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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第一章「篠崎奏音は空想だけで生活したい」
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第6話「奏音、ビビる」

 私は体を打ち震わせてしまっていた。

 その震えは、配布された紙面をゆっくりと捲りあげて瞬きをするよりも早く到来したものだった。

 久しく作動させてなかった頭脳をフル稼動させ、知識を有する限りに展開する。冷静に、設問の各個撃破を目指した。各問の撃破は敵わなくとも、部分点を掠め取って如何にか合格ラインを目指そうとまで考えていたくらいだ。


 しかし、面食らった。わなわなと全身から崩れそうになった。


 違う意味で。

 それは何故か?

 問題が現代日本の義務教育の課程から悪い意味でかけ離れていたからか? 高等学校卒業程度の問題が平然と出題されたからか? 否、どれも違う。


(この世界の教育水準は狂っている!)


 私は絶対の沈黙が暗黙の了解である試験時間中に、舞台俳優かのように大声で叫んでしまいそうになる——逆方向の狂気の沙汰も考えようだ!


 私は物心つく前に熱心に情操教育を受けさせられる乳飲み子ではない! 豊かな感性を身につける段階の話などとうに終えているのだ、中学三年生なんだから! 今更どうして、態々こんな場所にまで赴いて、真っ白な羊皮紙に図形を描かされている!?

 そりゃ、勿論ね? 射影した図から元の図形を類推するなどなら理解もすんなりといこう。頭の体操にもなるし、解き甲斐がある。だが、蓋を開ければどうか。正円を記しましょう、その中に2つの円を内側に記しましょう、その中に星を描きましょう……これはなんの試験だ?


 うーむ、わかんない。 ふざけているようにしか思えない。


 美術学校の類であればかなり苦しいが理由づけることが可能だ。


 だが先程の学校説明において美術学校的な側面を解説する様子は一瞬たりともなかった。


 そこから円或いは球の体積や容積を導出する問題に接続する可能性を危惧し、与えられた用紙の隅々まで目を通したが、やはりそこから算術的な技術に発展する議論は存在しなかった。


(サクサクと進んだ……というかつまりようがない)


 一応、精緻に作図に励むことにはした。きっと意味があると無理に言い聞かせて。コンパスや分度器なるツールは残念にも筆記用具郡には含まれていなかったため、正真正銘の一筆書きだからこれが正解なのかいまいちわからない。


 指示通り着々と解答を続けると、最後にまた過剰な余白が用意されてるではないか。


 そこに目を通す。


(……これは素質を確かめる問題、と書いてある。素質? 紙面上で判別できるものなの?)


 予想がつかない。元の世界には存在しない技術があるのか?


 まぁ、何にせよ逆らうべきではない。今一度自分が行わなければならない動作が記された説明文を脳内で反芻する。


(血を一滴、紙面に落とせ?)


 あまりにも馬鹿馬鹿しさが過ぎて、遂に頭が痛くなった。


 遺伝子検査を強制的に受診させられているような感覚だ。

 なぜ筆記試験で採血……といっても血を一滴紙面に垂らすだけだが、そんな健康診断じみた真似を、それも題目として与えているのだ? それに、もし血中成分的なものを分析された挙句不合格になろうものなら立つ瀬がない。血筋で学習の門戸を閉ざされるなど、各種人権団体の暴動待った無しだ。もっとも、この世界で元いた世界の人権が同様に適応されるかは不明だけど。

 大口を(胸中でだが)叩いた以上結果を出さなければ。これは私が忌み嫌う世間の、なんでも右にならえを強いる常識に感化されたということでは間違ってもないということを捕捉しておく。為政者として成り上がるつもりは毛頭ないが、かといって汚泥を啜りながら惨めに生きたくない、その一心に尽きるのだ。この世界で、生きてるか死んでるかもわからないような腑抜けた生き方をしていては一生報復することができないんだから。


 文化的最低限度の生活という大仰な言い回しをする癖にそれを得るには最低限度以上の不断の努力が要求される。なんと酷い話だ。





 きっとこれは心理テストレベルの事項で、合否を決定づける変数にはなり得ないだろうと思うようにした。あれやこれやと考えたいにも材料がない以上、これ以降は本当に泥沼に嵌ってしまいそうだ。というか、他の受験者は何食わぬ顔で自身の血を一滴、また一滴と垂らし始めてるではないか、最早ホラーだよ。


 というか、どうやって血を垂らす? と最もな疑問を抱いた私はとりあえず筆記具入れを確認すると……なんともご立派な果物ナイフのような刃物が布に覆われた上で入れられているのだ。この筆記具を用意したのは親だが、何も抵抗がなかったのかしら? セキュリティー的に見てもこれは如何なものか……これもこの世界では常識的なことなの?


