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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「明かされたあまりにも残酷でシンプルな真実」

彼女はこれをきっかけに覚悟を決めるのでした。

 着の身着の儘で奏音は覚束ない足取りで物憂げな市街地を歩んでいた。返り血で着飾った衣服である彼女に多くの往来人が目を疑った。が、奇妙さ以上に不気味さが勝っていて、誰もが声をかけなかった。普遍的な生物としての危機察知の本能が働いたからだ。

 少女趣味といった下賤な趣味を持つ輩とて、衣服や顔面に血液を付着させても無表情でいられる存在に不埒な目を向けようとはしなかった。


 奏音とて、証拠隠滅は徹底しようとも多少の見てくれなど気にも留めていなかった。

 彼女は職員室の場所へ急ぐ。用務員の巡回も警戒したが、今は宿直室の電気が点灯されているだけだ。

 今日だけに限っては奏音の方に運が傾いていたのだった。


 それ幸いと彼女は迂回せずに職員室に到着できた。


(霧谷先生の机の場所は……)


 机は、学年毎に分類されている。

 基本的に学年は持ち上がる形式であるため、だいたいの位置は類推できる。


「あった」


 彼の机だ。

 教師の机というのは何とも人間性があらわれるようで。件の体育教師の机は酷く散らかっている。あの威圧的な見てくれで綺麗好きで、趣味が整理整頓なのも変な話か。

 それに対し、霧谷の机は小ぢんまりとしていた。

 必要な書類を収納したファイルや教材類は綺麗に棚に分類されている。


(むしろ助かった――探しやすい)


 潜伏時間は短ければ短い方がいい――当然、捜索後は現状維持が常識だからこそ、整頓されている方がいいに決まっている。


(ファイル――)


 存在しないことの証明は本来であれば高難度である。

 だけど、今回に関しては悪魔の証明となりえない。簡単だ、彼の所有物全てを捜索すればいい。そこから発見されなければ、限りなく白となると彼女は踏んでいたし、世話になった相手だからと最後まで斎藤の虚言である可能性を支持していた。


(持ち歩いている可能性もあるけれど……斎藤の言うに、生徒の情報……となると、下手に持ち帰るよりも同じ場所に隠す方が不自然ない筈だ)


 そもそもが斎藤の情報が頼りなのだ。もとより穴だらけで、この推測も簡単に反論できてしまうほどの強度なのだ。目ぼしい証拠はなくて上等、むしろない方が自然にまで思えていた。あくまで奏音にとっては、愛華の世界を破壊する存在を討滅できればそれで良かったのだ。それに実際、霧谷が今日に至るまで一度も彼女の世界を阻害することはなかった。だから疑え、という話が土台無茶なのだった。

 それほどに、奏音の最後の良心は霧谷の潔白を確信しているから。


「これは……成績表」


 自身と愛華の欄に延々とバツが刻まれているのを見たときは目を逸らしてしまった。

 だけどこれは彼女が求めている資料ではない。次だ。


「これは……だ、駄目よ!」


 次に開いたのは、なんと次回の試験の問題と解答だった。

 違う、これではない。


 



 結果から言うと、数冊のクリアファイルの中には目ぼしい資料がなかった。


(あとは……教材類だけど……)


 普通はこんなところにかくせないはずだ。

 建前として、だけど不備があっては潔白の証明にはなり得ない。最後に確認しておこう。

 複数の教材があり、形式も様々。大判の教科書の列に小型なものと、順序も実に分かりやすい。


(これは……副読本も一緒になっているパターンか)


 販売時は、副読本も書籍の一部としてくっついているタイプの珍しい本だ。大抵の購入者は分離させて使用するが、霧谷も多分に漏れずそのようであった。


(うん、何もない)


 早急に切り替えて、元あった場所に書籍を戻そうとした。

 そのとき、副読本が地面に落下してしまった。


(いけない……)


 --安心して気を抜いてしまったか? 


 早く直さないと、その時、奏音はその副読本に触れて違和感を抱いた。何故か、百ページ弱の副読本の一部の紙の質が本とは異にしていた。ごく一般的な書物のそれとは違い、本来は副読本に当たるそれは羊皮紙による高級な代物だった。


「嘘……」


 心臓の拍動が一瞬間で倍増する。

 それは動悸となって、私の全身から汗を拭きださす――そして次ぐ極度の悪寒に、奏音は思わず後方に転倒しかける。

 その目の前の出来事に眩暈を起こす寸前で奏音は意識を取り戻す。


「なんでこの本だけ……手書きなの?」


 記入式の参考書ではない。これはごく一般的な、問題集だ。そしてこの副読本は問題の解説が羅列されているだけで、購入者がびっしりと字で埋めるようなものではない。そうだというのに、私が現在手に取っている副読本もとい無地のノートにはびっしりと黒字が列挙していた。


