第12話「ポンコツ奴隷は復讐の道を歩む?」
新展開ですよ
アニスとの解散を経て、質素な食事を特に騒動もなく終えることのできた私は大浴場の中でもとりわけ巨大な浴槽に体を沈めた。何らかの特殊な成分が含有されているのか、通常の勝手知った浴槽につかるのとは違った感覚が全身を支配し、ゆったりと身の凝りを解していくような気がした。
檜の風呂に、天然の岩を打ち砕いては整形して作られた露天風呂――前の世界の名湯を彷彿とさせられる。そして特段に凄いのが、今私が入浴している超大型風呂。二十五メートルプール並みの面積をその湯が占めており、女生徒が一挙に押し寄せても問題がない作りとなっている。実際は皆が皆、混み合わない時間や自分の決めたバラバラの時間に利用するから、想定されているような大混雑が起こることもなく、比較的快適だ。
(これが無料に利用できるのだからすごいものね)
基本無料な時点で驚きだが、銅貨一枚で追加できる雑多なオプションには度肝を抜かれた。払うものさえ払えば、なんと学生でさえもマッサージなどの高級宿泊施設顔負けのサービスが受けられるということだ。
私はそのような美容には興味がないが、この学園は大学生的に年次までその気になれば進学することができるらしいし、美容意識が常に高い位置で維持できている人たちは喜んで利用するのだろう。
部屋にはいつの間にか配送されていた教材類の中でも元の世界の”道徳”にあたる教科書を、ざっくりと読み流したところ、この世界には総数にして五種の貨幣が流通しているらしい。
価値順に並べると、銅貨、純銅貨、銀貨、純銀貨、金貨といった具合だ。純、の接頭語は単純に考えて構わない。その硬貨に含まれる金属の含有具合であるというわけだ。純、という言葉の付かない硬貨は基本的に蘇鉄といった不純物が含まれ、純がつけばほぼ混じり気のない硬貨であると言える。例外として、金貨のみは純で分けるという区別方法はなく、それそのもので純正の硬貨であるのだ。
元の世界の貨幣との交換率は厳密にはわからないが……少し学内を闊歩し、ノート的な文具の値段から推察するに、銅貨一枚は丁度百円くらいかと推察できた。母さんらが路銀で持たせてくれたのは、銅貨百枚……一万円といったところか、単純に等倍されればの話だけど。ちょうど純銅貨一枚分だそうだが、単に一枚を持ち歩かせようものなら何処に行っても銅貨に崩すという作業が要求され、非常に面倒なので既にばらした銅貨を持たせてくれたのは有難いことだった。
教科書の余談的なところに、高名な武器などは純銀貨或いは金貨を数枚支出するケースもあると記述されている辺りを見るに、そうそうお目にかかれなさそうだ。それに、銀行機構がこの世界にあるかどうかもわからないから、迂闊に持ち歩けないだろう。
色々と課題は山積するが、やはり早急に対処すべきなのは路銀問題だろう。
今の仕送りを細々と貯蓄することも当然大事だが、なにぶん現状では収入が子供の小遣いだ。不服は勿論ない、貰えるだけで僥倖なのだが、それだけで今後学校に頼らず生活していくとなった時に立ち回れるかと言われれば不安要素は拭えない。
少なくとも、学校の支援も、親からの支援も貰えない窮地に立たされてしまった時に、自分の力で数週間分の安定した宿代や食費といった最低限必要な資金が賄えるようにはしておきたいところだ。
残念ながら、総貯金額が一万円とちょっと程度ではどれだけ倹約しても数年後に残る資金は知れている。宿屋の相場を知らないが……食費等と合わせると一気に溶けてしまいそうだ。
本格的に金策に走らなければ、ここぞという時に泥沼に嵌りそうだ。そうならないためにも……お金を稼ぐ。
だが、考えようだ。
手放しでいきなり実行できる話でもない。
私は今の姿はどこからどう見ても小学生。
そんな稚児を雇用する程人手が足りてない職場は遅かれ早かれ望むような賃金はもらえないだろう。この世界における労働法がどのように存在しているかは不明だが、流石に大人と同様に稼ぐのは困難だ。ましてや、奴隷みたいに酷使されるのなんて以ての外だ。何処ぞかで手伝い程度ならやらして貰えるだろうが、それで支払われる給金はやはり小遣い程度に過ぎないだろう。
うーむ、安定した収入が難しい分、できれば一回の行動で固まった収入が望ましい。この考え自体学生気分が抜けていない証拠なのか。地道に、堅実に稼ぐしかないのか。
(部屋で蹲って悩むよか、外に出よう外に)
この世界に至ってまで旧弊固陋な元世界の常識に囚われ続けるのでは永遠に考えては、行き詰まるという輪から抜け出せない気がした。この来訪者に優しくない峻酷な世界を生き抜く為には一にも二にも行動に移さないとどうにもならないのではないか、という漠然とした不安が次第に大きくなってくるものだから、私の体は居ても立っても居られない状態になった。クッキーに代わる鉄釘を多量に持ち寄り、街に繰り出そうと考えた。
余談だが、クッキーの代替え素材として最も費用対効果に優れた素材は鉄釘だった。銅貨一枚で大量に仕入れられるのだからしめたものだ。買い占めた時に店主からは怪訝な顔をされたが、この程度なら悪目立ちもしなかろう。
何故クッキーをやめたかって?
