第1話「来たよ!ホレホレ!」
レアやジュンが暮らすルミナス星域の辺境に、ナンヤネンという小さな惑星があった。
赤茶けた岩肌が広がる荒涼とした風景の惑星だが、星の質は大変よく、貴重な鉱物資源が豊富に埋蔵されていることで知られている。
この惑星ナンヤネンは今、志を共にするブレイヴたちが組織したサークル『ルミア・ギアード』によって、資源採掘拠点として管理されていた。
草木の一本すら生えない大地に建つ巨大な採掘施設『ホレホレ』は、強力なシールドバリアに包まれ、外部からの侵入を拒絶している。
だが今、ホレホレには、外からのお客さまが招かれていた。
ルミア・ギアードの宣伝広報のために催された施設見学会の参加者たちだ。
参加者は、子どもから大人までを含んだ30人ほど。
レアやジュンも、この中にいた。
ふたりは今、ホレホレにあるラウンジで、施設見学会の進行を務めているコンダクターの話を聞いているところだ。
薄い緑色をした真ん中分けのロングヘアーのコンダクターは、清潔感のある真っ白なパンツスーツ姿で、目元を覆うバイザーゴーグルを装着していた。
手にはタブレット端末を持ち、わずかな滞りもなく事務的に話をしている。
「――――というわけで、ブレイヴの相互扶助組織であるサークルの活動には、資源を獲得するための施設の建設や防衛も含まれているのです」
レアは、コンダクターの淡々とした説明に、思わずあくびが出てしまった。
コンダクターは、『サークルとは同じ理念や目的を持つブレイヴたちが集まって作る相互扶助組織であり、その活動は多岐にわたる』ということを説明している。
レア的に言うと、ソシャゲーなどによくある『ギルド』のようなものだ。
「そんなこと、パンフレットに書かれてるし授業でも習ったよねぇ。いまさら、聞く意味あるかなぁ?」
小声で、隣にいるジュンに話しかけるレア。
「別に、オレたちだけに向けて説明しているわけじゃないんだよ。参加者の中には、まだ小さな子どももいる。そういう子に対して、基礎的な説明も必要なんだろ」
ジュンが、ムスっとした態度で応えたものだから、
「ちぇ~~、そんな真面目に返さなくてもいいじゃん」
と、レアは不満そうに口を尖らせた。
(でも、まあ……ジュンちゃんが言うことにも一理あるかぁ)
参加者の顔ぶれを見ると、まだ5,6歳くらいの小さな子どもたちもいた。
その子たちも、きっといつかはブレイヴになるんだろう。
だが、まだブレイヴを取り巻くいろんな物事に対しての知識は少ないはずだ。
この施設見学会を催しているルミア・ギアードのコンダクターは、そういう子どもたちに向けて、基礎的な知識として説明してくれているのかもしれない。
(かもしれないけどさぁ……。あたしたちは、知ってることを並べられてるだけだから、な~~んにもタメにならないし、おもしろくもないんだよねぇ~~)
そんなことを考えていたら、またあくびが出そうになった。
「ふぁ~~~~あ……!」
無意識のうちに、両腕を真上に伸ばしながらあくびをしたとき、
「はい? そこの方、何かご質問でも?」
と、コンダクターがレアの方を向いて言った。
「え……?」
「いえ、いま挙手をされてましたよね? ご質問があるのでは?」
レアは、ハッとして上げたままになった自分の腕に気づいた。
サッと下ろしたときは、もう遅い。
周りの参加者の視線が、レアに集まっている。
そして、コンダクターもバイザーゴーグルで瞳は見えないが、レアをジッと見つめているだろう。
「……お馬鹿」
レアの隣で、ジュンが、ため息をついた。
「え、えっと……じゃあ、質問! この会話イベントってスキップできないやつ?」
「……は?」
コンダクターが、首をかしげる。
周りの参加者も首をかしげてた。
隣を見ると、ジュンがうなだれて「馬鹿」とつぶやいている。