「嘘、嘘だ、そんなこと……」


 そこには五十音順に生徒の名前が記され、そこから数十行にも続く手書きの文章が継続していた。始まりは各生徒の健康診断の数値……そこからは日々の素行だ。霧谷らしい、実に丁寧な観察が伺える。そして最後に……意味深長な熟語――“適正”なるものがあった。


「なんで、なんでなんで!」


 そこには、奏音と愛華の名前もあった。


「篠崎奏音……きわめて適正もあり、既に複数回の投与を経ても自壊する様子も、特異的な性質が表れることもない……」


 何故、蒼薬ブルー・プリズムを斎藤浩二の手によって投与されている事実が列挙されている?


「これらの観察結果から……篠崎奏音は高確率で術師の素質があって……箱庭の適性者で――」


 勢いよく本を閉じてしまった。

 奏音は怖くなった。

 手書きの書物を返すことさえも忘れ、彼女はそれを持ち出したまま――駆け出していた。




 

 気づけば、半死半生の思いで学院最寄りの公園までその身を移していた。


 全身から燎原の火の如く生じる心臓の拍動は、如何に自身が混乱しているかを如実に表していた。発汗し、息を切らせて――柱などに手をかけないと十分に立っていられないくらいだった。


「そんな……」


 弾指の間、文字を追っただけだというのに、文字の羅列が真の意味で正しいという保証はないのに奏音の精神は激しく怯懦している。今すぐにでもその書籍を燃やして、彼方に記憶を投棄したかった。だというのに、我は尚も本を眇めようとする方向に傾いた。


 彼女は急激に血が引けて、青ざめた表情で再び恐怖の本を開く。


「咲来君の名前も……愛華の名前もあるのはどうして? まさか、二人も狙われているというの? そんな、そんな――」


 ふと、赤字で線引きされている項目に目を細める。


「月石……天音……?」


 奏音は、私は――。


 ――その名を知っている。


「月石天音…………適正なし、複数回投与で完全に心身ともに崩壊――月石天音の親友……篠崎奏音の結果を見るに、交友関係が投与結果に依存しないことが……明らかに……」


 “月石天音は、篠崎奏音の親友である。”


 その文章を咀嚼した途端、脳一帯に閃光が迸り、身体の各所が槌で砕かれるかの如く、その場にすとんと崩れる。


「っ――ぁ……!」


 同時に私は当然の声を絞ることがかなわず、断末魔にもならない微々たる喘ぎをぷつぷつと放つことしかできなかった。

 奏音が様々な出来事を経て精神を擦り減らす中で忘却していたこと、そうやって目を逸らしていた現実が突き付けられた。唯一思い出せなかったこと、何故奏音は蒼薬ブルー・プリズムを追っていたか――不足だったパズルの欠片、その霞んだ欠片の意味――それは即ち月石天音の存在そのものだった。

 彼女は地面を転がるかのような勢いでその場に手足を付き、自分が如何にのめのめと今日まで生き果せたかを知った。大切なことを忘れ、本質を見失っていた自分に怖気が震う思いだった。


 --全てが陰謀だった。


 斎藤浩二が主張していたことが、紛れもなく真実だった。その裏がついてしまった。

 霧谷は自分が嵌められた時、涙を流して自身を断罪するように述べた。自身が蔓延を止めると宣い、逆に蔓延を教唆していた――彼は、彼らは犯し難い罪を、良心の呵責を感じずに全うしきった。彼女を嵌めた犯人はまだ不確定だけど、十分だった。

 彼女は無暗に人を信用しすぎた。天音の言うとおりだった、臆面なく他者を盲目的に信用する行為は――余りにも愚かだった。その報いがこの始末だというのならば、考えを改めなければならない。すぐにでも、だ。


 そして同時に、先は喜怒哀楽の分類が不可能だった、奥底から込み上げる意思の意味を今やっと知ることができた。


「これは……憎悪だ」


 なんともシンプルなものだった。いままで持つことがなかったからこそ、形容する術を知らなかったが――ここにきて全てが整った。


 --私は憎い。

 --私を嵌めたすべての人間を、私の大切な人を巻き込んだすべての悪逆が。

 --彼奴らに一矢報いる、私が為せることはただそれだけなのだ。


 雪降る夜に奏音は、一つの境地に到達したのだった。

 その憎悪を晴らして幸せを掴みとることが、ある意味、今の自分の生きる意味なのだ--奏音はそう確信を抱いた。

読んでいただきありがとうございます。少しでも面白い(面白そう)と感じたら是非評価を残してやってください。すごく励みになります。

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