第17話「はじめてのたたかい」
休日を迎え、エーデルワイスの休憩時間中に案内してもらい、アジト近辺の木陰まで近づいた。目を凝らせば、奴らのアジトをその目に収めることができた。
「カノンさん、本当にやるんですか?」
「ええ、貴女だって自由度が高いほうが、八聖王が誕生したときに動きやすいでしょ?」
「そりゃそうですが……」
本来であれば、エーデルワイスと学園長の奴隷契約の中で大きな制約の一つに、許可なく市外に脱出する行為の制限がある。
仮に許可なく逃亡を図った場合は、直ちに刻印にプログラムされた〈術式〉が展開され、奴隷の全身を蝕むようになっている。自分が行使されるとたまったものではないが、実際問題人件費を割いて管理する意味としてはおおいにあると私も思っている。
だが、その制限が存在しているのはあくまで彼女の奴隷としての所有権が学校側に依存していた時限定の話だ。今は確かに私の手中にあるから、真っ先にウィンドウから移動場所制限及び命令違反時の〈術式〉を解除しておいた。
別に私はそれなりの協力関係を築ければいいわけで、決して主従関係を明確にしたいわけではない。彼女が異常な性癖でそれを望むというのならその限りではないが。
そう何度も説明したが、やはり実際に街の外に足を踏み出す時は彼女の中にかなりの躊躇があったようだ。冷や汗が吹き出す様はなんとも、手堅く調教された事実が伺えた。曰く、奴隷になった理由も市街に溶け込むためというわけではなく、ただ単純にヘマをやらかして捕まってしまったという。肝心な時以外はまるでポンコツなのが彼女らしいというかなんというか。
八聖王が絡まない時の彼女の本質が垣間見れた。この悠長ぶりを見るに、八聖王の誕生は暫く先なのではないか?
仮に私が八聖王であろうがなかろうが、巻き込まれる可能性は高いので準備期間が長いのは正直有り難い。
彼女は門をくぐるまで震えに震えていたが、元から教えられていた条項を破っても罰則が彼女の身に下らないのを知ると、かなり安堵した顔になったようだ。こりゃ、彼女の中での心的外傷は予想以上に大きいわね、なおのことさっさと奴隷解放してやろう。
「まぁ、貴女はここで待ってなさい。戦う必要はない。もしも私が死んだら自動的に奴隷契約は破棄されるから、どっちにしろ自由の身よ。その時は私の貯金を託すわ。微々たるものかもしれないけれど、数日は余裕に過ごせる」
伝えておくことは今のところこんなものかしらね。
「じゃ、行ってくるわ」
「あ、あの……お気をつけて!」
すっとお面をつけて、私は歩き出した。
何のお面かって?
猫よ、かわいいから。
去り際、エーデルワイスは彼女の頭上に仄かに光る小さな球体が確認できたが……態々彼女を呼び戻してまで報告することでもないと勝手に自分の中で結論付けてしまった。
さてと、アジトなんて言い方をしていたものだから、地下に作られた秘密基地みたいな構造を勝手に連想させていたが……案外原始的のようね。
自然の洞窟をアジトに構えているようで、それを裏付けるように二人の男が守衛のように立っていた。いかにもならずもの然とした粗暴な態度は実にわかりやすかったが、双子なのだろうか、特徴に変化が見られない。スキンヘッドまでも同じとなると、最早見分けがつくまい。腰から下げられているのはカトラスかしら、海賊が付けているイメージが実に強い刀剣だ。特に切断に特化した武器ではないが、今の私の体で叩きつけられると深手を負うだろう。
その欠伸をした、如何にも平和ボケしているだろう守衛から私はどう見えているだろうか? 年端のいかない童女が向こう見ずにとことこと自分たちのアジト目掛けて歩んできているとしたら。
「なんだぁ? このガキは」
「どっかのぼんぼんのとこの子供が遊びんだろ、ほっとけ」
比較的清潔な佇まいをしている私を見たら、そりゃこうなるわね。
「だがよ、こっちに向かってきていないか?」
「んなわけ……確かに」
「どうするよ?」
「そりゃお前、はいどうぞって入れるわけにはいかねぇよ」
会話が筒抜けだ、もう少し声を落とすなんて考えは端からないのだろう。
だが、逆に助かる話ではある。
奴らのペースにいちいち合わせていては日が暮れるので、さっさと要求を伝えることに。
「そこを通してもらえるかしら」
「なんだと?」
まぁ、はいどうぞとは言わないわよね。
しかし、挨拶とはいかなくても声掛けはコミュニケーションを円滑に進めるのには必要だ。
「何処のガキだ? こいつ」
「スラムにこんなやつはいねぇぞ」
はい、先ず盗賊の活動原理がスラムの救済のようなものだということがわかった。
「じゃあやっぱ、街の奴か? じゃあ連れていくか」
「おい待て、ボスの話聞いてなかったのか、見境なくさらってたら衛兵どもに眼をつけられかねん」
ビンゴ、やはり上層部になると国家側からの口利きがあるか。
それで一応の需要供給は成りたっているのだから世知辛い話ね。
おっと、悠長なことをしている暇はない。エーデルワイスを待たせているのもあるし。
「通して、と言ったのが聞こえていなかったのかしら?」
「なんだと?」
右の男の眉が吊り上がる。
うむ、どっちも見た目は脳筋な巨漢で、礼節に欠ける印象だったが性質もほぼほぼ見てくれの写し鏡のようだ。
「嬢ちゃん、ここが何処だかわかってんのか?」
「ええ、わかってるわよ」
左の男の問いかけに対し、敢えて挑発してみよう。
「人様の物品を強奪することでしか私腹を肥やせない群れの巣……掃き溜めといったところかしらね」
「んだとっ!?」
右の男はすっと刀剣を抜いて威嚇した。
「おいお前、舐めた口きいてんじゃねぇぞ!」そして、怒鳴り散らす。
私は退かずに、あからさまな溜息を吐く。
「駄目ね」
「は?」
「貴方のような下っ端ではまるで駄目、と言っているの。この場の最高責任者の場所へ案内してもらえるかしら」
我ながら迫真の演技だ。実際、目的だった煽り行為としてはこれ以上にない成果を見せた。
「こんのがきゃ!」右の男は勢いよく、刀剣を振り下ろした。
折角だ。相手も相手だから、遠慮する必要はないだろう。
実技試験の時に代謝を調節し、身体能力を高めたが……あれは周囲に合わせて控えめだった。だけど今日は見ているのはせいぜいエーデルワイスくらいしかいない。
どれ、本気を出すとどんなものなのか、試してみよう。
想像するに、今の私が欲しいのは爆発力だ。
こう、身体の奥底に息をひそめる熱が、ばっと拡大し全身に流れるようなイメージ。加減はいらない、今の一瞬でそれを解き放つ!
