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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「復讐、始まる」

奏音の殺戮タイムの始まりです。

 奏音は、真夜中だというのに目が覚めてしまった。

 それは偏に、夕餉時から情事に励んでいたからだった。


「すぅ……」 


 寝息を立てながら傍らに眠る愛華は衣服を一枚も纏わず、生まれたままの容姿だ。

 風呂場で裸体を晒すことはあったが、ベッドの上で晒すのとは、恥じらいの度合いが段違いだった。まじまじと見つめられたらその日には、それはそれはいてもたってもいられなくなる。

 そういう少し倒錯的だけど、充足した日々だった。 

 間違いなく、愛華とのこの空間こそが紛れもなく奏音の希った“居場所”だ。


(かわいい)


 彼女の頬をつんつん、とつつくも未だ起きる気配はない。


「……生活習慣は正さないとね」


 最近はやや……自堕落が過ぎている。彼女の中でも自覚はあった。

 単に夜更かしのしすぎか。自省しなければならないと感じてはいたが――時刻は既に昼を過ぎていた。

 そのとき、呼び鈴が鳴る。

 昼間の来客者……宅配だろうか。


「今出ます」

 そういってベッドから出ると、一糸纏わぬ姿だったことを思い出す。


(あっ)


 ――危ない、大恥をかくところだった。


 何か衣服を着こまないと。丸裸であることを当人は忘れてしまっていた。

 急ぎ、住み込み開始翌日に購入した外行きの服を簡単に着込んで、玄関へ急ぐ。


「はーい」


 扉に手をかけた瞬間、静電気が奔る。


 思えば、それが神様の最後の警告だったのかもしれない。




 

 開けた瞬間、心臓が掌握され、拍動が停止したかのような思いに駆られた。 

 そこには斎藤浩二の姿があった。

 彼一人、ただ単独でこの場所を探し当てたというのだ。


「なぁ、委員長――探したぞ?」

「どうして」


 だけど今の奏音には、戦慄することも混乱から視野狭窄になることもなく、目の前の邪悪を静観できてしまっていた。純粋に、彼女が一度心を完全に空虚と化したことも要因としては大きいが、何よりも他者に対する関心を一切に喪失していたからだ。最早目の前に対立するのが、己を害する腫瘍たる存在だろうが、無関心さは変わることはなかった。


「とりあえずここじゃなんだ、外で話をしようや」


 ただこれ以上の彼の勝手は、彼女の放蕩の果てに到達した、二人しかいない微睡みのような幸せの世界の崩落を招きかねない。今の彼女は、その崩壊を防ぐことだけにしか興味がなかった。世界を穢す外敵を滅する、それだけが彼女の意思。つまりその意識とは、眼前の困難を配することにあって楽園を護ることのみにある。


「うん……準備して、いいかな」


 今から自分は嫌悪を抱いてやまない相手に連行されるというのに奏音は今までのように震えることはなく、安らかな寝息を立てる愛華の横で荷造りを整える。


「愛華」


 彼女の起床を促す声掛けではなく、囁く程の声で続ける。

 そっと彼女を撫でる。


「もしかしたらもう会えないかもしれない」


 それは手紙を綴るかのように丁寧な言葉だった。


「私は今までも汚れてきた、でもそんな私を貴女は癒してくれた。だけど、多分今回は癒せない。ううん、これから背負う泥で、愛華を汚したくない」


 彼女は白雪のような彼女の頬に、額に、そして深紅の唇へとキスをする。


「だけど愛華の居場所は守るよ」


 開けた布団を丁寧に彼女にかけてあげ、鞄を背負う。


「さよなら」


 そして実に従順に彼女は部屋を出た。





 そして、彼は自らの屋敷への道路沿いを進んでいく。普段は自動車を呼んで帰っていたりするのだが、気分がいいのか徒歩であった。


「委員長、寂しいよ、学校に来なくなるなんてな」

「そうだね」

「随分と倉島愛華とお熱のようだな」

「…………」


 彼女は心の籠らない単調な返答を繰り返すか、或いは無視するかのみの反応しかとらなかった。端からそれ以上の便宜を彼に図ろうとは思っていなかったのだ。


「俺ならお前に十分な愛情を与えてやれるよ」

「そうだね」


 彼は今の今なお、奏音を自分の手中に収めんとしている。

 だけど当の奏音は既に斎藤のことなど眼中になかった。


「だから二度と俺の所から離れるなよ」


 その道路は緩やかなカーブを描く上り坂で、日没前までは会社帰りの乗用車が横行しているが、日付が変わる頃にもなると、往来はほぼ皆無となる。電灯もあるが、所々で真空管が切れかかっていて全体的に明るさも疎らだ。右側面は法面工事によってコンクリートで塗り固められており、見上げれば高らかな山の傾斜が確認できる。方や左は私でも乗り越えられるほどの高さの策が設置されてはいるが、かなり老朽化が進んでいた。


「…………」

「おい、返事しろよ」

「……貴方は」


 ようやっと絞り出した答えは、彼の意に反するものだったためか顔を顰める。

 奏音は必死に優位に立とうとする斎藤に対し、最もな本質を並べた。


「貴方は一人ぼっちが嫌なのね」

「お前っ――!」


 だけどその本質は、斎藤には余りにも酷なものだった。

 彼の手が彼女の顔面に及ぶのは余りにも素早かった。凡そ思考の余地のない、直情的な行動に由来するものだった。

 

