「烈火の華が咲く夜に」
汚物は消毒です。
愛の前には悪は滅びます。
「ごめんね、お待たせして」
事後処理は一旦停止して、私の無事を願う相手に会いにいくことにした。
「怪我は?」
きっと今の私は酷く臭っただろう。
単純な血肉の鉄臭さ以上に狂気に飲まれたドス黒い異臭をきっと愛華なら勘付ける。
だから私は少し、戻る足取りが重くなっていた。
言葉では協力を願っても、豹変した私を見れば変わるかもしれない。何しろ私は復讐以前に奥底で報復行動に快楽的な狂喜を抱いてしまっていたのだから。とうに人の道を踏み外している私を忌避するのは、そう無理もない話だ。
「ないよ」
「おかえり」
だけどどうしてだろうか?
愛華は変わることなく私を抱擁した。
「臭うでしょう?」
「奏音の匂いしかしない」
「……私ね」
正直に吐露しよう。
「人を殺しているというのに、心が踊ってしまっていたの。自分を苦しめた相手が苦しむのをみて、心が晴れた--今の私って、醜いかな?」
「醜くない。私も同じことをしていた」
愛華はより一層抱きしめる力を強くすると、少しずつだけど冷静になっていくように感じられた。
熱が昇っていた頭が少し冷えて、出立前の意識に如何にか戻せるようになってきた。
そうだ、そもそも……悩む必要はないのだ。
生き方を切り替えるいい機会なのかもしれない。無用に人を信じ続けた故にこのような顛末を迎えたというのだから――。
必要に応じて非情になれたことが、むしろ良い成長だったのかもしれない。
「…………」
愛華がじっと私の脚部を見つめる。するとそこが僅かに赤みがかかっていた。
「あ、もしかして……少しねん挫しただけかな?」
そう自覚するとようやく痛みが襲ってきた……気がする。
「血は?」
「殆ど返り血だから平気」
私はこうやって生きていくべきなんだろう。
愛華と生きるため、愛華を愛するために――野望を妨害する人を全て排除する。
そうしていけばいいんだ。
「あっ」
愛華は自身のハンカチを取り出したかと思えば、私に付託した血を拭き取り始めた。
「この汚れは簡単に取れないから、いいよ?」
「でも……」
「あとで一緒にお風呂入ろう――それよりも、今は早く……」
処理をしなければ。
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死体の数は延べにして十体以上。流石に地中に埋めるにも限度があるだろう。
(どう証拠を隠滅したものか……とりあえず、血抜きをして、防腐処理か?)
場所が場所だから、人も殆ど寄り付かないから誤魔化すことはできそうだけど。
「それじゃ、だめ」
「愛華?」
「……私がやる」
私は何となく、愛華の意思が分かった気がしたから彼女の手を一度引いた。
「いいの? 前にも話したけれど、別にそこまで……」
「構わない。手伝うって決めたから」
「……そっか、ありがとう。じゃあ……やろっか」
愛華の提案は、そもそもの証拠を隠すのではなく、跡形もなく焼却することだった。
一見、手間を省くための証拠隠滅にも思えるが、この愛華の発案は実に合理的な意味があった。というのも――彼らは常習して喫煙を始めとした、危険な遊戯をする癖があった。実際問題、少し調べれば彼らの学生生活を始めとした素行の悪さが浮き彫りになった。
そのため、例え彼の屋敷が全焼しようと……そう簡単に放火とは思われないだろう。
先ず、燃やす前に死体を一か所に集める。
体格様々な男達を運ぶのは、一人では骨が折れる。加えて、息絶えているとはいえ刺激を与えるとすぐに傷口から血が溢れて、私達の衣服を汚してしまう。流石に制服を汚すわけにもいかず、私達は用意した白色のシャツを着こみ、作業をした。
一人ではなく、二人の作業はとても円滑に進んだ。
本来であれば苦行でしかない清掃作業だが、愛華とならその苦しみも紛れる。会話を弾ませながら、私達は入念に時間をかけた。燃え残りが証拠になりかねないから――そうならないように。
「煙草」
愛華が処理している遺体のポケットの中から煙草やそれを点火するためのマッチ等が複数発見された。
「うん、やっぱり予想通りだね」
彼らがある意味で悪い意味で真面目で助かった。
これを地面に敢えて置き、彼らが直前まで煙草を吹かしていたと捜査で誤認されるように誘導する。そのうえで、私は互いで用意したポリタンクに充足した灯油を地面に浸しはじめる。
「よし、あとはマッチで火を--」
「待って」
愛華は私が着火しようとするのを止める。
「あ、愛華が火を付ける?」
「うん」
「じゃあ、これ」
私が差し出したマッチを彼女は受け取らなかった。もしかして自分の道具を使うのだろうか?
