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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第一章「篠崎奏音は空想だけで生活したい」
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第8話「褐色エルフ、やばい生徒をみつける」

奏音が客観的な評価を受けるようです

 その場で生徒の持久走を見極めている教師が三人いた。


 左から、顎より結われた白い長髭を生やすのは、一見すると隠居し、残り少な日々を趣味に謳歌する老人のような男だった。

 彼は所謂体育教師的な役割を持つ教師で名をスヴォルツ・フォン・リーという。高僧が纏うような上質な、白無地のお袈裟を着用している。極端に閉じられた瞳は一見すると全く視界が閉ざされていると思われがちだが、そうではない。彼の瞳で見るのではなく、心で相手の挙動を読み解くのだ。その卓越した技術で彼は数多もの相手を下し、遂には武神、武王などという様々な通り名を持つ希有の存在となっている。

 齢六十を超える比較的高齢な武人だが、いまだに彼に師範を賜る武人の卵は数知れず、この国における最強の武人の一角ともいえる存在だ。彼は後進の教育にもまた熱心で、毎度のこの実技試験にも、素質のあるものを選定する個人的な意図も絡んでいる。


「今年の出来はまあまあといったところかの、この学園の地を踏むに値せん童の間引きはとうに済んだろう? エンヌよ」


 国一の老翁が反応を促したのは、右の青年だった。

 黒一色の法服を着こなすが、それ以外にはそれといった衣装的な特色のない、実に無味乾燥な出で立ちだ。そのような喪服にも近しい佇まいであるというのに、ただ一点、好一色とも呼べる装備はなされていた。純白の手袋を腕に重ねている、識者曰く、かなり高位のものというが--。

 この女性は少し、一般の人間との構造が異なる。少し長く尖った耳に浅黒い肌色。そして鮮血と見間違える程のスカーレットの珍しい朱色を放ち、極端に人を寄せ付けない。

彼女は俗に言う半亜人と呼ばれる種族だ。亜人と人間種のハーフ、というと1番しっくりくる。エルフの特徴的な長い耳よりは少しばかし短いが、人よりは確かに長いのでハーフエルフと名付けられる。また、種族としても肌の浅黒さから魔力適性の高く、希少なダークエルフでもある。


 本来人間が支配する国家では、亜人種は差別の対象として扱われ、時として奴隷として虐げられていることもある。が、彼女は違う。彼女は類稀なる術式の才能により叩き上げでこの地位に上り詰めたのだ。

 そんな幼少期の差別経験があったから、さぞ亜人種に優しいのであろうと思われがちだが、決してそうではない。完全でいて、徹底された実力至上主義の持ち主だ。素質さえあれば貧困街の大家族の末っ子であっても躊躇なく引き抜くし、逆に如何に巨大な権威を有する家元の長兄であろうと、素質がなければ一切の興味を示すことはない。


「わざわざ間引かぬとも素質ある者は自ずと頭角を表すもの。有限の時を裂くまでもないこと」

「ほっほっほっ、流石の魔女様と後続に手一杯といったところじゃな」


 彼女は返事をすることはなかった。

 彼女の碧眼は時折琥珀色に切り替わる。それは彼女の固有の眼を媒体とした術式、魔眼の一つ、〈感受(アナライズ)〉である。高度な術師は肉体から放出される魔力を抑制するため、有用性に欠け、実際彼女も実践においてはそうそう利用することはない。が、術師の卵やこういった制御の方法を知らない子どもなどに対してはこれ以上にない効果を発揮する。

 彼女は術式に関する授業・研究を統括する立場にあり、同時にこの国家における術式に関する催事を司る存在でもある。実際、彼女の一声で直前まで確定的だった合格が反転することだって、過去に何度もあった話だ。当然、ハーフとはいえ亜人の血が通っている彼女に決定権といった過重な権力の集中を許したか――それは単に彼女に勝る力を誰も持たなかったからだ。