 おお、怖い怖い。


 やるしかなさそうだから、布から刃物をそっと取り出した。


 そして、利き腕ではない方の指にその刃を押し当て、


「っ……!」


 すっと刃を引いた。


 自傷癖? そんなのあるわけない。初めて自傷した今では好き好んで自傷する連中を理解できると思っていたが、普通に痛いので理解できそうにない。相容れられる可能性は薄そうだ。何が苦しくて痛みを以て快感を得たがる? 全くの理解の及ばない話だ。


 ポタリと落ちた血液は、ある程度不規則に紙面の繊維に浸透していった段階で止まった。


 これでよかったというのか?


 成し遂げた実感はまるでない。暫くは消えない傷口を舐め、止血する。


 さて、全回答が終了したわけだが、これは如何様なものか。


 特に頭を使うこともなく、意味不明なまま試験時間一杯までその謎を温め続けたが結局発展することはなかった。




「解答をやめてください、これから係りの者が……」


 終わってしまったよ。


 本当に大丈夫なのかしらね?


 こんな下らない問題を前にして足切りを喰らうなんていう無様な真似は晒したくない。少なくとも何食わぬ顔で目の前の問題を解き、傷口を作っていた有象無象には負けたくなかった。何となく、それにさえ敗北を喫することがあれば私の最後の良心は崩落する結末を迎えてしまう。


 全身を伸ばしつつ、用紙が回収されるまで静かに待つ。


 周囲は許可もないのに騒ぎ始めているのが鬱陶しいことこの上なく感じられた。教養ある人間として、許可前に下手な談話で目をつけられるなんてことは否が応でも避けたい。もちろん、必要な場では輪に溶け込むためになんとでと取り繕って談話に励むけれど。




 次いで場所移動が開始された。


 ぞろぞろと何とも不整頓な半端な列は先頭の教師の背中を懸命に追いかける。まぁ、世に出て間もない、右も左も分からない児童しかいないのだから無理もなかろう。彼らよりも二倍近くは生きたからこそ、合理的に生きる術を確立しているが、もしも精神的に同じ年代であったら私だってわからなかった。


 辿り着いたのは運動場を彷彿とさせる場所。


 無論サッカーゴールや鉄棒なんていう器械体操や現代的な競技を助ける遊具はないが、今いる場所のイメージとして最適なのはそこだろう。至って普通の土の地面は、少し、現代の記憶を呼び起こしてくれるようだった。特筆すべき程体育の成績が秀でていたということはなかったが、決して後れを取っていたなんてことはなかったはずだ。流石に各競技ごとに鑑みれば、時には部活で専門的に学んでいる相手に軍配が上がることもあったが、総じて見るとまあまあな位置にいたはずだ。


 体躯こそは、矮小で未成熟な少女ではあるが、義務教育間で培われた本能的な身の熟し方は体に焼き付いているはずだ。記憶喪失になった人間だって歩き方や自転車の乗り方を決して忘れないように。


 だからこれから行われるらしい実技試験も本来であれば取るに足らないと断じれるはずなのだ、スポーツ専門校の入試ではなくあくまで小学校入試の一環ようなものなのだから。


 そう、先の筆記試験さえなければそう確信できたのだ。


 先の実力が発揮できたのかどうかさえも不明瞭な試験が今後も際限なく続かれるとなるとそろそろもって合否が怪しくなってくる。運命は、目の前の教師が本格的に実技試験の説明を始めるまでだ。そんなものに運命を託したくはなかったが。


 せめて、実技試験くらいは元の世界の常識が反映されていてほしい、私は刹那にそう祈りをこめるように、両のまぶたを閉じた。




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