そりゃクッキーは食べてこそ意味があるのだ。食べ物を粗末にしてはいけない。
今後暫く、それこそ言語習得まで絶え間無く鉄釘を入荷しつづけた結果、後年鉄製の道具の市場価値がやんわりと高騰したのを私は後々に知ることとなった。
学校は街の階段から南部に上った先に存在するため、北進すれば安全に街に到着するというのが学校側の主張で、門限の範囲内であれば出入りも自由となっている。
(その口ぶりだと、外に魔物でもいるのかしら)
少なくとも敵性勢力がこの壁に包まれていない外の世界に存在しているのだろうか。
想像が及ばない。敵性勢力……駄目ね、人間が盗賊として暗躍するといった形式のしか想定できない。
モンスターでもいるというのか?
年代物のロールプレイングゲームを幼少期は嗜んだ記憶があるが、その世界で存在したモンスターがいるとでもいうのかしら? 粘性の生命体であったり、知能を持たない豚でもいたりするのだろうか?
願わくば、嫌悪感を抱かない生命体がいい。某創作神話よろしくな異形が近辺を跋扈している光景は想像したくない。
と、眼下に広がる階段を下りながら周囲の芝生の風景をなんとなく眺めていたところ、風景以外の存在に目がいった。
(そういえば、入学試験の時も芝生を弄ってる人がいっぱいいたわね)
学校の育てに育てた自己顕示欲の展覧会のような矢鱈に目立つ衣装とは対照的に、かなりみすぼらしい。いや、これがこの世界の標準的な庶民服だろうか。現在は私は制服……ブレザー的なものを纏っているが、周囲の存在が纏うような布一枚、着の身着のままの衣装の方がむしろ好きかもしれない。
あれはやはり召使か何かか?
でなければ、普通誰も見ない芝生を懇切丁寧に文句も言わずに整え続けるなんて仕事をやらない筈だ。
待て待て、その考え自体が古いぞ。
元の世界の常識が通用しない世界なんだから、芝の価値がそれなりにあるかもしれない。イメージしづらいけど。
(それにしても……)
突然、何かにぶつかった。
今まで通りならば踏ん張って持ち堪えられただろうが、体躯が如何せん小さすぎる。呆気なく転んでしまった。幼児体型だから少し頭部が重いのか?
何れにせよ、最悪だ。実に運がない。
「何……?」
「あわわわ! どうもすみませんっ!」
私の目の前を横切るように通ったものだから、衝突したのだろう。私も不注意だった、目の前の女性を責めることはできない。
すごく……肌が白い。元の世界における私の人種区分は間違いなく黄色人種。当然白人なる人種を見たことはあるが、目の前の彼女はそれよりももっと白く、まさしく純白だ、北国に深々と積もる広大な白雪を学校行事で何度か見たことあるが、それと遜色ない。瞳と髪色は三原色に近い黄色だ。そして、うん、手入されてないんだろう。伸びきった髪の毛量は多く、枝毛になってしまっている。
双眸には大粒の涙が浮かんでいる。あー、これは……。
「……私は怒っていないわよ」
「ほ、本当ですか? ご主人に報告しませんか?」
「そんな面倒なことしないわよ」
目くじら立てる必要性が何処にもない。過失は私にもあるのだから。
それよりも、主人――その言葉を受けて私の仮定はより強固のものになった。
随分と贅沢な身分で踏ん反り返っている人間が彼女らの上にいるようだ。他の子らは目から輝きが消えていたりと負の気配を強く感じられたが、彼女は違った。
「別に報告なんてしないわ、安心して」
恐らく、彼女が慄いている一端にはそこにあるだろう。その緊張を解してやる。
「あ、服が……」
その私とほぼほぼ同年代と思しき少女はかなり気周りができるようだ。
少し過剰にも思えるが。
「あわわわ……べ、弁償代が……せっかく稼いだお給料が……」
前言撤回。めんどくさいわね。
「構わないわよ、ただの水だから」
「ですけど……ですけど……そうだ! 今からお時間大丈夫ですか?」
これは本格的に面倒なことになった。
市街地の適当な茶店……でいいのだろうか、カフェ的な場所に半ば無理やり連行された。彼女は謝罪のため奢らせてくれとせがむものだから、押し切られてしまった。
門限迄まだ余裕があるからいいのだけども……。
「仕事はいいの?」
「はいっ、今から一時間は休憩ですから!」
聞くところ、エーデルワイスと名乗った彼女は学生ではなく、労働者らしいが、同じ年くらいなのに見上げたものだ。
