第23話「なんでそこだけ現代風なの?」
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本当に本当にありがとうございます!!!
約束していた二話投稿ですが、週末にでもやろうかなと考えております。しばしお待ちください。
「街に無事に戻ってこれましたね」
行きと同じ要領で門兵の眼を躱し、市街へ戻った。帰路に就くまでが作戦だというが、これを以て終了と宣言してもよいだろう。
「そうね、貴女、住む家の目途は立てているの?」
選り好みが十分にできる程の駄賃を渡しているから、何処でも構わないだろうが。
「あ、あのですね……」
「何よ、歯切れが悪いわね」
「お金は確かに、はい、受け取りました。だけど、まだ、えっと……」
随分と遠慮しがちだ。恐らくだが、まだ必要不可欠な作業が残っているのだろう。私に構わずに言えばいいものを。私が彼女を解放したのだ、最後まで面倒を見る義務が当たり前だが生じる。野垂れ死なれても困るのだ、問題があるのなら私だって尽力する。
「えっとですね、家を買うにも、宿に泊まるにも手形が必要でして……」
「手形?」
「ええ、何と言いましょうか、その人だとわかる証明書的な……」
「なんだ、戸籍か」
「戸籍?」
あ、概念こそはあるが適した言葉がないのか。
というか、この世界にも行政的な組織があるものなのね。
「私は買い物も、学校にも通えているわよ」
「それはカノンさんの手形がしっかりと登録されているからだと思いますよ」
半信半疑だったが、帰り際、この街の役所的な業務を司る施設に足を運び、尋ねてみると私の戸籍はあった。元の世界のやたらと煩雑な物とは違い、記載されている事項は種族名と個体名、名前に年齢、性別くらいだったが。
名を伝えた時、職員が何やら〈術式〉で検索していた。そういう〈術式〉もあるのか、という社会勉強になった。
「そうか、エーデルワイスは直前まで奴隷だったから」
奴隷には戸籍はない、それもそうか。戸籍を参照して隷属させるのは単なる雇用と変わらないではないか。戸籍がないからこそ、凡そ生活を営みづらい低賃金で使用できるのだ。拘束の〈術式〉もそうだが、仮に突破できても手形がないから野営するしか道はないように仕向け、自然と束縛しているのだろう。元の世界とは社会の構造がまるで違うが、似通ったシステムを考案する頭の回る人もそれなりにいるようだ。
「今から追加できないの?」
「亜人には、その、公的な戸籍を作ることは許可されていないんです」
ああ、やっぱりそうか。
エンヌのような珍しい例もあるが、それは本当に稀有な事例だということだろう。それほどにこの国家の民は亜人に対して根強い差別意識を抱いているのだろう。
「そりゃ、貧民街のはずれにあるような法の遵守をものとも考えない場末の宿はあるにはありますが……」
エーデルワイスが渋るのもわかる。
これほどの大金を有している人間が貧困層渦巻く場所で不用意に寝泊まろうものなら格好のカモであると宣言しているようなものだ。術式が使えない盗賊程度なら私が用心棒をするで事足りるが、門限がある手前、一番危険な夜間を守り切ることはできない。そのあたりを考えるのをてっきり忘れてしまっていた。
私としても、責任を持つといった手前、雑にそんな場所に彼女を投げるなんて真似は間違ってもできない。
「どうしましょうか……」
エーデルワイスは困り果てている様子だ。
「この街にもスラム街はあるのよね?」
「? ええ、区分けされてはいますが」
「行きましょう、もしかしたらそこで違法だけど戸籍が手に入るかも」
ファンタジー小説の相場では、非合法の何でも屋みたいな仕事で生計を立てている人が一人くらいいるものだ。もしも彼女の亜人としての情報を、人として偽造できれば、当面の問題は解決しうるかもしれない。それなりに足元を見られかねないが、資金は潤沢にある。
そう企て、この街の暗部に足を運んだ。
私はつくづく微温湯に浸かった生活を謳歌していたのだろう。終盤はあんな日々にはなってしまったが、何処か平和ボケをしていたようだ。
その結果、かなり貧困甘いものの考え方になっていたのかもしれない。私が想定した以上に、長居を避けたくなるような世界だった、スラムという場所は。
