第4話「魔法学校へ入学せよ!」
奏音ちゃんのちょっと欠点というか、これからの成長が期待される性格が見え隠れします。
やっぱり背伸びをしたい年頃なんでしょうかね。
一時間とちょっとの間、馬車に揺られ続けた果てに辿り着いたのはなんとも荘厳な校舎だった。西洋の精緻な建築を彷彿とさせられる技術の髄が散りばめられている白一色の構造には秀美ささえも伺え、等間隔に、そして正三角形が重なっている。器用に整えられて整列された鮮やかな色彩のステンドガラスは、その光輝具合から遠巻きに見ても、絢爛さを十分に確かめることができる。
よく整えられた芝生とその左右を隔てる舗装路に馬蹄が接する度にカタン、カタンと心地よい音が耳朶を震わすあたり、不必要な凹凸は徹底的に排除されているということがわかった。そのS字に続く馬車は、それはそれは豪勢な正門の前でピタリと止まった。驚くべき調教ぶりだと、現代社会では味わいようのなかった新感覚を深々と噛みしめた。
だが、それにしても、だ。
(なんていう顕示欲の塊かしら)
青銅色の門戸は、それなりの階級以下の人間を無条件に門前払えるような威圧感があった。少女の十センチにも満たない、掌程度しか通過を許さないくらいの感覚で並べられる鉄棒の金属にくすみはなく、よく研磨されているようだ。
また、左右の門柱には、これまた権力を誇示するような二対の生物を象った像が、威風堂々と天を仰いでいた。
(これは……ユニコーンというやつか?)
青銅の色をするものだから判別しづらいが、四足歩行で限りなく馬に近しい造形からして、その類だろう。馬には本来はない翼もそこには備わっているし。
埃一つないとはなんという徹底ぶりか、と思ったが直前の風景を思い出して、彼女はすとんと納得した。
先の芝生とて、適当な感覚で学徒とは思えない服装をした人物……といっても、肌色が私たちとは異なったり、顔のどこかしこが普通の人間とは異なっていたりとするケースがほとんどだが、そんな存在が絶え間なく芝生を整えていた。それを見るに、奴隷階級か、他国の労働者か――いずれも人件費に困ることはなさそうだ。
「気持ち悪」
随所に伺える余裕綽々、あわよくば力を誇示しようという画策さえも見え隠れするその、私が属していた現代社会で罷り通っていた物の道理が全くの異世界に転移してもなお私の目の前を不快に通過するのが、なんとも耐えられなかった。
私はこれが嫌いだった。
私が転移する直前まで経験していた中高と数えると二度目に当たる受験なるものでその苦痛を嫌という程味わった。優秀な私立に合格した人間が勝者、漫然と、平然とした煩悩で公立校を選択した人間が敗北者だと断じた考え方、そしてそれに恭順となった果てに産まれたブランド化した学園と、そこに属することだけが是として譲らないクソみたいな生徒たち!
全てが嫌いだ、柵に縛られ、それをさも微温湯のように自分たちを導く大切なものだと過信し、そのレール上に在ることこそが人として生きる道だと肯定し、他を否定するやり方が!
