骸を地面に捨てた。随分と回り道になったが、早くあの男の目を覚まさせて場所を聞き出さないと……。
(水でも作って、ひっかけるか……)
「待ちなさい」
エンヌが、私の行動を見据えたか、静止した。
「なにかしら」
「彼の処置は終わったわ。だけど今は彼に構っている時間はないわ」
「どういうこと?」
「アニスが発見されたの」
「喜ばしいことじゃない、それを伝えるためにここに?」
「いいえ、見つかったのは……遺体で、よ」
なんだって?
思わぬところで問題が発生したようだ。
「そう……帰りましょう」
「ええ、つかまりなさい」
えっ。
「時間がないの、流暢に歩いている暇はない……つかまりなさい」
エンヌ先生は私を片手で抱えてみせた。おんぶとか、抱っこではなく、腰に手を回し荷物を運搬するかのように。いや、事態が事態だが……屈辱だ!
「覚えておきなさい、これが〈天速〉よ」
「まだ空の飛び方を習って――って」
世界が、歪んだ。
全身に過度な重力が圧し掛かり、意識を失いそうになった。
が、次の瞬間には学院前に到着していた。ちゃっかりと、エーデルワイスも担がれていたようだ。思えば何方も現状は幼児体型だから、か。
「こっちよ」
眼を回すエーデルワイスを近所の樹木に寝かしつけ、彼女の部屋に急いだ。




