第5話「奏音、空き時間に闘志を燃やす?」
奏音さんはほんのちょっと元の世界について思いを馳せるようです。
さして言及するに値しない、何処でも聞けるような文句を並べる教員達の表情は決して一意的ではなかった。とはいえ、根底にある感情は値踏みや選別をかける汚い大人のそれで、どうせ子供にはわかるまいという舐め腐りきった態度か私には見え透いていた。
そんな、各個人の思惑が見え隠れする不愉快な儀式を終えると、本格的に学校説明が始まった。冷静に考えれば受験直前ではなく、別日にそういった会は用意されるものではないか、とも思ったところだが。
聞くところ、この学園での生活自体は本当にそこいらの学校と変わらないらしい。
だが、少し自由度が変わるといったところ。
つまり、私が育った義務教育に当たるのは、小学校卒業相当、つまり12歳までだそうだ。日本の縦に続く教育を模しているのはそこまでで、それ以降の年次は勿論成績による査定はあるが、任意の進学が可能となる。そしてその時点で、スクールライフというよりもキャンパスライフに近しくなるというこれまた稀有なシステムを採用している。
というのも、12歳までで実用、実学的な知識を習得した上で、それ以降の年次は自分の進みたい分野に応じて学習できるということだ。魔術を突き詰めたい人はこの世界の魔術に当たる言葉、術式を専門的に学ぶ授業を履修する。鉄工・鍛治といった方向に進みたい人はそれを、といった風にだ。
この説明でなんとなく予想がついたが、私のこの力も画一的なものというよりかはきちんと存在を理解している可能性が高そうだ。あとは私がどれほどの素質を秘めているかだが、それは追い追いでいいだろう。
試験形式は簡単な筆記試験に実技試験らしい。
筆記はまぁ、大丈夫でしょ。高校入試直前だったから少なくとも義務教育終了寸前までの知識はあるから……ね?
(そうよ私は年齢としては小学校に入る前、小学校入試を考えて……)
って、小中学入試って、私の知る方程式とか関数とかではなく、鶴亀算、いいえ、もっと頭の回転を要求されるものだったような……。いや、むしろ頭の体操が問題の大半を占めるような気がしてきた。前の人生では私はどうだったかをほんの少し考えてみる。
以前は頭が硬い、と言われがちだったような……?
いや、もしや指導要領が根幹から違って、初等教育の基準が私たちのそれとら酷くかけ離れているのでは? 私達からしたら義務教育の範囲外の内容でも、此方ではそれが普通の可能性も……。そうなったら終わりね、うん。
(クッキーもう少し消費しとこうかな……)
別にクッキーが知能を高めるかはわかんないんだけど!
だからこそ油断せずにいこう。体制や常識に物申す権利があるのは、今自分に課された責務を全うできる人間のみだ。何もせず、ただ文句を垂れている人間はダメだ。輪を乱すだけで、何も産まずに不快感を周囲に撒き散らすだけだ。私は為すべきことをしっかり為して、その上で私をこんなことに巻き込んだ元凶を叩き潰す。そのためには今はまだ落伍者になるわけにはいかない。
今私に与えられた責務は当然入学し、最低限攻め入る材料にならない程度の成績を収めることにある。聞くところによるとクラス分けは大きく二つで、AとBであるそうだ。まぁ、言葉読めないから便宜的にそう置き直したのだが。ともかく、Aは成績優秀者クラスといったところで、聞くところ卒業後にまだ学びの道を選ぶ人間は此処を目指すそうだ。
実に悩みどころだ。
Aのトップなんかになろうものなら大変だ。なれるかどうかは別として。
狙いどころはAとBのボーダーよりやや上だろうか。もしかすると手も足も出ずにBなんてこともあるかもしれないが、少しでも余裕があるならボーダーチャレンジも一興だろう。
Bならその時は謙虚に目の前のことを学ぼうと思う。
実技の内容は皆目見当がつかない。もしも実技の点数が不出来だった時に際して、筆記はやはり警戒を厳にしておかなければならないわね。
それにしても、実技、か。
体育の成績は人並みだった記憶がある。重い物を運ぶといった活動はあっても、本格的にスポーツに精を出したことはなかったな。言ってしまえばただの偏見なのだが、この世界の住人は総じてそれなりに運動ができそうな気がする。
(体力を術式で調節した方がいいかも……)
最近会得した技術で、本来魔力は全身から抜け落ちる感覚がする。たぶん、体力みたいに全身を駆け巡っているんだと思う。その上で必要な時に引き出して、術を成すと私は読んだ。
その理屈で、脚部に一時的に魔力を《《集中する》》ようにイメージすると、上手いように魔力がそこに充満し、筋力を増強してくれる。すると、体力のロスを比較的最小限に長時間の走行が可能になった。これがまた、結構自由度が高く、応用も効くものだから会得して一週間、結構な頻度で行使し、ある程度のコツはもう掴んでいた。