「……体調? ……緊張?」
おっと、独り言を聞かれてしまったようだ。
「ううん、大丈夫だよ」
と、誤魔化す。
(この光景に虫唾が走るなんて口が裂けても言えないわよ)
当然だ。私は世間一般に少しズレているかもしれないが、処世術を存じていないわけではない。
それはそれとして、クッキー一枚の翻訳持続時間は約二時間と判明した。案外燃費がいいものだった。
馬車を降り、ゆっくりと進むと同年代と思える人混みが見られた時点で胃の中で渦巻く嫌悪がより一層強まったが、グッと堪える。こんな程度で嘔吐していては今後支障を来す。
そして、父母の付き添いはこれにて終了の雰囲気だ。
暫く会えなくなるのだろうか。馬車上で感じた距離的に日帰りでどうこうするには骨が折れそうだ。となると全寮制かぁ、個室がいいなぁ。
まぁ、それは追々考えればいいことである。私は自分を理解している、相部屋の学生の性質を即座に見抜いて、順応し、浅く広い関係を築いて見せるとも。
そうこう考えていると、早くも保護者が引率できる限界の場所まで来たようだ。
さて、父母との別れとなるわけだけど。
あまり感傷的な表情を見せるのは慣れていない。けれど、感謝の言葉を並べるべきなのだろう。実質過ごした期間は1ヶ月弱ではあるけれど、私の器が私が宿る前よりも存在していたならば家族としての繋がりは変わらず連続していたはずだ。だからこそ……私がそれを悪戯に壊すべきではない。仮に私が消え、本来の精神が戻るときに蟠りを作りたくはない。
何故に私がそんな柄でもない考えに至ったか、理由はわからない。が、なんとなく、目の前の父母が私に優しく接してくれたことにあるだろう。言葉を知らないとは言え、無言に徹していたはずなのに決して怒らずにいた——それが直接的に私の心情に与したのかもしれない。
いいや、多分これは気まぐれだ。そういうことなのだろう。
「ありがとう、また会おうね」
言葉を飾ることはしなかった。
色々と理由があるが、的確に伝わるか、不安だったからが一番大きい。
だが、父母の表情からわかった。彼らは少し綻び、瞳を濡らした。
私は元の器の少女を知らない。だからこそ、これ以上の所作は憚られた。
少しの間、ただ静かに私は二人を見つめつづけ、そして、前を向くことに決めた。
通貨として消費するわけでもなく、ただ一枚、袋からクッキーを取り出して、口に頬張った。綺麗にムラなく焼かれたそれを口に運ぶと、少しの甘美と……何故だろう、普段にない塩辛さがあった。が、案外悪くなかった。
群体の中の個として、突出せずに振る舞うには幾つかの規則がある。
簡単だ。
声を上げず、多動にならず、流れに従順であれ。
流れに棹さす人間は時として重宝されるかもしれない。だが、私が暮らした日本国に制限して論ずると、ほぼ確実といってもいいほどに出る杭は打たれる。人並みであれ、出過ぎだ真似をするな——そんな反吐の出る不文律が私達の世界では跋扈していた。かくいう私とて、突出した結果、世界そのものからしっぺ返し……反動を受けた。
忌々しい、多分に漏れずこの世界でも少なからずその性質が存在しているようだ。実際に私は元の世界における処世術を実践しようものなら、本当に霧のように存在を消すことができてしまったではないか。
当然ながら、私に宿った謎の力に関しては押し黙っている。こんなのが露見したら最後、安寧は失われる。平均化を強制されてしまう!
とはいえ、会話が通じなくては話にならない。
ということで念には念を入れ、クッキー三枚を消費して、翻訳の力を得た。張り切りすぎたのか、厭に地獄耳になってしまった気がするが、なに、一時的なものだ。捨て置いて問題ないだろう。むしろ、周りの流れに乗りやすくなるという点では結果的に良手だったのかもしれない、本当に結果的にだけど。
さて、ここからの一時的な目標は勿論試験の合格だ。
だが、単に合格できても意味がない。私のような力がこの世界の普遍か否かを見定めるまでは、出し惜しみするべきだろう。もしも異常発生的な力なら、当然限界まで隠し通す。もしも普遍的な力であったとしても、初めて使った時みたいに制御を無視するのはいい判断ではないだろう。
最上位になってしまうと、当然周囲からの期待や嫉妬が集い、どこで何をするにしても周りの目を気にしなければいけなくなる。だから、この世界の常識を熟知するまでは当たり障りのない凡人を演じておくべきだろう。頭角を現すのはその後でも遅くない。
そうこうしていると、教師陣が前方に整列し始める。
第一印象のみで性質を断じるのは差し控えるべきだが……皆驕っている風に見えるのは私だけかしら? 高価な、上半身と下半身が接続された黒一色の修道服のようなローブを纏うものもいれば、向こうの世界でいうスーツに似た上質な素材の一張羅を纏う男女も、果てには甲冑、でいいのだろうか……如何にも騎士然とした佇まいの者までいるではないか。
そっと、それらの集団に悟られぬように背後を窺うと、未就学前の私達でも、教師陣でもないなんとも派手な集団が辺りを取り囲んでいるではないか。あれは……親か。探せば私の父母もいるかもしれないが、これ以上の余所見は控えるべきだろう。
(運営が運営なら、利用者も利用者、か……)
ここには高慢に支配されていない純真な人間はいないのか!?
強いていうのならば……同年代の子ならば中にはまだその毒牙にかかっていない人間もいるかもしれない。特別探そうとも思わないが。
唇をきゅっと結ぶことで溜息がこぼれるのを誤魔化した。




