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ひねくれ少女は自分の生きる意味を真剣に考えたい  作者: 日向日向
第二章「奏音の過去と愛の物語」
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「少女の虹と少し歪な同棲生活」

今週は変則的な投稿規則になりましたが、来週からは今まで通りに戻します。


奏音は濡れ衣を着せられたその日から、家という誰もが当然に持つ共通の居場所を失うとともに、生きる意味そのものを失った。彼女に叩きつけられた事実――自身が虚構の存在で、親のコンプレックスを満たす人形でしかなかったこと――は心身共に発展途上だった少女を壊すには十分すぎることだった。

奏音は意図せず、成す術もなく、天涯孤独の身分に堕ちたのだ。


「ねぇ、愛華」


 夜明け近く、始発のバスを待つことなく私たちは下山しだした。 


「…………」

「私は造られた操り人形だったんだ。お父さんとお母さんが敷いたレールを走る存在としか見てなかった」


――自分に最初から、人間性なんてなかったんだ。

――模範であろうとするのも、勤勉であろうと心がけるのも、全て両親が計算づくのことだったんだ。

――私が追いかけようと、必死に考えていたことは紛れもなく仕組まれたことだった。


「私はその筋道を修正できないくらいに外れてしまった」


 両親の願いは、このまま奏音が人を先導する程の富と名声を得ることだった。その過程で高校進学は必須だからこそ、常に規律正しくあることを強いていた。


「外れた私は、虚無なんだ」

「そんなこと……」

「あるよ」 


 愛華の気遣いは彼女にとってもうれしかったけど、事実は揺るがない限りは救われることはあり得なかった。


「きっとね」


 奏音は綴る。


「天音の異変に気づけなかったのも、そういうことなんだと思う。私という存在は実は余りにも空虚で、何もなかったんだ。そんなことだから、親友の変化を疑うこともできなかった。だって、私という自我が確立していないのだから……誰かの自我の違いを見抜くことなんてできやしないんだ」

「そんなことない」


 愛華は強く否定した。


「奏音は私に優しくしてくれた。ぎゅっと抱き着いても拒絶しなかった」

「違うよ、違うんだ――」


 奏音は足を止めていた。

 涙とか、色々と堰き止められなくなって、真っすぐに立ってさえもいられなくなっていた。


「私は最初から両親にこうあるべきと刷り込まれていただけなんだ――そこに自分の意思なんてないんだ、空っぽなんだ」


 ――意思の持たない人間は果たして生きていると呼べるのか?