「カノンさんはお出かけのつもりだったんですか?」
「ええ」
当然だが……元の世界の話はしない。到底彼女では信用できない話だろう。この話は少なくとも私を拉致した計画の関係者レベルの人間でなければ。その条件を満たし、且つ信用にたる人間でなければならないが、いったいそんな人間がいるかどうか。
「いいですねぇ。最近はお休みの日は眠ってばかりですよぉ」
なんというか……エーデルワイスは猜疑心を抱くことさえも馬鹿馬鹿しくなるキャラをしていた。だから逆に信用できるかもしれないが、秘密を開示するには余りにも情けなく思えた。腑抜けたというか、どんくさいというか、うん、知人にもこういうのはいた。
「同じ年くらいなのに働いてるんだ」
「あー、やっぱ同い年に見えます?」
「?」
「私、妖精種ですから、実は既に六十年くらい生きてるんですよ」
驚きだ。
年齢の割に若過ぎるとかではなく、実際に亜人なる生物が実在していたなんて。よくよく観察してみれば、確かに耳は鋭利に横に尖っている。加えて、異様な肌の白さも納得がいく。
「まじまじと見られると恥ずかしいですよぉ」
頭が痛くなるわね……。
「亜人と呼ばれる人を初めて見た」
「あのあたりで仕事している人は、皆さん亜人ですよ? 種族はエルフやウィザードなどいっぱいですけど」
ふむ、外見の違いが顕著な個体であれば直ちにわかるだろうが、彼女のような個体こそが亜人というのなら日常生活で溶け込んでいても私にはわからないだろう。
「亜人は働き上手なのね」
「違いますよ~」
それにしてもよく笑う子だ。
喜怒哀楽の怒りと哀しみを微塵も感じさせない程だ。……いや、仕事を切られることにはそれなりの抵抗はあるからそういう方面での哀しみはあるかもしれない。私の想定している陰湿なそれはなさそうだが……。
「私たち亜人はこの国では奴隷なんですよ~」
けろっとした様子で彼女は衝撃的なことをいう。
正式に雇用した従者的な集まりとばかりに私は錯覚していたし、さり気無く聞いた話がまさかこの国家が抱える闇に突き当たるとは。
「簡単に話してくれるのね」
「別に構いませんっ。小ぢんまりとしてますが、ご飯も出ますし」
両手でV字を作って、ニコニコと笑う。なんとも……楽観的な人だ。
「それに私にはここに残る理由がありますから!」
此方があれこれと質問するつもりはなかったのだが、エーデルワイスが勝手に物語るものだから、自然と情報が集まってしまう。奴隷なんて救いがないという偏見があったが、三者三葉のようだ。
彼女が奴隷というかなり身動きがとりづらい身分に籍を維持しても尚ここに駐留し続ける理由は確かに興味を引いたが、直接質問するのは如何なものかと内心で思案していると、これまたエーデルワイスが勝手に解説を始めた。
「勇者様――八聖王様が来る日を待っているんです!」
「八……え、何?」見知らぬ言葉が来た。適合する言葉がないか、元の世界風の単語にも訳されることはなかった。
「八聖王様です! 悪逆の魔王を倒してくれるんです!」
この人、唐突に、そしてさらっと重要情報を吐いていないか?
八聖王……換言する前の勇者という表現通りなら、なんとなく理解できるが、問題は其処ではない。え、何? この世界には魔王とかいるの?
だとすると……戦争状態なの?
いやそれだとすると……私の今後の立ち振る舞いも変わってしまう。
下手に能力が露見すると、人間兵器にされてしまうのでは? それは考え過ぎかしら?
兎にも角にも……彼女から聞き出したい。
さっきまでは捨て置いても構わない大多数のうちの1人にしか捉えていなかったが、現段階をもって重要人物に底上げだ。
「勇者様が魔王を倒してくれるんです!」
「それを期待しているの?」
「うーん、確かに期待はしてますよ」
ん?
含みのある言い方だ。
「どうかした?」
少し彼女が黙ってしまう。
「言っちゃってもいいですね、言いますよ。カノンさんは他の人とは違うっぽいし」
随分と失礼なことを言われた気がした。
彼女は少し葛藤している様子にも思えた。が、それが済んだかと思えば、彼女の瞳の熱がすぅっと一瞬間、途絶えた気がした。それが確認されると同時に、彼女の周囲に吹き荒れる風向きが大きく揺らいだ。
「私、八聖王様を全員殺さないといけないんです!」




