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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「最後の因子 前編」

奏音達の最後の戦いが、始まります。

 放課後は生憎の降雨だった。

 久方ぶりの豪雨は、土壌に蓄積された呪詛などといった負を帯びたものを全て洗い流すように酷く強く、そして永く続いた。

 そんな雨の中、一つの傘に二人、かつての家へと向かった。


 最初はオートロックに締め出されると思ったが、何とかロビーへ入ることができた。


 少し前までの居場所に目立った変化はない。

 木目細かい仕事の結果、廊下全体が仄かに温かみを感じる柑子色の光に包まれている。これらは天井に内包される形で等しい間隔に配置された特殊な電灯が織りなす光によって完成する光景だった。地面は廊下であるというのにブラックのモザイク模様が刻まれた絨毯が隙間なく敷かれている。今日みたいな午後から突然降りだした豪雨が余計に絨毯を汚すわけだが、気が付けば清潔な状態に戻っているのだから不思議でならない。

 正方形の内部を更に正方形でくり抜いた形状をしている当マンションの南西のある部屋が私の自宅だった場所だ。


「鍵……あった」


 私が家から姿を消してからずっと鞄の奥に眠っていた自宅の合鍵だ。

 長期間自宅から離れた場所で姿を隠していたから、鍵を変えられているなんてこと……ないよね?

 愛華は先に廊下を進んでいるが、ある点をじっと凝視していた。


「奏音」

「どうした?」

「これ」


 愛華が指さしたのは郵便受けだった。

 そこには何枚もの新聞紙や広告チラシが放置されており、それだけには留まらず容量を超えた分が地面に散乱している。


「酷いわね」


 私がポストに詰め込まれている冊子を抜くとそれはそれは多量の紙類で手元が溢れそうになったではないか。その中でも最も古い新聞紙を取り上げると、そこに記されたのは二週間も前の日付が記されていた。


(夫婦内の不満が爆発したにしては生活環境が激変しすぎだ)


 仮に両親の何れかがこらえ切れずに家を出たとしても……一片が残っていればこうもあり果てた惨状にはならない筈だ。


「妙よ、愛華」

「うん」

「気を抜かないで」


 すると、人の気配がした。

 が、その気配に攻撃性はないため相手を軽快させないように振り返る。

 其処にいたのは、恐らくだけど少し進んだ先にある住宅の老夫婦だったか、その老人男性が私と愛華のいる場所にやってきたではないか。比較的気性は穏やかで、話が通じる人間であったと記憶している。


「お嬢ちゃんは篠崎さんの家の人だったかの」

「はい、そうです」

「そりゃよかった……どうもな、様子がおかしいんじゃよ」


 おかしい、か。


「もう少し詳しく教えていただけますか」

「ああ、なんというかの、数週間前までは物凄く騒音がしていたんじゃ」

「騒音……?」


 喧騒と踏んだ方がしっくりとくるわね。

 私が姿を消して結構経過していたけど、ほんと何日も飽きずに同じ議題で大喧嘩を展開していたというのか。逆に仲良くないか、それは。

 兎も角、随分と近所迷惑だったようだ。目の前の老人では強く文句を言っていけないのだろう。何というか言葉選びに四苦八苦している様子が見て取れる。


「ああ、勘違いせんでほしいんじゃがの、お嬢ちゃんに苦情を言いに来たわけではないんだよ?」


 もしや、いつの間にか委縮させてしまっていたのかもしれない。

 別に彼らに対し怒るなんてことはない。確実に私達一家が悪いんだし。


「いえ、そのようなことは」

「それにの、最近はてんで静かなんじゃ。だけど、最近は妙に臭うんじゃ」

「臭う?」


 異臭でもしているというのか――本当にどうなっている?


「どうも他の住人の方々は不審がっていての、もしよければお嬢ちゃんから伝えてやってくれんかの」

「はぁ……そうですか。すみません、お手数をおかけして」

「いえいえ、気にせんでおくれ」


 それを告げ終えると、老人はゆっくりとした足取りで自宅へ戻っていく。

 私と愛華は彼が自室の扉を潜るまでじっと待ったうえで、私から愛華に問う。


「おかしいよね」

「うん、少し変」

「私が住んでいたことはこんなに杜撰な生活環境ではなかった」


 専業主婦の母は、喜んで掃除をするタイプの人間だった。最もそれは抑圧された生活に対する鬱憤晴らしだということを知ることとなるのだが。


「二人共いない? いや、そんなこと――」


 在り得ないと言い切れなかった。

 そもそも私に適切な教育を施すために常に母は娘を支える役目を父によって強制的に与えられていた。それこそが彼女が専業主婦を十年以上も続ける意味であったのだが、そもそもの教育対象が姿を消してはその性差別甚だしい制約も自然消滅しているのかもしれない。

 ならば、この家に固執して留まり続ける意味は皆無に等しい。


「でも、異臭は……変」

「そうね……何かが腐敗している?」


 それにしてもだ。家庭内で出る程度の生ごみが腐敗したとて、マンション内で取り沙汰される程の異臭になり得るか? 

 駄目ね、そういう方面には疎いからどうとも言えない。


「それに霧谷が出入りしていたというのも気になる――愛華」

「入ろう」


 私は鍵穴にそっと合鍵を挿入し、ゆっくりと回す。

 すると鍵穴は変更しておらず、私の手持ちの鍵で中に入ることができた。


「っ――」


 扉を開け、室内の空気が勢いよく室外へ流動した瞬間、強烈な悪臭が鼻孔を突いた。


「これはっ……どういうこと? 愛華――」


 彼女にハンカチを差し出し、その上で鼻を抑えなければ直立さえもできない程だった。時間差で夥しい数の蛆虫が居場所を彷徨い室外へと放出される。

 私と愛華はそれぞれで懸命に腕を振り、今にも襲い掛からんと迫る蛆虫を対処する。

 ある程度の時間が経過すると充満した不快な空気と蛆虫が姿を消すが、若干の悪臭は残留しており、少なくとも長居したい空間ではなかった。


「何が一体、どうなっているの?」


 部屋の構造としてはシンプルなマンションの一室だ。

 玄関をそのまま上がると二つの扉が右側に隣接しており、そこから真っすぐに直進すればダイニングキッチンがある。本来は掃除に精を出していた母の奮闘もあって常に清潔状態が保たれているというのに――。


「……何よこのざま」


 床という床に充足されたごみ袋が放置されている。

 分別も雑で、即席麺の残り湯が床を濡らしている始末だ。液晶テレビは電源が入れられたままで、丁度夕刻の報道番組が通常通り流れ続けていた。


「奏音、扉が閉まっている部屋は?」

「玄関すぐが二人の部屋。そして奥が私の部屋よ」

「虫が一番多く集まっているのは……奏音の部屋」


 何ですって?


「……行きましょう」


 一定数の蛆虫は外に放たれたが、そもそもの発生源は絶てていないようで、尚も発生し続けているようだ。その発生源が――私の以前の部屋だった。


「ここ?」

「そうよ」


 埃がかぶっているけれど、それを擦れば確かに私の部屋を示すネームプレートがかけられていることがわかる。


「愛華下がって」


 勝手知っている私が先導した方がいい。

 何が飛び出すかわからない――それこそ蛇が飛び出すかも。


「開けるわ」


 部屋内に押し込むタイプの扉を、ゆっくりと押す。すると金属が擦る音と共に扉が開かれる。


 其処に何が在ったか、簡潔に述べれば私の母が縊死した姿そのものが部屋の中央部で強く主張していたのだった。

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