 彼女はその性格上、権力者の息子だが、才能に恵まれなかった者達の弟子入りを何度も突っぱねたことだってある。無論それらの行為は名だたる権力者の顔に泥を塗る行為であり、顰蹙(ひんしゅく)ものだ。何度も反感を買い、排除せんとする猛攻が彼女の心身に襲いかかっただろう。だが、その度に彼女は自分を育て上げた知性と技術でそれらを全て打ち負かした。

 

 だからこそ、彼女は今の地位を勝ち取ることができたのだ。本来であれば亜人種では決して到達が敵わない頂きを。


 彼女は自身の特殊な魔眼を働かせ、なおも残り続ける生徒を冷静に分析し続けていた。合格ボーダーは下位三十人以上であり、それさえ絞ることができたら直ちに試験を終了することだって可能なのだ。リーは術式を下に見る性質が強く、基礎術式の習得具合を判断するこの試験に関しては、早々に打ち切っても構わないという心持ちだったが、それとは対称的にエンヌはそんな妥協を許さなかった。

 リーのような杜撰でいて半端な選び方では、真の卵は見つからない。

 体制を批判する勢いで彼女は言い切るのだ。ゆえに、彼女が全生徒を精査し終わるか或いは最後の1人が確定するまでは延々と続けられることが多い。

だけど、直近の数回は彼女の魔眼を揺るがせる程の逸材と相まみえていない。


(最近は不作ね)


 勿論皆が皆、潜在した力がないというわけではない。入学後、通年で丁寧な指導を行えば、そこそこ使い物にはなるようになる。生活を補助したり、下級兵士を束ねる指揮官を受け持ったりする程度にはなる者もいるし、それに関してはエンヌも否定していない。

 だが、彼女が渇望する深淵の究明に至る程の逸材はそうそう現れないのだ。リーはそんな余りにも贅沢なものの考え方を毎度揶揄するが、エンヌはそれを無視する形で一蹴している。外野の声など耳にするに値しないと断じてしまう程に、彼女は術式への、未知への好奇心が強い。

 立場が立場なため、彼女もまた他の教師たちの多分に漏れず、権力の虜になっていると思われがちだし、実際に裏ではそう揶揄されることもある。が、エンヌにとって地位など、自分の欲求を解消するための道具でしかない。もしも更なる研究の成果が期待されるということが確実になれば、彼女は迷わず今の地位を捨て、敵国に寝返る覚悟だって、流浪の身になる覚悟だってあった。それ程に、彼女は不可思議に魅入られている。


「こりゃ驚いたわい、いきなりあの少女、追い上げてきよったわ」

「彼女は」

「名はカノン・シノザキといったかの。中流の家の出で、それといって過去に功績もない凡人じゃて」


 先程まで比較的後列に位置していた何の変哲も無い少女である。

 そんな彼女が見せた思い切った追い上げに、リーはまるで追い上げた彼女を、最初こそは凡人と称したが次々と彼女を褒めるような言葉をつらつらと並べはじめた。

 しかし、彼の言葉はいつも何処かに嘘臭さを孕む。

 彼相当にまでなると、これくらいの体力勝負はお手の物なのもあって、補助頼りの術師など嘲笑の対象でしかないのだ。

 リーには精々土壇場に器用な小細工をする童がいる、という風にしか彼女のことは映っていない。術式と体術は非なるものだから、今のリーの文句は結局のところ無意味な嫌味にしかなりえない。

 比べて、エンヌは彼女の内から微量だが漏れ出る魔力に目を細めた。


「代謝向上や体力分配の術式が滑らかに独立し合っているわね」


 本来、二つの術式を同時に、差が生じないように並列化するにはそれなりの練度が要求される。ある程度の水準以上の術師となると、必須の技術となるが、まだ齢にして六つの少女が実行できるようなものではそうそうない。


