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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「最後の因子 中編」

 結果だけを述べよう。

 私の母は首に縄をかけて、自死と思しき行為を強行していた。


「奏音、何が――!」


 愛華も正直なところ動揺を隠せないようだ。

 私の母と愛華は対面したことがない。が、実として目の前の相手が私の母だった物と認識するのはそう難しくない。


 天井の電灯を入れる接合部に縄をかけ、結んだ穴に首を通すことで完成する実にシンプルな首吊りというのが母の死因だった。部屋のカーテンは閉め切っており、天井と一体化している電灯は取り外されているものだから部屋内は暗くなっていた。そのじめじめとした環境が蛆虫の発生を活性化させたか――通常よりも素早く腐敗を進めた要因となったのだろう。

 加えて、呼吸困難となり窒息する程の圧が首に急激にかかったのだろう。直前にまで腸内にあった糞尿が部屋中に巻き散らかされている。糞尿の乾き具合を視るに、昨日の今日で自殺したとは到底思えなかった。恐らくその命が尽きるまで悶えたのだろうか、口があんぐりと開いており、そこから唾液とも血液とも、現在ではもうわからない何らかの体液が漏れ出している。ぶらんと垂れた手首には複数の切傷が深く刻まれており、脈を測る測らない以前に彼女が絶命しているのが瞭然だった。


「何が起こった――何が起こったんだ!」


 私は勢い余って、部屋を出てそのまま背を廊下の壁にぶつける。


「母さんが……どうして、自殺なんて」

「奏音、出よう――ここにいたら奏音まで……」


 正直なところ、私は愛華の声を聞き届ける以上に何故このような悲劇に至ったか--目星さえもつかなかった。母の身に何が起こったか、それを見い出すために必死に考えて、悩んだ。

 思考を止めないように、また辛い現実から目を逸らさないように。

 

 --私ははたと、母さんの忘れていた日課を思い出した。


「日記だ」

「奏音……?」

「母さんはどんなに忙しくて、体調が悪い日だって日記に一日の出来事をおさめていた、だから――」


 私は憑りつかれたように隣室へ駆ける。


 そこは両親の就寝部屋だ。ここ最近は布団派で、部屋に並べるように布団が敷かれたままだった。あとは共用のワーキングデスクに数列かに続く本棚程度。あくまで寝室というスタンスを崩さないようにしていたのがわかる。


「本棚に……あった!」


 一番新しい日記帳だ。

 私の濡れ衣が生じたとき以降も変わらず記述しているかという一抹の不安が強くあった。が、終わらない喧騒を続ける毎日であってもその日課だけは中断していなかったようだ。





 『五月十五日』――これは私に問題が起こるもっと前の話だ。

 関連性のありそうな記述を、抜粋することにした。


『奏音が今回も試験で上位集団に入っていたの。

 本当にすごい子よ。塾内の模試でも好成績で、今まで一度も進学コースから外れたことがないだけで吃驚させられていたというのに。

 お父さんにもお母さんにもない才能を持ったと多くの人が言ってくれる。

 それだけで鼻が高いし、私も育ててよかったと確信できるわ』


 そこから更に記入日を飛ばす。


 それは『十一月二十三日』――全てが始まって、全てが終わった日だ。

『学校から連絡があった。野蛮な学生も多いから奏音の身に何かあったのだと私は思っていたというのに違った。 正直なところ、混乱しているわ。奏音がどうして薬物の斡旋だなんて……理解できない。


 私は何を言っているの?


 悪夢でも見ているよう。


 他の馬鹿たちとは違って奏音は優秀な子だった筈。それなのに、どうして?』



『十二月一日』

『奏音も消えた。お父さんとも口論ばかりで、帰ってくる機会が少なくなった』



『十二月三日』


『お父さんに殴られて、痛かった。

 今まで何度か口論をすることがあっても、手をあげることはなかったというように。

 人が変わったようだった。

 表情が私の知る、いつも弱々しいそれではなかった。


 何故だろう、今まではどれだけ辛くても、腹が立っても日記にだけはすらすらと書くことができたというのに、どうして?』



『十二月四日』

『どうしてどうしてどうしてどうし』



『十二月十日』

『手首の疼きは止まりません。

 このままではどうにかなってしまいそうです。どうしてでしょう、お父さんが私を殴るから? なら、止めないといけません。そのために




「奏音!」

「っ!」


 食い入るように読み込みすぎていたか、愛華の声かけでようやく意識を取り戻した。


「汗が、すごい」

 

 彼女はハンカチを取り出して自発的に私の皮膚に付着した汗を拭き取り始める。


「読まない方がいい、真相は確かに気になるけれど、奏音はまだ病み上がり」

「病み上がりは、ないよ。もう元気だから」

「それは体。心はすぐには回復しない。前よりも奏音はずっと強くなれたけれど、無理をすれば祟ってしまう」


 反論ができなかった。


「せめて、せめて遠く、喧騒のない場所に埋葬してあげたいな」

「どこ?」

「例えば……花畑とかかな、母さん、色とりどりのお花が好きだったし。海でもいい、綺麗な場所なら母さんも静かに眠れると思うから」

「海……私も行きたい」

「そだね--二人でなら、きっと……」


 その時、玄関の扉の鍵が弄られる音がした。


「奏音!」


 今、蛻の殻となったこの辛うじて家屋の体裁を保っている空間に、態々戻ってくる人なんて限られている。警察への通報も為していない今、そこに来る人はただ一人だけ、


「……父さんが、帰ってきた」


 あの手記を読んだ今、素直に親族に帰宅を喜ぶことを奏音はできなかった。

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