第32話「むしゃくしゃしたからやった。誰でもよかった」
ジャンルを「アクション」から「異世界(恋愛)」に変化させました。
恋愛要素はもう少ししたら出てきます。百合ですけど。
ディルベルトの傘下の雑魚集団のいたアジトは人為的な力が働かずに形成されたであろう洞窟や石切り場、崖泉付近に位置する所を簡素に切り開いたものという特徴があった。利便性のみを追求したわけである。当然、それ以外の利点はない。
住めば都と誤魔化すにも限度がある、今までの事務所的な場所には石畳にも満たない剥き出しの岩盤にただ少量の藁を引いた雑魚寝さえも儘ならない部屋。それに加え、致命的な問題があって、それは今までの場所は根本的にアジトを隠すことはできないのだ。
無論、洞穴の最奥部に進まない限りは雑魚寝している団員と顔を合わせることもないが……少しでも街の外の世界に見識を持つ者であれば、其処が悪人どもの吹き溜まりであることに気付くのはそう難しい話ではない。
が、それに対し総本山は完全に風景に溶けていた。そもそもの立地が、剥き出しの場所ではなく森林の内部だという時点で他とは一線を画していた。
生い茂る広葉樹の群は陽光の直射が防いでいる。それにより、心地よい温度が維持されているわけだ。先のアジトのボスに追従し、辿り着いた場所は地面を掘り進められて作られただろう地下坑道へ続く木造の扉だった。その木造の扉にも周囲の蔦が絡まり合っており、じっと目を凝らさなければ発見さえもできない。
流石総本山……これは関係者でなければそうたどり着けなかろう。
「案内ありがとう、貴方は早く逃げなさい」
「い、いいのですか?」
「別にもう貴方は必要ないもの」
道案内させようにも、またオルセンのアジトにいた罪なきニックの二の舞になっては夢見が悪い。
「何れにせよ貴方にもう戻る場所はない。だから好きに生きなさい」
地面に手内金として金貨を三枚程落としてやると、驚嘆の顔を見せながらもそれを拾い上げ、何度も首を
垂れると、森林の奥底に逃げ去っていった。
「行こうか」
手首を軽く振って、集中する。
扉は固く施錠されているが、どうでもいい。最早代謝の調節などに手間取ったりはしない。魔導書の持ち手ではない左手を軽く引き飛ばす勢いで十分だ。そうすることで、金具で留められていた筈の扉が後方数メートルは吹き飛ぶ。けたたましい快音を放つ。
(嫌な臭いね)
微かに鼻を利かせただけで、内部の陰鬱な臭いが漂ってきた。この異臭に耐え切れず奏音は髪をくしゃくしゃと掻いてしまった。
(この臭いの元は何?)
腐敗した生鮮物や排泄物或いは吐瀉物など、具体的な汚物が山積していることによって生じているわけではなさそうだ。では何か、何が奏音に苛立ちを覚えさせるというのか。
(私は知っている)
この臭いの意味たるものを奏音の身体は覚えていた。
(本能的に覚えている、とでもいおうかしら。これはそうね……人を侮辱や侮蔑する醜悪な感情が集合しないと到底起こりえない負の臭い。各々が策謀を練り上げて、虎視眈々と獲物がその策に嵌まるのを今か今かと待ち構えている……そんな争いが水面下で根を育んでいるときに起こる臭気)
本能的に私はそれを自覚している、即ち認識しているということは……過去に私はそれを身に焼き付ける程に知る機会があったということとなる。私の記憶が不完全な状態であるからこそ、特定には至らないが――私がそれを拒絶していることだけは覚えている。
(オルセンのアジトではここまでの悪臭はなかった――ふむ、人質の先導に間違いはなかったようね)
此処は間違いなく、ディルベルトの長が陣取る本拠地だ。最初は人質が命辛々私を欺いた可能性も捨てきれなったが、階段の段階で異質な気が充満するこの場を五感で知った瞬間にそれは事実に変わった。
この場にディルベルトを統べる王がいることに、疑いはない。