「いや~~、ゲームとかであるじゃないですか。読んだことのある文章や必要ないなって思うシーンなんかをスキップする機能。この見学会も、そういうのができればスムーズなのになぁって……!」
「現実は、ゲームではないので不可能です」
ぴしゃりと言い切ったコンダクターの声音は、冷たくて、そしてちょっとイラっとしているように聞こえた。
「……もういいだろ。ほら、謝って引っ込めよ」
ジュンが、顔を下に向けたままレアの腕をそっと引いた。
「あ、あの……すいませんでした。お話を続けてください」
レアは、しゅんと身を縮めて頭を下げた。
コンダクターは、「ごほん!」と咳払いをする。
「……まあ、良い機会ですので、みなさまからのご質問にお答えする時間とします。なにか、ご質問のある方はいらっしゃいませんか?」
しかし、参加者たちからは、なかなか手は挙がらなかった。
「質問なんてなさそうだし、早く試着コーナーに行けばいいのにねぇ?」
レアは、小声でジュンに言った。
「堪え性のないやつだな。もうすぐだろ。我慢しなよ」
「もうすぐって、さっきもそれ聞いたよぉ。はやく試着したいなぁ。あたし、それだけが楽しみで、この見学会に参加したんだからさぁ」
「それは、オレもだよ。だから、つまみ出されないように大人しくしてほしいもんだ」
施設見学会では、アーキ・ヴェセルナーの試着コーナーがある。
もともと、この施設見学会を主催したルミア・ギアードはブレイヴのサークルだが、アーキ・ヴェセルナーの開発設計、そして販売も手掛ける企業でもあった。
世間では、『ルミギア』という略称で親しまれているブランドであり、レアたちの住んでいる星域では、アーキ・ヴェセルナーのマーケットシェアの50%を占めている。
ホレホレの見学会では、企業としての宣伝も兼ねて、自社ブランドを用いたアーキ・ヴェセルナーの試着と実際に動かす体験企画も予定されているのだ。
「……特に、ご質問はなさそうですね」
誰も、挙手しないので、コンダクターは質問コーナーを切り上げるらしい。
(よしよし! いいぞ! いいぞ!)
レアは、サッサと、切り上げて次に進んでほしいと思った。
だが……。
「ひゃ、ひゃい!」
フード付きの黒いコートを着た女の子が、声を震わせながら挙手をした。
挙手というより、震える手を胸の前でかざしているような感じだ。
彼女は、色の薄い金髪で、ちょっぴり毛先がカールしている。
色白というよりも、青みのかかった不健康そうな顔色だ。
緑色の瞳は、あっちこっちに泳いでいて、口元は、ひくひくと引きつらせていた。
「……あ、あの子、だいじょうぶかな?」
「……見るからに、挙動が怪しいな」
コンダクターも、その子の様子を少し訝しんだようだ。
観察するかのように、ジッと女の子の方を向いている。
「あ、あの……! し、質問が……!」
「ええ、どうぞ? 何をお聞きになりたいのですか?」
コンダクターが、質問をうながしたのに、その子は、なかなか口を開こうとしない。
あ~~、とか、う~~、とか言いながら、おろおろと視線を右に左に流すだけだ。
「……ご質問が、まとまりましたら、のちほどどうぞ」
埒が明かないと思ったのか、コンダクターが質問を切ろうとした。
「ま、まっひぇ! あの……! し、質問です! こ、この採掘施設って、きょ、強力なシールドバリバリ、バ、バリアに守られれるって聞きましぇた!」
一瞬、コンダクターは口元を引き締め、タブレット端末を持つ手に力を入れた。
「ええ……その通りです。大変、強力なシールドバリアです。それは、パンフレットにも書かれていますね。それが、なにか?」