 斎藤は赦せなかった。

 誰よりも強くあるべきなのに、慈しまれることを。

 斎藤は赦せなかった。

 誰よりも下の存在に、慮れることを。

 斎藤は赦せなかった。

 支配するべき相手に、心の深淵を覗かれることが。


 だから斎藤は、奏音を黙らせた。

 だけども奏音は以前のように慄いて前後不覚に陥ることはなかった。


「どうしてだっ! どうしてお前迄俺を憐れむ! お前はただ支配されていればいいんだよっ! それなの、どうして、どうしてよぉ!」


 彼は蹴る。何度も、何度と彼女の腹部を蹴る。


「……っ、……っ!」


 だけど奏音は、彼の期待するような反応を示さなかった。


「くそっ、なんなんだよ……気味が悪い!」

「体温」


 奏音の予期せぬ返事に斎藤は硬直する。


「寒いの」

「……ああ」


 彼は気だるげに髪を掻く。


「んだよ、蒼薬ブルー・プリズム切れかよ。妙に歯切れが悪いわけだ」


 そう結論付けると、彼は懐から注射針を出し、頸動脈に注入する。


「霧谷の野郎はすぐに壊れるって言っていたんだがな――くそ」

「霧谷……先生?」


 奏音はその言葉に食いついた。


「んだよ、まだ意識あんのか? ま、順応したら記憶もなくすだろうから教えてやるよ」


 だけど斎藤の読みはまるで違った。

 今迄は蒼薬ブルー・プリズムが投与されると感情が激しく高まり、同様に精神も錯乱して、斎藤浩二の主張の通り記憶が曖昧になる。だというのに、今回の投与では体温が調整されるだけで、喜怒哀楽が活性化されることも――記憶を喪失することも奏音の身には起こらなかった。

 むしろ、視覚や聴覚などの五感がより鮮明になった。だからこそ、彼の不可解な話に注視できた。それに、捨て置けなかった。何故そこに、霧谷の名が出てくるというのだ、到底捨て置けるものではなかった。


「霧谷はな、蒼薬の蔓延を止める側に立っているふりをして蔓延を助けているんだよ。うちの病院はな、蒼薬の先端研究をやってる唯一の病院でよ、霧谷はそこの特派員なんだよ」


 ――嗚呼、成程。

 

 奏音の中の疑問が全て解き明かされた。だけど不思議と絶望はなかった。

 むしろ蓄積していた不可解な謎の真相を知ることができたのだからと、喜びさえも感じられた。


「あいつの職員室の机にはな、名簿があるんだ。蒼薬ブルー・プリズムを投与すべきかいか、というリストがな」


 一考の価値もない無茶な話だが――捨て置くことができなかった。

 それを追求できれば、愛華との世界を守れるかもしれない。

 最善の手を、選べるかもしれないと思いながら、彼女の中に彼女でも理解しきれない感情が膨れ上がってきた。


「教えてくれてありがとう」


 彼女は自然と立ち上がっていた。


「斎藤君」


 そう言って奏音は彼の身に縋る。


「わかったよ、貴女の思いを」

「お前!」


 案の定、彼は奏音を殴打した。

 そんな中で彼女が改めて彼の顔をまじまじと見つめると――今までとは大きく印象を異にしていた。

 彼の顔が、途轍もなく醜悪なそれに変化していたのだ。

 蛍光色な髪は色落ちし、地肌の黒と粗雑に混合しているようで大変に不潔だ。そして目線も血走っている風に感じ取れて直視しがたく、地肌から観測できる節々の汚れが鼻を突く刺激臭を放っている。全体的に――下卑さが滲み出ているような印象を今の彼には抱くようになってしまっていたのだ。

 彼女の中に芽生えた何らかの感情が――他者の印象を急変させることなんて実際にあるのだろうか? 甚だ信じがたいが、この騒動に介入する前に彼に抱いていた明るい印象の全てが綺麗に消え去っていたのだ。私は明確に彼を拒絶する反面で、何処か一抹の安堵を抱けるようになっていた。


「勝手な真似すんじゃねぇよ!」

「ごめんなさい、でも私も一人で寂しかったから」


 ここで如何に彼を欺こうが、何一つと罪悪感を抱くことはなかった。


「そ、そうなのか?」


 すると、彼の顔から怒りが消えていくではないか。

 彼は直情型である以上に、単純でもあった。彼女の支配にしか念頭になく、実際に彼女が()()であればそれだけで気分が良かったのだ。


「教室でさ、私が一人ぼっちになった時斎藤君言ってたよね……私の味方になるって」

「ああ」

「信じて、いいのかな?」


 すると、彼はみるみると口角を釣り上げはじめる。


「ああ、当たり前だろ?」

「それを示してくれる?」

「ああ、さっさと帰ろう――いっぱい示してやるよ」


 彼はそう言って彼女を連れるように、歩き出した。

 

 ――私には愛華との居場所を守る必要がある。

 ――そのために何としても霧谷を調べなければいけない。

 ――だけどそれを行うには斎藤浩二は極めて邪魔であった。

 ――然れば、やることは唯一つ。



 彼女は側溝から、掌で漸く掴めるほどの石を拾いあげてそれをそのまま、彼の頭上に振り下ろした。

読んでいただきありがとうございます。少しでも面白い(面白そう)と感じたら是非評価を残してやってください。すごく励みになります。



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