第31話「鏡よ鏡、この世でいちばん優しいのはどこのだあれ?」
驚くことに既に2000PVを突破する勢いです。本当に感謝以外の言葉がありません!
「これでいいわね」
東西南北四方向から家の外周を観察できるように“中継器”的な役割を持つ〈鏡反映〉を展開させた。エンヌ直伝の初〈術式〉はなんとも用途が限定されたもので、同時にかなりの魔力を食う実用性に乏しいものだ。
だけどもこの状況では結構な効果を示す。
しかし、魔力の消費がそれなりに大きいということは常に強制終了の水準を下回らないように意識しないとならない。間が悪く魔力切れを起こしたときに動き出さないとも限らないから……そこんとこは万全を期しておきたい。
加えて、一基でも困難を極める衛星機を複数基を同時に展開するとなると、消費速度は簡単な等倍でないことは明白である。流石にカオス的になるとは考えづらいが、急激な減少を見越して通貨を十分に用意しておく必要があった。
鉄屑を一斉解放するという意味はここにある。
街中から可能な限りの鉄屑を業者レベルで買い占めて、部屋に収納された木箱を敷き詰める。そして、エーデルワイスと共に、釘の毎時当たりの魔力消費の平均量を計測してみると、四基同時起動すると、一日に一箱分が綺麗に消え去った。これを見るにかなり燃費が悪いことが示されてしまったわけで。このために態々、釘を敷き詰めた各辺五十センチ程の木箱を用意したというのに。
が、今の状況で節約に奔走するのは愚策以外の何物でもないだろう――守る目標のため、出し惜しみはしない。そのために予算を腐る程に余らせてきたのだから。
「監視は私にお任せください!」
数度試したけれど流石に中継映像を遠方に引っ張る高度な真似を、何のツールもなしに敢行するのは不可能だった。ただでさえ四基制御で魔力が根こそぎ持っていかれるというのに、それを遠距離間で実行するとなるとそれこそ必要魔力が数百倍に膨れ上がって、実験時には漏れなく頭痛を起こして倒れてしまった。
故に、通貨の鉄屑が敷き詰められた箱の真横で〈鏡反映〉を起動するしかなかった。故に悩みの種はただ一つで、学校の時間の内の監視はどうしておこうかというものだけだった。が。エーデルワイスが引き受けてくれるようで無事解決した。
まぁ正直な話、襲撃を始めたのは親元を離れてからだから即座に関係性が特定されることはないとは思っている。うちの家は別に豪商というわけでもなく、両親共働きでごく普通の農村に暮らす家族だ。ネット社会じゃない恩恵はきっとそういうところに在るのだと思う。だから、いきなり後手に回ることはなさそうだともいえる。もしも農村に住まう人とは違う不可解な影を見つければ、その時点で対策を打つのでも遅くなかろう。
(だけど、これは私の問題だ。一か月間の保護の恩は絶対に返す。それに、今後のためにも)
私は義理堅い女なのだ。この世界の親はいい人だ、一日中出ずっぱりの私を叱らずにいてくれた。だから、死なせはしない。
「じゃあ、学校に行ってくるわ」
「はいっ!」ぴしっと敬礼をするエーデルワイスを脇目に、私は通学することにした。
昼下がりの頃、頬杖を突きながら授業を聞き流していた。
授業の教師はエンヌだ。本来であれば教育的指導の何物でもないそのような不敬極まりない行為だが、エンヌは何も問わない。というか、エンヌの授業は最早生徒に理解が及んでいるかを意識していない。淡々と、一回の授業で到達しなければならない範囲までを教え進めるだけ。彼女お得意の振るいをかけているのだ――これを十分に理解できた学生だけが先に進むべきだと、暗に主張しているのと同義だった。
彼女の教育理念など正直なところどうでもよかったので、黙って見守ることにしていた。
授業の内容も、彼女の個人授業でとうにやっている話。そもそも初等教育は理論面よりもフィールドワーク的な側面が強いから学ぶこと自体が乏しい。要するに……退屈仕方がないのだ。
だが、ここ数日の学校生活はすごく快適だ。というよりか物凄く長閑である。
何かを忘れているような気がしてならないが、いい、今はディルベルトに手一杯だ。
あの輩がよからぬことを仕出かさないかの監視も必要だし、もしも不慮の問題が発生し、補充を前に釘が枯渇した場合は自分の体力で凌がなければならない。未だ慢性的な体力不足問題は解決していないから……徒に余計な思考で体力を削るべきではないだろう。
授業は終幕を迎え、今日も今日とて帰路に就こう、そう思った矢先のことだ。エンヌが私を呼び出したではないか。
「なにかしら」
「貴女、アニスと親交があったわよね」
「アニス……?」
「忘れたの? 入学試験一位の」
「ああ、あの子か」
今の反応もそうだし、あんな一辺倒のやり取りで親交が合った風に思えるなど、エンヌの瞳は節穴か、とも思ったが黙っておいた。
「学校が始まって一か月ほど経ったけれど、彼女は今まで模範生と言われる程に無遅刻無欠席だった。そうだというのに、この前の休み明けから音通不振になっているわ」
「それで?」
「……貴女に何か思う節がある?」
「それを調べるのが教師の仕事なのではないかしら」
「貴女ね……」
「ちょっとした意地悪よ、気にしないで」
「ほんといい性格をしているわね、地獄に落ちるわよ?」