しかし、私の予想とは彼女は全く違う行動を取り出した。
彼女が石油の端にそっと触れると、彼女の掌周りに幾百もの燐光が、ぱあっと瞬き始める。その様子はさながら蛍を観察しているようでいて、すごく神秘的で幻想的な光景だった。私はといえば、愛華が突然披露したある種の奇跡に見とれるばかりだった。
「これ……すごい、手品か何か?」
「ううん、これも実はズルなの」
「えっと、ズル?」
「これを使えば対象を確実に燃やしきることができるの。燃え残りは絶対に残らない」
「そしたら死体が見つかることは……」
「ない。屋敷も燃やしきって跡も残さないから--行方不明事件で処理されるはず」
私へのお守りといい、彼女には未だ不思議が満ちている。
素直に賞賛する気持ちと、未だ彼女の全てを知り得ていないことへの悶々とした気持ちがごちゃ混ぜになり始めてしまう。
燃え盛る火、誰も妨げることなく進む焼却の中、私は幾つもの夜を重ねて行ってきた情交の際に問い続けた不安を--今回も漏らしてしまう。
「ねぇ、愛華」
「?」
「私達、幸せになれるよね?」
「うん」
彼女は私に頷きかける。
「愛華」
「なに?」
「事が済んだらさ、また学校に通おうと思うの」
すると愛華は否定するでも、肯定するでもなく言葉を聞き届けた。
「今の学校は、きっと地獄。だけど、一緒に勉強してさ――知っている人が誰もいない高校に、愛華と一緒に通いたい」
「私も、賛成。奏音と、暮らしていたいし、また一緒にお昼のご飯を食べたい」
「もう、それは毎日しているじゃない?」
「でもお弁当は学校でないと食べられない」
「あっと……」
これは……一本取られたのかな?
「……どこか、いい場所ないかな」
「場所?」
「うん、どうだろう――この街を抜け出して、ずっと遠くの田舎に行けば、みんな私を忘れてくれるかな」
世界から存在が消えることができるのだろうか?
「……そのころには、天音も目を覚ますかな」
願わくは天音とも共にこの場を後にしたい。
斯様な希望は夢物語なのかもしれない。だけども、天音をこの地に残すわけにはいかない。
「愛華は、天音のことどう思っている?」
もしかしたら……天音のことをよく思っていないのかもしれない。
だとすると、少し悲しい。
「嫌いじゃない。優しい」
「だよね」
「……でもちょっと奏音が天音の話をすると、心が、痛いかな」
可愛すぎではー?
まさか嫉妬されるとは……。
「……たまには天音との思い出話をするのもいいかな」
「いぢわる」
だけど安心した。
天音が時に辛辣な物言いこそはすれど、それは心より心配しているからこそに他ならない。
私に対しても実に遠慮なく物申していたものだ。そして、交流の期間は短いとはいえ愛華に対しても結構な言いぶりだった。が、それは偏に愛華を僅かな期間で信頼に足る相手だと認めたからに他ならない。だって天音は好きなものは好き、嫌いなものは嫌いという言葉を躊躇いなく言える強い人だったんだから。
互いの関係性を理解できたことで、少し、込み上げてくるものがあった。そしてうれしくなる。
「天音が目を覚ましたら……街を出よう」
炎から生じる一条の煙を、二人は手を結びながらじっと眺めていた。
そのか弱い繋がりこそが、私達の、反逆の狼煙である。現実を変えるため、幸せになるための――宣戦布告となった。
深々と降り注ぐ火花の雨が、一帯を染め始め、その熱気を受けて漸く私たちの叛逆は始まったんだって思えるようになった。
一度は繋がって、引き剥がされて――もう一度結ばれた絆はもう壊させない。
その誓いが、誰にも冒せない二人だけの絶対領域の世界のものとなった夜であった。
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