第13話「奴隷と契約と謎の八聖王」
エーデルワイスを助ける方針を考えるようです。
彼女が嬉々として告げる内容に、正直驚いた。
別に物騒だとは微塵とも思っていない。彼女の発言に私を欺く意図は感じられないし、現状では私を欺く利点が彼女にあるとは思えない。
世界が世界だ――彼女曰く此処が戦争の渦中であるというのなら殺害を切望する存在が敵として存在してもそうおかしな話ではない。戦争のきっかけなんて些細な怨恨から生ずるものなのだから。
だが、憎悪の対象には耳を疑った。救世主と謳われることが多い勇者という存在を滅すると彼女はいうのか?
即ち、魔王とやらの側に与するという意思表明に他ならないわけだが、其処に意味はあるのだろうか? 彼女の求める幸福の条件がなんとも釈然としない。最も、魔王側の思想が不透明である以上、決して人類が是とも非とも言えないのだけど。
私が完全に油断していたのは、彼女の豹変ぶりにある。普段は腑抜けきり、剰え隷属の地位に甘んじようとするくらいだというのに……憎悪が垣間見えた瞬間、瞳の色が消えた。消してみせた。
「……どうして殺したいの?」
「詳しくは言えないけれど、そうすることで世界は変わるんです」
「世界が……?」
事実上、情報量は皆無に等しい。
さらに踏み込んで問い質したいところだったが、私がそう思い立った段階で彼女の瞳は先程のものに戻ってしまっている。
この様子を見るに、エーデルワイスがこれ以上は話すことはないだろう。
彼女は気さくな性格をしている風に思えるし、恐ろしいことにもうそれなりに心を開いているようだ。無警戒この上ないが、たぶんこれがエーデルワイスの性質なのだから、私がお節介に意見する権利はない。
しかし、そんな気さくを通り越して、愚かなまでに他人を疑いそうにないのが目の前の彼女だというのに、『何故勇者を殺したいのか』に関しては話す素振りを見せない。確かに、話せば長くなるから憚れるだとか、そもそも他者に話しては信じてもらえない――私の転移のように――話なら、そこに体力を割くような真似はしないだとかいう理由は幾らでもあるが。
私はもう余程の突拍子のない話が来ても信じれる自信がないけれど、彼女の中で踏ん切りがついていないなら無理に聞くことはしまい。
彼女の中でそう思えないなら、私がどうこう言える問題ではなくなるのだ。ここは黙して彼女の腹が決まるまで待つべきだ。
だけど……不思議な話もあるものだ。
頭の片隅に置いておこう、この情報は何処かで活用できそうだ。
「質問を変えるわ」
貴女がその勇者とやらを倒して回るのか、そう問うと、彼女は首を左右に振った。
「ううん、私も少しは〈術式〉が使えますが、八聖王はそんなちっぽけな努力を遥かに凌駕する勢いで成長するんです。それは抗えないし、真正面から挑んだら確実に負けちゃいます。だけど、八聖王同士が潰しあうのなら……話は違うんです」
「エイジ……ああ、術式のことか……」
この世界での通名か、覚えておこう。
おっと、話が逸れたか。
彼女が言うには、文字通り八人の聖王――勇者候補からなる存在を八聖王と呼び、それぞれが勇者の名に恥じない特異な個性を持つという。
「一応私にも秘策はありますが、それが通用するのは一対一限定ですし、二度は使えません。だからこそ、潰しあってもらわないと、最後の1人になった時に使おうと思うんです」
「……普通ならその八聖王とやらは協力しあうものでしょう?」
そうだ。
紆余曲折があっても、勇者として存在するならば最終的には共通の敵と対峙するはずだ。それこそ、魔王を倒すためには内ゲバをしている暇なんてない。
「ふっふっふー、これはかなり極秘の情報なんですけどね、絶対に八聖王は殺しあうんです。そういう風に運命づけられているのです」
運命づける? 此処にきて途端に胡散臭くなったわね。
ただ……八聖王という概念自体が未知なる情報だから、その運命づけを法螺だと断定することは今の私にはできまい。あどけない表情を浮かべながら話す彼女の言葉を記憶に留めておくことが最善手だろう。
殺し合う、か。
別に自惚れるつもりは毛頭ないが……自分はもしや八聖王の一角ではないか?