「ふむぅ、やはり思ったが術師のおなじみの肉体増強かの」


 呵々と憫笑し、次いで嫌味混じりの皮肉を並べた。

 リーを始めとした高名な武術家の普段のやり口だ。肉体に依る技術で相手を制する武術家と知性に依る技術で相手を制する術師では物の道理が対極に位置し、往々にして比較されがちである。そこに、半亜人という武術や術式の括りとは別の、各個人の差別感情が幾分か付与されるものだから余計に嫌味たらしくなるのだ。

 だけど、逆に秀でた術師だと彼女の特筆性が手に取るようにわかるのだ。


「単に代謝が早うとも意味はありゃせんて。エンヌ、お主様も其れは重々に解していることじゃろうに?」

「ええ、当然です」


 だけど……だからといってカノン・シノザキを稀代の天才と判断するには時期尚早だ。あくまで並列化が得意なだけかもしれない。それ以外の基礎はからきしかもしれない可能性がないわけではない。少しの得意とその道の専門家では雲泥の差がある。

 実際、カノンの並列化には眼を見張るものがあるが、まだ粗削りの面も強く、彼女は教師陣からしたら、あくまで得意の範疇を抜け出せておらず、それが海のもになるか山のものになるかはまだわからないのだ。

 だが、十分な成績を叩き出しているのは事実だから、合格はほぼ確定的だろう。ただ一度、エンヌは寡黙な男に問いかけた。


 背に掲げられた剣を有し、その刃は成人男性の身長を優に超えるものだ。特殊な紋章が剣の面には織り込まれており、それが時折太陽光によって煌めいている。

 先のやり取りを見ても表情を歪めないどころか、微動だにさせずにいる様は異様で、陰では畏怖され、剣士志望の若者からは多大なる尊敬を集められているが、誰一人と彼の真意を知らない。


 それはエンヌやリーでさえも同様の話だった。


 必要がない限りは返答の語句さえも放たない彼だが、今ばかしはただ一点、少女を見つめていた。その獣とて射抜くことも造作のない眼光に見定められた捕捉者は、如何に豪胆な性格の持ち主でも強制的に怯懦な人間に変わってしまうほどだ。それは遠方からであろうとものの問題ではなく、平等にその影響下にある。が、彼女は先よりその瞳に捕捉されているというのに恐慌に陥るどころか、より本調子を発揮できているではないか。

 エンヌからすればそれは看過できない由々しき事態だが、当の男はなおも胸中を誰にも明かさなかった。そして、かの少女は当初から上位を維持していた別の女性受験生と一騎打ちをする展開に発展していた。


「こりゃあ……驚いた。見栄であそこまで食いつきおるわい。まぁ、合格基準がわからんのでは当然といえば当然かの」


 老翁は未だにエンヌが感じている彼女への一抹の不安を抱いていないようだ。彼女が特異な存在であると断定するつもりはエンヌにもなかった。が、何か裏があるのではないかという結論には至っていないのか、術師であり、半亜人でもある彼女の考察など聞くに値しないという腹なのか――エンヌの意見を取り入ることはなかった。


「しかしこれじゃあ埒があかんの。アインハルト殿、ここで老翁の提案に耳を傾けてくれんかの」

「…………」


 謎に包まれた男の名はアインハルト・シュヴァルツと言った。

 リーの進言に対する返答はない、それを都合よく解釈したリーはが提案したのは、この持久走な打ち切り及び決着を武術による肉弾戦であった。


「好きにしろ」


 一度だけ、そう放って、遂にはその場から姿を消してしまったではないか。それは明らかにリーがつけあがる隙であったが、それを理解した上での行動だろうとエンヌは読んだ。

 上位三十人を選出すればいいという話だから、既に実技の点数は確定している。生徒の出来も、脱落順の若い方から底値をつけていけば、何の問題なく完了する。彼がこの場を後にするということは、その時点で彼の興味は完全に喪失したのか、或いは必要な情報は回収しきったということだろう。





 エンヌは去りゆく彼の腹を尚も読みきれず、そして調子付いてつけあがるリーに、暗澹とした苛立ちを覚えていたのだった。




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