鼻を挿す刺激臭が街全体の大気に絡まり、入るや否や外界の人間を拒絶し、選別するかのような空気が私たちを出迎えた。その所以は、異臭を絶えず放つ悪漢や分別もされずに投擲されている生ごみとそれに群がる野良の獣――廃水に吐瀉物、兎に角最悪だ。服にこびりついた悪臭をどう洗い流そうか考えようだ。嫌な予感がし、適当に仕入れた外套に着替えておいて本当に良かった。
「ここですね」
彼女が案内したのは、俗にいう便利屋という類の阿漕な商売だ。
聞くところ、便利屋といっても行っている事業は汚れたものが殆どなようで、失せ物探しなどの善良な仕事を請け負うような生半可な店はそもそもこのような場所に店を構えず、表の世界に堂々と店を開く。
この裏世界の便利屋は専ら死体処理や誘拐、強請などの法に手を染めることを厭わない人々が足を運ぶ場所だ。だが、そのような場所が今に関してはもってこいだった。
部屋に入るや否や、店主の強面な顔が目に入る。これは……この顔だけで一般人は近寄らないわね。実際、エーデルワイスは少し恐縮している。
「なんだ、お前ら、ここはガキが来るような場所じゃ……」
言葉を止めた。
そして、私の瞳をじっと睥睨した途端、何か思ったか、神妙な面持ちになった。
「おめぇ、ナニモンだ」
ふむ、あのオルセンという男よりかは思慮分別はあるようね。
「変なこと聞くのね、お客以外の何があるというの」
「いや……そうじゃない……お前さん、本当にガキなのか?」
「私の顔に何か変な物でもついているのかしら」
「気づいてねぇのか、お前さんのその眼……」
「私の眼が何か?」
「生半可な窮地を潜ったくらいじゃ得られるもんじゃねぇ、俺はそういう目を知ってるんだ、憎悪に魅入られた……」
「本題に入っていいかしら」
少し、場所が場所だから威圧的になってしまっていたのかもしれない。無自覚だったのだが、如何様な眼をしていたのだろう?
時折スラムに根を張る人間から興味とも畏怖とも取れる奇々怪々な視線を感じはしていたが……もしや私に圧を感じていたとか? ダメね、前の世界の癖が出てしまっていたようだ、百害あって一利もないだろう、反省。
それに、説明が面倒だ。さっさと仕事をしてもらおう。
私の言葉に、やはり思う節があるのだろうが、不承不承と私と相まみえる。
「……さっきも言ったがな、嬢ちゃんの頼めるような仕事はここじゃなく、表の奴らに頼んだ方がいい」
「内容も聞いていないのに、随分と及び腰ね」
私の言葉に即座に怒気を見せる様子はない、よかった、オルセン達よりかは会話が成立しそうだ。
「何を頼むつもりだ」
「そう難しい要求ではないわ、この子、エーデルワイスというのだけど見ての通り亜人でね、生きるのに苦労している。だからこの子のために偽造の戸籍……じゃなくて手形を作ってもらいたいの」
「なんだと?」そりゃ驚きか。
「奴隷紋のついた奴には流石にできねぇよ」
「奴隷紋なんてとうに切除しているわよ、してもいないのにここに来ないわ」
「そ、そうか……だが、安くねぇぞ」
無言で袋から五枚程の金貨を手に取り、少し威嚇する要領で机に叩きつける。
「これでも足りない?」
「んなっ……金貨が、ひぃ、ふぅ……五枚も!?」
ふん、他者には推奨できない裏稼業に手を染める限り、収支の振れ幅は表のそれよりも大きいだろうが……流石に金貨の束を早々見るものではないのだろう。僅かながらこの世界に流通している硬貨の価値が理解できて来たような気がする。金貨は、余程の贅を尽くさない限りは目にすることも、手にすることもないようだ。
「そうね……情報に穴があったら、其処を突かれかねないから」
更に三枚取り出し、上乗せする。
「完璧な偽造をしてほしいの。そう簡単に、それこそ〈術式〉で看破されないように」
男は沈黙してしまっているようだが、追い打ちをかける。
「できるのかしら、それともできないのかしら。できないのなら、他を当たるわ」
取り出した金貨を袋に回収し始めようとする動作を露骨に見せると、男は顔に汗をびっしょりと浮かべながらも、
「た、直ちに取り掛からせていただきます!」
急務で仕事に取り掛かり始めた。
私は、店内の壁際にある小さな腰掛に陣取り、完成を待つことにした。
「よかったわね、エーデルワイス、これで問題解決」
「で、ですが……少し、うわさになってしまいますね」
「あー……」
用がない限りは今後はスラム街への出入りは控えるべきかもしれない。