「願ってもないことよ、地獄を視れる機会なんて一生ないんだから」
思えば、この静けさの所以はアニスの不在にあったか。
アニスのことだから、いつの間にか快活な友人を作り、遊び耽っているとばかりに考えていたから気にも留めていなかったし、そもそも欠席を認識していなかった。
「まぁ、いいわ。それでディルベルトについて進捗は?」
「未だ私の周りをうろちょろしているだけで、家には何も」
「そう、ずっと後手後手に回っているつもりなの?」
「そんなつもりはない、ペースを上げるわ」
「ペース?」
「そ」
当然、襲撃頻度のことだ。
今までは週末に細々と近場のアジトを撃破していたが……もう少し、それこそ放課後のエンヌの授業を終了した後は暇となることが多いのだからその時間を有効活用しようではないか。
「私を嗅ぎまわす行為をやめさせるには、それは悪手だということに気付かせるのが最適」
「だから、襲う、か」
「そ、あれこれ考えずに済む簡単な話」
「簡単なわけないでしょう」
「最大規模の盗賊団とかいうから骨一本は軽く持っていかれると覚悟していたけれど、とんだ食わせ物だったようね。所詮貴女から借りた服従の〈術式〉でさえ跳ね除けられない有象無象程度に後れを取ってしまっては貴女の顔に泥を塗ってしまうわ」
「随分な余裕ね」
「余裕の振りでもしてないとやってられないわよ、誰の掌の上で踊らされてるかわかんない、こんな世界では」
「ふぅ……今日は張り切りますね」
彼女は(特に何もしていないが)いつの間にかかいていた汗を拭った。
三連続の襲撃は特に難局を迎えるわけもなく終了した。
今回は情報の収集の効率化を図った。というのも、制圧後は暫く責任者を含め、全員を卒倒させていたが、今回はめぼしい相手を一先ず引き連れて、そのうえで次の現場を制圧した。
人質にして無抵抗にさせた?
いいえ、そんな不甲斐ないことはしない。自由にさせてやったわ。手土産に武器を与えてやる大盤振る舞いだ。だけど、武器を与えたどの者も私やエーデルワイスに手を出さずに、足を震わせているだけで、終いには尻尾を巻いて逃げる始末だ。
せめて男気を見せてほしいのだけど。
だから、制圧に苦労することはなかった。が、本題はここからだ。
「さてと、私は別に好きこのんで戦いたいというわけではないから……ここは腹を割ってお話ししましょう?」
幹部部屋の長方形型の机に私とエーデルワイス分の椅子を並べ、座る。その対岸に同伴してもらった別のアジトの責任者とここの責任者を座らせる。が、前方の二人は妙に余所余所しい。自分たちの住処だというのに、これでは何方が盗賊かわからないではないか。
せいぜい事前に雑魚たちを掃除しただけだというのに。
「茶、茶を出します……」
やや痩せぎすた男が恩赦を求めたか、いきなり胡麻をすり始めた。
対し、その男に比べるとやや肥満体形な左右の男は何もできずにいる。薄情な奴らだ。
「別に構わないわ、楽にして」
大柄の男三人には粗暴さの一点では共通している。毛髪量や皮膚の色の違いなど、微妙な差異は見られたが、ここはこのアジトの長であり、茶を振舞おうとした痩せた男に単刀直入に聞こう。
「最近私の近辺を嗅ぎまわっている人間が複数人いるの。
私はそれを君達ディルベルトの誰かが画策してるのではないか、と踏んだのだけど……心当たりはないかしら?」
その質問に対し、彼らはぎょっとした表情を露にする。
幼女相手に何を恐れているのだろう。
「い、いえ、俺たちは全く……」
「おかしいわね、確かに人影を確認できているのだけど」
「ほ、本当です! 俺たちは……少なくとも、ディルベルトは!」
ほう、つまり別団体が?
「わからないわね、どうしてディルベルト以外が介入してくる?」
「ここ最近で……ディルベルトの権威は、かなり低下しているんです」
ここにきて、最初の襲撃場所で同伴及び道案内をお願いした男が答えた。
「だから、後釜を狙う奴らが貴女様のことを調査しているのです」
「ふぅん」
それは予想外だった。
(差し詰め、覇権を奪った後、私を倒すための調査をしているといったところかしらね)
実に情けない、堂々としていればいいのに。
「きっと、貴女様がお探しになられているご級友を捕らえたのも……」
は?
「今なんていった?」
ついぞ、ぎろりと睨んでしまったか、男らは震え上がる。
「二日ほど前に……ボスから聞いたんです、貴女様と年齢が近い女児を、対立する団体が捕縛したと」
「……なさい」
私は服従の〈術式〉を遠慮なく最大限に発動させる。と、小規模な地震が発生し、戸棚の小物が無様に落下し始める。
「「「ひぃぃぃい!」」」
男三人衆は先までは見せなかった眩い速度で壁際まで生きるために後退した。一人は何を思ったか首を深々と垂れ始め、一人の肥満体形の男は生来の怯懦からか失禁しつつ顔面を蒼白にさせ、最後の一人はというと縛られているのにも関わらず妙な高笑いを浮かべながらその土の壁を掘り始めたではないか。
ふむ、私は誰が一番適しているかを考えて、失禁こそはしても変わらずに視線を私に送っていた彼に決めた。私は彼の前に立って、誇張気味に巨大な円環を見せてやり、
「そのボスの場所に案内しなさい――今すぐによ」
今日一番の丁寧な語気で彼にそっとお願いをした。