彼女は自信をもってそう呼べる自信がなかった。

人が皆自由意志を以て生活することが基本となった社会で、十五になるまで何も考えずに漫然と生かされてきた。


 ――それが、私だ。


どこかで聞いた言葉、()()()()()のと()()()()()()()のでは、まるでその意味が違う。


「奏音」


 すると、愛華は動けないでいた彼女を唐突におんぶし始めた。

 体格としては自分よりも一回りも小さい筈の彼女が、難なく彼女を担ぎ、坂を下っていく。


「今から家行く」

「私に帰る家なんて……」

「私の家」

「愛華、の?」

「うん」


 愛華は、そう言って自分の家の方向へとぐんぐんと進みだす。


「でも、どうして……」

「そこが新しい奏音の居場所」

「そんな、私は――」

「空を見て」

「空?」


 彼女の言われるように空を見上げると、太陽の光が夜を穿ち、橙の空がはっきりと見え始めている。そこには高積雲が散見され、緩やかに西へと流れていっている。


「雲の行く末、わかる?」

「行く末?」

「うん、どんな雲と出会って、どんな形となって、何処まで行くか」

「そんなの……わかんないよ」

「そう、わからない」


 彼女は一度も重そうな素振りを見せないでいた。


「わからないんだよ、何もかも」

「?」

「奏音は言った。自分は造られた存在だって」


 愛華の歩む速度は上昇する。


「それは本当なのかもしれない。だけど、それは昨日までのこと」


 きっぱりと言い切った。


「今日からはわからないんだ。たとえそれが造られた存在でも、未来は未知数なんだ」


愛華の口は、今日に限っては実に滑らかだった。


「運が悪ければ雨も降るし、いつか虹はかかるんだ。それがいつかなんて、誰にもわからない」


彼女の嘘偽りのない想いを、慣れない言葉で必死に表現する。


「だから、せめて奏音の虹が見つかるまで、居場所になる」

「愛華……」


――私はとっても弱い子だ。

――泣いて、弱音を吐いて、そしてまた泣いて。


その繰り返し。


自身の人生を決めていてくれていた人たちがいなくなると、奏音は急に脆くなった。

飼い慣らされていた籠の中の鳥は、急に世間に放り込まれても何もできることはない。淘汰されるのが世の常だ。


「奏音、学校は休む」

「でも……」

「もういいんだ。あんな場所、行かなくたって。奏音を大切にしない場所なんて、居場所じゃないんだ」


彼女は言う。奏音が大切に思っていた場所は、逆に私を大切に思わないだけでなく、裏切った。

そんな場所にいてはいけないって。

雨ざらしになった奏音の心に愛華はそっと傘を差しだした。


「私も行かない」

「で、でも愛華は……」


 愛華は何も巻き込まれていないのだから、と言いかけて愛華はそれを遮った。


「私はもとより転校生、居場所はない――だけど奏音が居場所になった」

「愛華……」

「だから私も一緒にいて、奏音の居場所になる」


 それは明確な意思表明だった。

 初めてだった、彼女が誰かのために、自らの願望を事細かに宣言したのは。


「狭いけれど……一緒に住もう?」

「…………うん」


 冬は既に間近に迫っている。

 師走に入り、降雪が日を追って増加しつつある中、順当に気温も低下して防寒具を複数枚着込んだとしても、朝方の外は酷な寒さだった。

 だけど今に限っては、身体を密着させていたためか、寒冷ささえも感じられなかった。

 奏音はふと思った。

 最近の私にとって、他者との一時接触は深い心的外傷として忌避していたのだが、愛華との接触は……それを感じさせることはなかった。


 倉島愛華の背中は、それはそれは暖かかった。





 到着した部屋は、暖房が利いているのか、外とは違う心地よさがあった。


「あ、寝間着が……」


 いつの間にか、私用のパジャマがかけられていた。


「いつ用意したの?」

「病院に行く前」


 また泊まりに来てほしかったからと彼女は語る。


「それに……あの具材は?」

「温かいものを食べて、温かいお風呂に入って、二人で温かく眠る」

「えっと……?」 


 きっと、彼女なりに気遣いなのかもしれない。確かに、冬場というのも相まって、丁度いいかもしれない。


 そう言って彼女は一人で台所に立ち始める。


「何を作るの?」

「お鍋」

「ええっと……まだ朝だよ?」


 やっと日が昇りだしたころだ。全然眠くはないけれど、流石に鍋を食べるのは早い気がする。


「それでも食べる。奏音、痩せちゃったから」

「……そうなのかな?」


 まぁ、愛華が気前よく料理しているのだから無理にとめる理由は彼女にはなかった。


「奏音は座っていて」

「………………」


 それはまるでいつからか、見ていなかったかのような光景だ。

 誰かが台所に立って、美味しい料理を作ってくれている。

 彼女が家に戻れなくなる数日前までは、ふつうにみていた筈なのに十年は見ていないような感覚に見舞われた。


 そして同時に思い出すのは、十年前はどうしていたかということだ。


「……奏音? 座って?」


 奏音が同時に台所に立ち始めたものだから、愛華は私を止め始めた。


「ううん、私も作る。だって、ここで暮らすんだから……いろんなことを一緒にしたいよ」


 その言葉に対し、愛華は無言だった。


 だけど、ほんの少しだけ表情が綻んでいる、そんな気がした。

読んでいただきありがとうございます。少しでも面白い(面白そう)と感じたら是非評価を残してやってください。すごく励みになります。

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