巨大組織の長に君臨し続けるくらいだ。オルセンのように目先の欲望に溺れて視野狭窄となる愚者ではなく、ともあれば賢者かもしれない。私はその悪臭に意識を掌握されないよう、気を引き締めて前へと進む。
私は階段を慎重に降りると、そこは広場だった。
以前の、宿屋然とした風景ではなく、幅広い居間のような場所だった。調度品のソファに腰かける複数人の幹部各の人間。施設の東側には大樽が数個置かれており、簡易な机替わりになっている。其処に頬杖を突きながら、恐らくその大樽に充填されているだろう果実酒を嗜んでいるではないか。また、部屋の西部には小規模な闘技場のような、床とは一段程あがった場所には部屋に十余人程いるというのに誰一人と利用している様子はない。
ふむふむ、割と豪華な施設ではあるが床は土か。
(ここには、いないわね)
オルセン程度の気配ならうじゃうじゃといるが――抜きん出た気迫の存在はいない。
「貴様はっ……」
ソファで脱力していた顔に幾重もの傷がある男が即座に刃を持ち、詰め寄ってくる。
「そっか、やっぱ面は割れている、か」
あれほど暴れたのだから当然か。
私は魔導書を開き、空いた掌の面を迫る男に向ける。その所作は銃弾の標準を照合させるかのように――完了すると私はその手を勢いよく振った。すると、その手の動きに寸分違わず従い、壁に勢いよく叩きつけられて、沈んでしまう。
「てめぇ! 何しやがった!」
大樽に肘をつき、気ままに飲んだくれていた男の眼の色が変わったではないか。
血気盛んなのはいいけれど、少し五月蠅い。
「この場所には〈術式〉の素養のある人間が一人もいないの?」
取り合うのも馬鹿馬鹿しいので、ある程度話ができそうな相手がいないか訊ねてみる。
だけど、返答は得られなかった。
総本山だというのにがっかりだ、ディルベルトの下っ端だろうオルセンでさえも少しは見識があったというのに。と、失望していると団員の顔が、一人の男の元へ集中した。それは、なんとも特筆すべきことのない男だ。団員というよりかは小間使いという印象が強い、やけに他の団員に対し物腰が低いことから地位の違いに誰だって気が付けるだろう。そんな、比較的内気な男は視線が集中するに連れて漸く口を開く。
「か、彼女が使った〈術式〉は……〈物体浮遊〉です」
「んなわけねぇだろ! そりゃ、基礎中の基礎じゃねぇか! あいつは今吹っ飛んだ、その術式は軽い物とかしか運べねぇはずだ!」
「そこの彼の言う通りよ、〈物体浮遊〉そのものに他ならない」
私のその言葉に、難癖をつけてきた男の表情が陰る。
「貴方の貧相な価値観を私に押し付けないでもらえるかしら?
貴方と私では“軽い”一つでも尺度が違うこともわからないのかしら。此処にいる全員にそれを試せば、その小さな脳みそでも理解ができるのかしら?」
「黙れ!」
男は露骨な煽りにさえも怒り狂い、手元のグラスを地面に投げつける。そして壁際の刃物を手に取って、鋭い睨みを私に向ける。私がまるで動かないのを見て、萎縮したとでも勘違いしたのだろうか、男は無警戒に武器を引っ提げて距離を詰めようと迫る――が、突然彼は歩を止めることを強制されてしまった。
「うるさい」
「んが……なにを――」彼の脚には、固まった土が纏わりついて身動きが取れなくなっている。
「この地面が土で助かったわ」
私は呆気に取られる男を他所にエンヌとの試験の時のような剣を生成する。
「地面の土を操作して、足を止めたの」
「な、なんだと?」
解説しているうちに、土は彼の全身を植物の蔦の如き挙動で這い上がり、彼の手元の武器を無理やり剥がさせる。
「悪く思わないで――今の私はとても機嫌が悪いの」
「なにをっ――」
そして一薙ぎで動きを封じた男の首を刎ねた。
真横に吹き飛んだ頭部は、球体のように何度か地面を弾んで止まった。すかさず私は拘束を解いて、彼の胴部を蹴り、断面を私の側から逸らす。
何故そうしたかって?
