第25話「徹底解剖――カノンの真面目な級友編」
徹底解剖シリーズです。
あとちょっとだけ続きます。
私がスラムで依頼をして僅か一時間余りで必要な工程は終了したようで――戸籍は完成した。
流石裏稼業に従事している人間だけはある、戸籍偽造くらいはお手の物ときた。積まれた金額に最後まで動揺を隠せてはいないようだが、それでも本来の役目はつつがなく果たしてくれた。これで足もつかないというのだから、案外便利な施設かもしれない。金銭感覚がマヒしているから、実は法外な値段をとられているかもしれないけれど。
「これだ」
差し出されたのはご丁寧にも羊皮紙に彫り込まれた情報だった。
それをこれまたしっかりとした木筒に封入したうえで、エーデルワイスに手渡した。
念のため、詐称のないように自分でその木筒の中の羊皮紙を取り出して、机でエーデルワイスと誤りがないかを確認する。
……おおむね大丈夫なようだ。
「これであんたは正真正銘、この国の民だ。誰がどう難癖付けようと、覆すことはできない」
「それはそれは」
あの完成度を見るあたり、安心ではありそうだけど。
だけどエーデルワイスは未だに半信半疑のようだ。まぁ、無理もないわね。
「もちろんだが、俺らが口外することはない、安心してくれ」
「ん」
そこの徹底は下手な表の職人よりかは信頼できるだろう。
裏世界では信頼が命、何処ぞかの書籍で読んだことがある。
「世話になったわね、いくわよ、エーデルワイス」
「はい~」
さて、次は居住地だが、彼女には十二分に金貨を手渡した。その気になれば街一番の豪邸を即買いだってできるわけだが……。
「本当にいいの?」
道すがら、暇潰しに彼女の話に耳を傾けてしまっていた。
というのも、彼女が提示する住宅の条件が最低限の金額で済む場所だったのだ。
当初こそはまだどこか遠慮を感じているのではないかと疑ってかかったが……若干だが理解できる気がする。
伽藍とした豪邸に1人で暮らすのはそれなりの苦痛が伴う。
戸籍が手に入った以上、住居を購入する過程で面倒事はなくなったからこれ以上厄介ごとを招く必要はない、とも考えているようだ。出る杭は打たれる、という私が忌み嫌う物の道理は不本意ながらこの世界の常識の根底にあるものだが、それもこの世界に根付いているのかもしれない。
元は奴隷階級の人間が下手に豪遊すべきでないというわけだ。豪遊癖が先行すると、絶対に難癖をつけてくる輩が相応に現れるかもしれないというのが彼女のお考えだ。やや心配過剰な気もしなくもないが、かもしれない運転は何に於いても有用性を誇る。臆病者が生き残るのだ、こういう世界では。
そこから派生する騒動に最早正統性などという良心が介在する間もなく、瞬く間に魔女裁判宜しくの事態に発展するだろう。そこまで先を読む力を持つ眼は素直に尊敬に値するものだ。益々もって何故奴隷商に捕まるという失敗を犯したのかわからないわね……。
「何度も申し訳ないんだけど、貴方本当に奴隷になったのは……」
「やらかしたのは本当なんですよ~、元々の計画では安い家を買うつもりだったんです、それにお金もちゃんと用意してたんですよ?」
ふむ、恐らく戸籍の必要性を知ったのはそのときね。
人間種なら持っている筈のものを持っていない……だから、変装的なのも看破されて亜人であることが露見したと。ふむ、その失敗は致し方ない気もする。当時の彼女は今以上に非力で、その場を脱出する術を持っていなかったのだから。
そして諸共奪われたというわけか。
で、彼女の選んだ住処は、元の予算よりもほんの少し値が張る場所だということか。
元の家に手が出る程の予算があるのなら、背伸びすれば届かなくはない程の価格差である。詰まるところ、ほんのちょっとの贅沢というわけだ。
こればかりは彼女の気性に依存する話だろう。今後彼女と協調関係を強固にしていくうえで何かと便利な情報かもしれない。
「これで安心ですよ、なんと感謝をすれば……」
そこからの契約は早かった。確かに、当初は年端のいかない私と亜人(変装はしている)のエーデルワイスが買いたいと言い出すものだから家主は与太話と信じて疑わず、門前払うかのような態度さえも見せたものだが、支払うものをしっかりと払えば問題がなくなり、どころか満面の商売スマイルを見せ始める始末だ。
致し方ないとはいえ、毎度この行程を一度踏まねばならないのは考えものだな。……厚底の靴でも作ろうかしら。
「これで完了ね、いい家じゃない」
「えへへ、ありがとうございます」
「ついでに家具とか、生活用品も揃えようじゃない」
せっかくの機会だ、街の店を見るのにも丁度いい。と、思っていたのだけど……、
「あっ、カノンちゃーん!」
歩を踏み外して転倒してしまいそうになるほど、抜けた高音。
一応市街地なのだから名を大声で叫ぶのはやめてもらいたいものだが、誰だ。
人ごみの中にひときわ目立つ存在……私と全く性質を異にする少女、アニス。
休日には一番会いたくのない人間だ。
というか、最近の彼女ときたらことあるごとに交流を図ってくる。燦然とした笑顔を浮かべ、近寄り、話しかけて、溌剌に笑う。
まったくもって解せないのだ。利用せんと、我がままに扱おうという純然な悪意が根幹にあるのならまだいい。今回はそういった類が何もないから厄介なのだ!