不正ではないかという懸念もあるが、現段階ではそういった補給を禁ずる文言はなかった。今後の説明でその些細が語られるかもしれないが、もしそうなら不利ではあるが私個人の体力で勝負しよう。秀でることはなくても、落第するほどに体力不足ではないはず、きっと、うん……。
(はぁ……)
受験戦争からひと時でも開放されたとその気になっていた私はお笑い種だったのかもしれない。
(人生のプラスマイナスは一方向に傾いて完結することはない、か。はぁ……)
私の渾身の気怠げな気迫も、眼を煌めかせる学生候補からしたらどこ吹く風。誰も気に留めている様子はないようだ。
数十人詰の教室に案内された。部屋の素材は木材ではない。どことなくコンクリート質ではあるが詳しくはわからないでいて、ただ白一色な部屋で不気味だった。数人掛けの机が地面に固定されており、そこから6歳前後の私の体には充分な程の座席があった。その構造はまるで大学の大ホールのようだ。
私は親から預かった筆記用具を取り出す。
形状に差異はあるが……ほぼほぼ用途は同じ風だ。
(数ヶ月後……私はこうしてたかもしれないのか)
受験期の自分をほんの少しだけ重ねてみると、なんとも複雑な胸中だ。
同じくその場にいる子によっては、なんとも挙動不審なタイプもいれば、しんとして悪く言えば根暗とも言える子もいる。まぁ、六歳前後なのだからそんなものかしらね。
この時点で要注意人物とか、逆に無害認定できる子がいれば話が早いのだけど、合否も不明な今は流石に無茶か。
始まるまでの短時間に少し考えていた。
元の世界について。
時間の流れの違いがわからないから、こっちの一か月は向こうの数分にも満たないかもしれない。もしや数百年単位が過ぎ去ってしまっているのかもしれない。
親なんて大層な存在はいなかったが、一応監督責任のある人物がいた。唐突に行方不目になると流石に心配はしているか。思春期真っ盛りで引き取られたのもあって、親でもない相手にそこまで心を開くこともできず、受験期にもなると最低限の生活のやり取りしか記憶になかったのだから。
しかし、不思議なことに元への世界の執着は薄かった。
希薄とはいえ友人関係もそれなりにあったけれど……全身を賭して再び相見えたいか、と問われればすっと答えることができなかった。向こうは心配をしてくれているのかもしれないけれど、それは一過性のものだろう。私の周りの人達が消えていっていた時も、最初こそは悲観に暮れていた友人達も少し経てば平静を取り戻していた。
そんなものなのだ。
私も多分、その現象に巻き込まれてあの世界から居場所が消えていく。それは抗おうと思わないと自然と進行する癌のようなものだ。世界の腫瘍、人の心の欠陥だ。だけど私はそれに抵抗しようとは一切思わない。終わりのない戦争に身を投じるつもりはない、そんなの英雄気取りの主人公がやればいい。
この世界に呼ばれた意味があるというのなら、その意味に従う。何もないのなら、その時はその時だ。
だが、私をここまで拉致した存在は許さない。
執着はなかったとはいえ、日常を荒らされたのは、当時進行していて完遂間近だった計画を破綻させられたのは事実だ。その報いは絶対に受けさせる。天命がそれを望まれるのなら、その天命を呪ってやる。力をつけて、異能力を我が物にして、叛逆する。
何もせずに果てるなんて御免だ。学習期間を終えて、晩年まで事実を忘れて漫然と生きるなんてことあってなるものか。私をここまで巻き込んだ奴らに一矢報いてやる。やられ放題は絶対に許してはいけない。
そう決意した。
そうすると、不思議と強かな笑みが溢れてきた。
何故だろうかわからないが異様な高揚感に包まれた。最高の快楽に思えた。下手な自慰なんぞよりずっといい!
が、叛逆を実行するためには、やはり世界をより正確に理解しなければいけない。
この国の支配者は誰か、戦争状態なのか、どういう種族があるのか……全て。そのためには地位を得ることが最短ルートだろう。別に支配者になるつもりなんてない。好き勝手身動き取れる程度の、文化的最低限の生活を保障できる力をまず獲得してみせる。
嗚呼、こうやって計画を練って、あれやこれやと考えるのは、やはり最高ね。
私がやり直すにはこの場所以上に適した環境はないだろう。
この連続して我が身に訪れた幸運をきちんと手にしておこう。いつ不幸が襲いかかるかわかったものではないのだから。
「これより試験を始める。回答を始めなさい」
おっと、長考が過ぎたようだ。
始めよう、私の目標のために、しっかりとここは通過しないとね。
目標を追加した!
・世界を知り、私を巻き込んだ存在を探し、一矢報いる。
・そのために、なんとしても入学する!