自分で言っていて恥ずかしくなりそうだけど、冗談を言っているわけではない。前にも考えたが、きっと私がここに転移したには意味がある筈だ。徒に迷い込んだとは到底思いえない。少しずつ記憶として戻りつつある記憶の奥底にあったあの子の言葉も引っかかる。
――私の生きる世界とは異なる世界がある。
その言葉が妙に引っかかっていたのだ。
何故かは不明だが、あの子は恐らくこの世界のことを知っている口ぶりだった。色々と不可解が山積するが、兎にも角にもあの子の言葉の通り、何かがある。
八聖王に関してあの子が話していた記憶は今のところないが……それが全く相関関係を持たないことはなさそうだ。
仮にだ、私が八聖王という仮定が事実だとしたら、真っ先に私はエーデルワイスに殺されてしまうかもしれない。もしも自分がそんな存在ならエーデルワイスに何もしていないのに逆恨みされてしまう。
それに……見ず知らずの残り七人と殺し合いを繰り広げないとならないのは流石に気が引ける。拉致した存在に一矢報いる――私のその目標に立ちはだかるのであれば問答無用で叩き潰すが……無暗な殺生は避けたい、不必要な殺戮は新たなる禍根、もっと砕いて言うと面倒ごとを呼びかねない。
しかし、八聖王か。この世界に来て漸く有益な情報になりえるかもしれない。
だが、エーデルワイスは具体的な誕生時期や選定条件を知る様子はなさそうだ。できればそれらの計画の関係者とパイプを作っておきたいが……現実的な話、今の状態では難しそうだ。エーデルワイスは少なくとも、このあたりのことは知っていそうだ。だからこそ、交流を重ねる価値はあるし、何よりも、
(彼女の瞳は興味深いわ)
切り替えられた時の零度の炎を灯した瞳は捨て置くには惜しい。
あの、誰しもが宿る善意を自身で殴殺した果てにのみ芽生える双眸の黒き炎は必ず全身が壊れようとも、機械のように野望を全うする力に代わる血肉となる。
私が欲していたのはそれだ。あの転移前の私が、あの地獄を練り歩くのに欲しかったのは、斯様な非情さだ。
何よりも、常時その炎を灯しているのではなく、任意に可能であるということが強い。暫くは――当面は八聖王が姿を現すまでは平々凡々で生きることを信条としている私にとってその力ははっきり言って……彼女がほしい。
「お願いしたいことがあるの」
だからこそ、彼女と協力関係を築く。
「お願いですか?」
「ええ、多少は戦えるのよね?」
「ええ……近辺の敵程度なら」
「だったら、私と一緒に外に出るのを手伝ってもらえないかしら? そうね、有体に言えばパーティーを組んでほしいの」
私の提案に、とっくに普段のポン……マイペースぶりを露にしている彼女はその目を白黒とさせていた。まぁ、無理もないか。
「ええっ、わ、私なんかとですか!?」
私が欲した漆黒の炎が消えている時はかなり自己評価が低いようね。
「そうよ、私はわけあってこの世界に疎いの。だからいろいろと、教えてほしいの。貴女は私よりもかなり年上と聞くし」
「えっと、あうあう……ですが……できませんよ……」
「どうしてかしら? 嫌だった?」
「い、いえ! 嫌なんかじゃないです! 偶には外の空気だって吸いたいですし、元気いっぱいに動き回りたいですから、魅力的な提案です、よ?」
「だったら何故渋る必要があるというの」
「それは……私が奴隷だからですよ」
そういって、彼女は右腕の草臥れた袖を捲ってみせると、赤色の円形魔法陣が刻まれていた。円の内部には六芒星が記されており、そこには小さく文字が記されている。
(読めないわね)
多分、これは〈術式〉の知識がないと理解できない話だろう。言語が理解できても、専門書を読むには基礎知識を要するのと同じ理屈だ。
「これがある限り、私はこの街から出ることはできないんですぅ」
「出ようとしたらどうなるの?」
「電撃が走っちゃって、気を失って捕まっちゃいますね」
ふむ、逃亡防止かしらね。変に鎖につないで管理するよか、実用的ではあるわね。
「奴隷解放する方法とかはないの?」
「あるにはあるのですが……なんにせよ、お金がいりますよ。それも、私なんかのお給料ではまだまだ届きそうにはありません……」
聞くには彼女は常日頃から貯蓄をしているようだが、元より低コストで運用するために用意された奴隷に与えられる給金など知れている。それだというのに、到底届かない目標を釣り針につけてぶら下げる……施政者がやりそうな姑息な手だ。だが、実際にそれが飴と鞭になってしまっている。
「あー、でも、〈術式〉なら解放できるって聞いたことありますね」
「詳しく教えて」
耳寄りな情報かもしれない。
エーデルワイスが奴隷という制約を取り外す――新たな方針が定まった。