悪意の一切籠らない善意程性質の悪いものはない、その善意は平然と他者の気持ちを踏みにじり、それが正しいと信じきる。
私には毒だ。
が、余程の朴念仁なのか、此方がどれほど避けて、邪険に扱ってもやってくる。
私に言わせれば、それこそ狂気の領域だ。いや、まぁ……元の世界にも確かに誰とでも分け隔てなく仲良くあろう、友好関係を築こうとし、実際に築けていた超人は現にいた。
(って)
感傷に浸るなんて。もしや最近特に何もなかったから感覚が鈍ってしまったか。
だとしたら最悪だ……これから未知の存在に一矢報いねばならないというのに、その甘さは後々身を亡ぼす錆となる、絶対に。
「奇遇だね~」
彼女は、学校の制服にブラウンの、向こうの世界でいうジップパーカーのような上着を羽織っている。
エーデルワイスが咄嗟に私の後ろにさがる。彼女は今に関して言うとオフの時だ。極度にポンコツになってしまっている。まさかポンコツ度がコミュニティ能力にも影響するとは……。
「何をしているの?」
「野暮用よ」ほんと詮索が好きな奴だ。
「私はね~」
聞いていないんだけど。
「お手伝いをしているのっ!」
手伝い……? そりゃまた高尚な。
「先生言ってたでしょ? 休みの日は街とかでお手伝いをしてみましょうって」
「あー……」
余りにも徹底した初等教育すぎて全く話を聞いていなかったが、そんなことを言ってたのか。それでアニスは律義に街並みに出向いてボランティアに励んでいるというわけか。
(吐きそうになってきた)
「ところで、隣の女の子は誰かな?」
エーデルワイスがまたも竦み上がる。うーむ、まだ奴隷の時の心的外傷が酷く残っているのかもしれない。やはり奴隷化してしまったのは策でもなんでもない、か。やれやれ、課題はまだまだ山積みのようだ。
「彼女はエーデルワイスよ」
奴隷紋を消去しても、精神面的な紋は消えないか。前途多難ね。
「ふーん、あ、亜人さんなんだ」
(変装を見抜いてきたか……変に鋭いわね)
「よろしくね!」
そう告げると彼女はまた眩しすぎるくらいの笑顔をエーデルワイスに送った。
驚いた、いや、アニスの人格的には当然かもしれない。彼女は本当の意味で善意の塊なのだろうか。善意の塊故、亜人であろうが差別的な感情は抱かない……年齢的な都合もあるのかもしれない。
それが何時頃の段階で穢れ、世間一般の認識になるのだろうか? 見ものではあるが……。
今においてはその善意がエーデルワイスにとっては苦痛だろう。
奴隷として酷使され、蔑まれる生活に慣れているから、逆に親身な扱いを受けることには耐性が皆無に等しい。エーデルワイスが今後どう克服していくか――酒の肴くらいにはなるだろう、未成年だからお酒は飲んだことがないけれど。
「いまからお手伝いに行くの! 兵士さんのところに!」
兵士?
これまた奇異な雇用先だ。こういう余暇に童が参加するような社会見学は大抵子供が参加しても危険のな
い仕事とばかり思っていたが……世界が変われば、か。
「カノンちゃんとエーデルワイスちゃんも行こうよ!」
「お断りするわ」
それだけは何があっても御免だ。路銀問題は解決したのだ、これ以上無駄な労力は消費したくない。というか、やはり洞窟で慣れないことを繰り返したからか疲れが蓄積している。
「カノンさん……」
「参加したいならしたら?」
「いえ、いいですっ」
アニスはきっと、物語でいう主人公格の人間だ。正義を尊び、誰かのための自己犠牲を是とする人間に成長するだろう。今後世界が彼女を裏切ることがなければ、だが。
私はそんな崇高な生き方は絶対にできない。無条件で他者を信用するなんてできない。人は騙る生き物だ。保身のため、自己実現のため、承認のため、息を吸って吐くように他者を裏切る。だからこそ、私は彼女を根っから拒絶しているのだが……。
「どうしてわかってもらえないのかしら」
「? どうかされました?」
「気にしないで」
あれか?
私が軟化するまでは延々と続ける気か?
嫌な根競べな気がしてならなくなってきた。
…………。
はぁ、今日は休もう。家具の調達は……家の引き渡しの日でいいか。とりあえず寝よう。




