第24話「徹底解剖――ポンコツ奴隷編」
ここで、ほんの少しだけ余談としよう。
時間軸としては、冷蔵庫となったアジトから街道に戻る最中の話。自己満足げに主張を並べるだけ並べて去っていったエンヌにほとほと呆れながらも、本来であれば冷蔵庫アジトの中でエーデルワイスとする筈だった会話をやり直す。
「変な横槍は入ったけれど……再度提案するわね」
私と協力関係にならないかしら。
改めてエーデルワイスにそう告げた。
「私と、ですか?」
「ええ、貴女と、よ」
友人なんて言う脆弱な括りではない。利害関係が一致したからこその同盟のようなものだ。それを頑なに維持する義務は一つもないし、自身の目的の邪魔となるのならいつ切ってもらっても構わない。そのような関係性を私は望んだ。
(この数日間で、彼女を隈なく分析してみると――秘術なるものの性質がうっすらだけど判明させることができた)
彼女の復讐の手段は、大体彼女の奴隷としての情報欄から推し量ることができたのだから、分析の〈術式〉というのは便利なものである。彼女のみが持つ特殊な力である、その名も〈不浄の魔鎖〉についてもだ。
彼女の復讐法は、概ね無理心中と同義だ。
その術式は連動型の高次の呪術であり、彼女或いは彼女の種族――妖精種のオリジナルの〈術式〉である可能性が極めて高い。
学校側も売り込みの一つとして、大規模な図書館施設があるが、そこで得られる情報の限りでは一切エーデルワイスが有する〈術式〉の情報はなかった。それだけで断ずるのは聊か早計な気もしなくもないが、かなり希少性の高い〈術式〉だと見做してはいいだろう。
その〈術式〉の開発のきっかけは、種族の存続を脅かす強大な個体と相対する際に圧倒的な脅威を与えるためにあると推察している。
最もわかりやすい例でいえば、対象者が不老不死なる存在の場合だろう。
不老不死且つ人類、いや、彼女目線でいえば亜人か、兎も角それに準ずる存在がとある種族を脅かしているという。
その際に、この〈術式〉は真価を発揮するのではないか。
いい風に言えば英雄、有体に言ってしまえば生贄を一人定めて、〈不浄の魔鎖〉の使用者とする。〈不浄の魔鎖〉の能力の本質は『命の連動』である。行使者と対象者の命が、それこそ一本の鎖に繋がれたようになるのだ。
(実に歪な呪いね)
それは副産物か副作用か、発明者がどう考えたかは不明だが、『命の連動』には様々な効用があるそうだ。
知識・記憶の共有、魔力の自由な交換などがその一例である。
これを呪いといわず何という?
エーデルワイスは、自身には八聖王と真正面から対立して且つ勝利を収められるほどの力はないと声高らかに宣言している。
彼女の狙いは、〈不浄の魔鎖〉を用いたうえでの心中にあるのだろう。
種族の存亡を脅かす相手に対し一人を犠牲に打ち勝つことができる、効果範囲は狭いが、だけど確実に一人を仕留めることはできるのだ。
八聖王とて流石の不死身の化け物ではないだろう、多分。
彼女は凡そ本来想定されているのとは異なる用途を用いるのだろう。
彼女が起こると目される八聖王間の殺し合いの果て、生き残った相手に対しこれを行使する。そしてそれが完了次第、彼女は妨害が入る前に、自害を選ぶ。そうすれば、八聖王はこの世界から姿を消し、彼女の野望は享受される。
一撃必殺とはこのことか。
非常に厄介ではあるが、対策ができないわけではない。
彼女が類まれなる才能を持つ術師であれば、詰み確定だが、生憎彼女はこの〈術式〉の完成に自身の素質の全てを注ぎ込んだようで、それ以外の精度や調節に要する基礎的な技術は素人に毛が生えた程度に留まってしまっている。だからこそ、対策は幾らでも打ちようがある。
回避方法は単純で、その一つとして提唱するのは摩り替えだ。要は〈術式〉発動時に替え玉を用意すればいい。人形でも、何でもいい、自分の代わりになるものさえあれば、その呪いは代替え物に課せられる。
故に、彼女が自死しようとも巻き込まれるのはその代替え物だけ、当の本人は何ら影響がない。
もっとも、どのタイミングで呪いをかけるかは彼女次第だし、そもそもこの構造に気付けない限り成す術はない。今できる現実的な対処法は彼女を懐柔し、癖を見抜くしかないだろう
「協力……私なんかとですか?」
「ええ」
「で、ですが前も述べましたが……私には戦う力はありませんし、秘密の技があってもそれは超限定的な時にしか使えないといいますか……」
「構わないわ」
「あ、あうあうあ……でもっ、八聖王の戦いに巻き込まれたら、私あっさり死んじゃいますよ!?」
「そうね、だから協力関係の中で私が提示する条件の一つに、貴女の身の安全を守る、を付け加えるわ」
「そ、そんな……悪いですよ」
ううむ、実に歯切れが悪い。
相変わらずの自己評価の低さだ。
いや、確かに驕り高ぶる増上慢よか何百倍もマシだけども、それでもこれでは永遠に話が進展しない気がする。
だから私は、私が見出した彼女の内面との対談に切り替えることにした。
そう、私が欲したエーデルワイスが隠れている本質とだ。
「仮定の話をするわ――正直に答えて」
私が主張を変えたことを不思議に思っているようだが、彼女は素直に耳を傾けてくれているため、構わずに進める。
「もしも仮に私が八聖王だとして、そして最後まで生き残ったとしたら貴女はどうするかしら」
「殺します」
彼女がその回答を選ぶのに時間を要さなかった。そう、先の急な提案により目を回している状態から瞬間で私が望んでいた瞳に変わった。
「感謝がないわけではありません、私の不手際で奴隷として使役されていたのはれっきとした事実です。だからといって、例外はありません。私は何があっても八聖王を殺さなければいけませんから」
「そう、ならもう貴女の中で結論は決まっているんじゃないかしら?」
「えっ?」
彼女は驚いた拍子に、眼を戻してしまっている。何とも……不安定というか。
「私が八聖王であろうとなかろうとも、貴女に協力して八聖王をできる限り減らすわ。利用価値があればその限りではないけれど、それでも貴女にとって悪い話ではない」
たたみかける。
「そして、もしも私が一人に残れた時は、全力で殺しに来なさい。そして、私を殺せる程に強くなりなさい――私も全力で貴女の前に立つから」
生半可な温情なんていらない。これは脆弱な友人関係ではない――利害関係が一致した同盟。戦いの果て、成長の果てに憎悪の対象への感情が変化し、復讐をやめるのであればそれでいい。
が、友情だ、今までの感謝だ、馴れ合いだなんだとかいう曖昧模糊を極めた感情に左右され、信条が鈍るような存在に背中を預けることはできない。そんな存在は、一生晴れることのない恨み辛みを抱えて暮らせばいい、一時の感情的な衝動で動いてしまうことは否定しない、私だってあるし、意志ある者のの共通の弱さだ。だが信条そのものを容易く否定できてしまうようなことでは絶対に復讐を成就することはできまい。
私はそうならないエーデルワイスに、光明を見出した。
「もう一度言うわ。私と協力関係になりなさい」
そう言って、私はエーデルワイスに手を差し伸べた。
彼女の両の瞳は既に雄弁に自分の意思を述べているようだった。そしてそれに引っ張られるように、数十秒が経過した後、私の手を両手で握り返した。