返り血で服を汚したくないからだ。
「お前!」
その様を見て何を感じ取ったか――スキンヘッド男は私目掛けて円環を向ける。
「あら、さっきの奴以外にも術師がいるんじゃない」
彼奴も術師か、流石総本山といった所か――全員が全員無能ではなさそうだ。
だが如何せん、演算の時間が長すぎた。
十秒を経過したのに、未だ完成の兆しを見せないではないか。
「時間切れよ」
実践ではこの目に余る遅さは致命的だ。それを身を以て理解させてやろうではないか。
「食らえ、くそが……き……」
〈術式〉を発動する準備が整ったのはさぞ嬉しかろう。
だけど、誰が打っていいといった?
先にも述べたが私は機嫌が悪い。弓引く相手の生存を赦す程私はお人好しではない。
私は彼が〈術式〉を練り終えた段階で彼の身体を業火で燃やした。
(炎とか電撃とか、なんか直接的な技しか出せないのはなんともね……)
苛ついているのにじわじわと虐められないのはどうもすっきりしない。
目の前で体を燃焼させ続ける中で、私は次の挑戦者を待つが誰も来ないではないか。
ちょっと怒っただけで物怖じするだなんてチキンもいいところね。
「び、びびってどうするんだ!」
お?
「俺たちが女子供に後れを取ってどうする? 全員でかかれ!」
鼓舞するのは結構だけど、苦肉の策が集団リンチとはどうも締まらないというか……まぁいい、その意気込みだけは高く評価してやろうではないか。
「来なさい」
敬意を表し、私は人数分の〈砕氷槍〉天井に展開して、いつでも全員の頭上に降り注げるように配置させる。
私が右手を天井に掲げて、振り下ろそうとした瞬間、この場にない気配が膨れ上がるのを感じた。即座にその気配に標準を推移させ、
「やっと姿を現したか」
先まで有象無象に向けていた氷点下の槍の全弾を威嚇としてその対象目掛けて射出する。
が、純白の槍はその気配に接触した途端、紅蓮にかき消され、雪の結晶として周囲に散った。
(かき消された?)
気配の元凶に接触した手応えがなかった。となると、全弾が空中で相殺されたということになる。〈砕氷槍〉の消失の際に広がった水蒸気を肌に感じながら、相手の出方を伺うが――向こう側は反撃の意思はないというわけか。
オルセンのような直情型なら、既に〈術式〉が飛んできても不思議はない
「少し待ってもらえるかしら、そこのお仲間たちが私に挑みたいというからお答えしようと思うのだけれども」
入り口付近でそう述べる幼女の私に驚きを感じている様子はなく、冷静に彼は部下たちに告げる。
「おやめなさい、貴方達では彼女に敵いませんよ」
そうやって部下の蛮勇を窘めたのは、一際存在感を放つ青年だった。
現れた青年は、如何にも高貴な出で立ちをしており、左肩に垂れるマントはペリースという特殊な、白塗りの装飾品など一連の衣装にはどこか見覚えがあった。
あれは……有翼重騎兵あたりか?
あれの起源はポーランドのユサール……だっけか。紺色の軍隊の制服に似通った衣服を清潔に纏っている。金糸の繊細な織り込みが紋様を描写しており、それだけで一張羅だというのがわかる。
腰部分には黒の帯皮、右肩にはしっかりと防具が施されている。一見した印象は盗賊集団とは似ても似つかないといったところだった。
藍染色の髪は距離を置いても澄んでいるのが観察できる。そして何よりも、彼は眼鏡をかけている。不思議なことに、この世界に到来して以降、眼鏡を着用している学生も教師も見たことがなかった。
この世界の民は総じて目が良いのか、或いは〈術式〉の加護的なものによる補正がかかっているのか。この世界では〈術式〉が科学の代わりとして独自の体系を築いているからありえなくはない。となると、あれは伊達かそういった特殊なツールか。後者なら試してみたい節もあるが。
「嗚呼、いいわ、やっと話ができそうな人が来た」
これで少しは苛立ちを発散できそうだ。