「あ、あの……! も、もし、もしなんですけど! そのシールドバリアって、じぇ、ジェネレーターが6基くらいで、うご、動いてるって聞きましたけど、それっていくつ壊れたら、シールドバリアが消えるとか、そ、そういうのってどうなんですか? いえ、その! なんか、べべべつに、深い意味はないんですけれど……!」
その子は、言い終えると、「うおぇ!」と、えずいた。
レアは、それを見て、サッと駆け寄る。
「だ、だいじょうぶ? 具合悪い? あたしが、背中、さすってあげるよ」
「い、いえ! け、けっこうです! いま、さすられたら、出ちゃいます!」
ぴゃっと、逃げられてしまった。
「……質問の意図がわかりませんが、残念ながら施設の保安の観点からお答えできません。以上です」
コンダクターは、はっきりと言うと、
「そろそろ、時間です。質問は打ち切り、次をご案内しましょう。ルミア・ギアードが主体となって行っている惑星ナンヤネンの美化活動についての動画をご覧いただきます。部屋を移動するので、私についてきてください」
ラウンジのドアから、すたすたと出て行ってしまった。
他の参加者も連れ立ってラウンジを後にする。
レアは、ラウンジの中で呆然と立ち尽くしてしまった。
「うそぉ~~! まだ、試着コーナーじゃないのぉ~~! もう、やだよぉ!」
「ここまでの時間を考えたら、もうすぐだろ。あと、ほんのちょっとの我慢だ」
「これが、ゲームの導入だったら、あたしここでやめてアンストしてるよ! んで、ストアに星1のレビュー書いてやるんだから!」
「導入がクソ長いから星1です――って? まさか、本気でゲームのレビューにそんなことしてないだろうな。やってたら、ちょっと引くよ」
「やってないけど、この見学会には星1レビューつけたるわい!」
「それ、ほとんど悪質なクレーマーだろ。ほら、みんな先に行っちゃったよ。さっさと、オレたちも行こう」
ジュンが、レアの首根っこを掴んでずるずると引きずって行く。
「はぁ~~……試着コーナーまでスキップしたい」
「……まだ、言ってるよ」
「だってさぁ」
レアが、ため息を吐いたとき、おかしなことに気づいた。
見学の参加者の列は、コンダクターの案内に従って、通路を右に曲がっていくのが後ろから見えた。
だが、あのフード付きのコートを着た女の子は、通路を左に曲がった。
フードをかぶり、こそこそと歩いていく。
「ねぇねぇ! なんか、おもしろそうなこと見つけた!」
「ああ? なに?」
「あの挙動不審な子が、みんなと違う方向に行ったよ!」
「なんだ、それか。オレも見えたけど、見なかったことにしたよ」
「なんで!?」
「だって、アイツ怪しいだろ。関わらない方が身のためだと思った」
「え~~? 怪しいかもだけど、悪い子には、見えなかったけどなぁ?」
「オレは、そいつが悪いかどうかより、トラブルを引き起こしそうかどうかで判断した。もう、いいだろ。美化活動の動画が始まるぞ。急ごう」
「ジュンちゃん……もしかして、美化活動の動画に興味あるの?」
「悪いの?」
「いや、いいけどさ……。あれ? あの子が、歩いて行ったあとに、何か落ちてる」
レアは、走り寄り落とし物を拾った。
黒い小さな小箱のような物だ。
ボタンが、いくつかついてるが、どういうものかはわからない。
「あのフードの子が、落としたのかな?」
「知らないよ。落とし物なら、この施設の人に預けよう」
「う~~ん……。いや、あの子を追いかけて渡してあげよう!」
「はぁ!? やだよ。言っただろ? 関わり合いになりたくないって!」
「まあまあ! 行こうよ! なんか、おもしろい予感がする! あたしの直感が、そう言ってるんだ!」
レアは、ジュンの手を握って走り出した。
あのフードの子を追いかけて。
「……こうなったら、もうどうにもなんないか。やだなぁ。直感型の人間の直感ほど、頼りにならないものはないってのに」
ジュンは、大きなため息を吐いた。