すると、どうか。
大脳が急速に処理速度を上げたかのように、意識が明瞭となる。同時に、全身の熱が膨れ上がった。
そして同時に、今にも私の脳天目掛けて刀剣を振り下ろさんとしている大男の動きが静止した。
(まさか、時間が停止した?)
いいえ、それはないわね。そんなイメージはしていない。それにそんな大技を打ち込むとなると、本の展開が不可欠だ。試したこともないし、時間干渉となると頭痛を起こしそうだ。
そして何よりも、本は鞄の中で、開くような挙動も見せていない。
目下のたくらみ通り、代謝調節を最大限に発動できたようだ。ということは、予想以上に素早くなっただけ?
そして素早くなった結果、彼らの動きが鈍重になっているだけかしら。
ふむ、どうしようか。
相手からしたら致し方ないが、隙だらけだ。年端のいかない私でも数回は奴らを殺せる。だけど、作戦立案時にも同じ考えを繰り返したが……理由なく殺戮するのはどうもな。かといって、逃げるように盗んで退散するのも禍根を残しそうだし、仕返されないようにある程度の恐怖心は植え付けておきたい。
ひとまず、刀が目下を通過するように、真横にずれた。そして、〈術式〉を解いてやる。すると、予測通り刀剣は虚空を切った。
「なにっ!?」
よかった、これで返り討ちにあうという無様な結末だけは迎えずに済みそうだ。
男は呆然としていた。
無理もないだろう、力を込めた渾身の一閃を涼しい顔で躱してしまったのだから。剣でも折ってしまえばよかったか? なんでこう、名案というのはある程度行程が済んでから思いつくのだろう?
「貴様!」
男は呆気にとられるのをやめ、激昂して今度は地面と水平になるように剣の刃先を走らせた。
(!)
すかさず力を発動……体を仰け反らすように剣先を通過させる。
そして、後方に倒れるような構えからさっと両腕で全身を支え、派手に後転をし、その際に然程の力も込めていない細い足で、剣の面を蹴り上げてやる。
すると、カンッと音を立てて、剣が上方に突き上がった!
(奴は剣の制御を失った、今ね)
その瞬間にもう一度、先と同様に代謝を最大にさせる〈術式〉を発動。
(そっと、そうっと……)
隙だらけの腹部に本当に軽い一撃を食らわせる。一撃というよりか、撫でるの方が近いかもしれない。腹部をそっと押して、私は微調整を重ねる。
満足がいくまで調整し終えた私は術式を解く。
寸前まで、平然としていた大男の巨躯は吹き飛び、洞窟の奥まで消え、どすん、という音と共に姿を消した。
「えっ」
力をかなり絞ったつもりだけど、吹き飛び過ぎではないか。
「なっ、なにをしやがった!? 兄者ァー!」
いや私が聞きたいよ。限界まで能力を振り絞った状態では、些細な力を流しただけでこうなるのか? もし今、何も考えずに彼の失神を誘うために頭部を蹴り抜いていたのなら……末恐ろしい結末を迎えていたかもしれない。
ていうかお前が弟かよ、冷静沈着ではないが血気盛んじゃなさそうだからてっきり此方が兄なのかと。
これで慄いて撤退してくれたのならそれでいいのだが……。
「お前、許さねぇ!」まぁ、そりゃ無理か……。
よし、今度は限界まで発動するのは控えて、もっと絞ろう。余裕に刀剣が回避できて、一撃必殺にならない膂力に。
今度の発動はうまくいき、全体的にスローモーションになるにとどまった。上段から振り下ろされたカトラスの軌道上から簡単に外れた私は今度は遊びをせずに、さっさと終わらせることとした。
脇腹、脛、顎下に、背後に回って頸椎。そこに軽く打撃を見回した後に……、
「ていっ」
こればかりは思いっきり力を込めて、金的。
成し遂げて、〈術式〉を解除した。
すると、遅れて体の各所から形容しがたい痛覚が迸っただろうが……それを忘れる痛痒が彼の全身を電撃として駆け抜ける! 下腹部を無意識に抑えるも、真っすぐに立ってられないようだ。全身を激しく痙攣させ、背中から地面に倒れこんだ彼は泡を吹いて失神しているではないか。
「あっ、いけない」
金的の時は〈術式〉を切るべきだったわね。
まぁ、済んだことはしょうがないか、彼らの将来に幸あれ。




