第四章【天才の引率、あるいは凡俗たちのカルテット】
第一階層の主を「脳内完全封殺」してドヤ顔で帰還した翌日。
久々に学園へと登校したシンは、いきなり教官室からの呼び出しを受けていた。
(まずい、ソロレベリングに夢中で少し休み過ぎていたか……?)
内心で冷や汗を流しながら扉をくぐったところ、待っていたのはお説教ではなかった。
「――というわけでね、スメラギ君。
急な話で申し訳ないが、本日の迷宮探索研修において、二層での生徒たちの『引率』を君にお願いしたいのだよ。
彼らもレベル20になり、もう少ししたら、学園の卒業試験である二層ボスに挑まねばならないからね。」
白髭を蓄えた老教授は、真剣な面持ちでシンに頭を下げていた。
現在のシンの実力はレベル38。
ソロで迷宮の雑魚を撲滅し続けた結果、今や学園の全生徒の中でブッチギリの『学園最高レベル』へと君臨していたからだ。
「今回の生徒たちのレベルは20。
第二層『海鳴りの洞穴』の通常の魔物相手なら安全に戦えるはずだが……
あそこには、危険極まりない徘徊魔獣が潜んでいる。
万が一、彼らが奴らに絡まれたら全滅しかねん。
だが、学園最強の君が後ろ盾として付いていてくれれば、これほど心強いことはないのだ」
「フッ……。なるほどね、教授。
その老獪な眼力、嫌いではないよ」
シンは仕立ての良い東方伝統の陣羽織の襟を優雅に正し、フッと髪をかき上げて不敵に微笑んだ。
「学園の至宝たるこの僕が直々に手を引いてあげるのだ。
凡俗諸君にとっては、一生の栄誉となるだろう。 その依頼、引き受けようじゃないか」
シンは内心でめちゃくちゃ冷や汗を流していた。
(ちょっと待って教授!?
2層の最初の徘徊魔物ってあのバケモノのワニだよね!?
僕はソロで雑魚を斬ってレベリングしてただけだから、徘徊魔物とは一度も戦ったことないよ!
見つけるたびに『逃げるが勝ち』で全速力で避けてただけだよ!
もし研修中に奴と鉢合わせしたらどうするんだ!?
……いや、落ち着け僕。
一層のボスすら封じた僕の美しく光るマスターレベルの『一騎当千』で徘徊魔物だって封じ込めればいいだけだ。
まあ、あまりの光と音に恐れ慄いて逃げてしまうかもしれないな。
完璧な作戦だね!)
内心の動揺を120%の演技力で覆い隠し、シンは優雅な足取りで第二層の入り口へと向かった。
「――というわけさ。
いいかい、凡俗諸君。
今回の探索研修において、君たちは実に見事な幸運を掴み取った。
学園の至宝たるこの僕、シン・スメラギが、直々に君たちの引率を務めてあげるのだからね」
第二層『海鳴りの洞穴』の入り口。
シンは腰の『雷切』に手をかけ、集まった四人の同級生たちを見下ろして優雅に言い放った。
(フッ、決まったね。今日の僕の立ち姿は100点満点さ)
そんなシンの内情など知る由もない生徒たちは、それぞれの武器を携え、緊張した面持ちで挨拶を交わした。
「よろしくお願いします、スメラギさん!
自分、騎士団長の息子として、スメラギさんの『静寂』の武理、特等席で学ばせていただきます!」
大盾をガシリと構え、目を輝かせているのは重装騎士のアラン。
レベル20の彼は絵に描いたような熱血漢であり、金髪と鍛えられた褐色の筋肉がよく似合う男であった。
また、シンの「敵の戦意を喪失させる威圧スキル」という大嘘を100%ピュアに信じ込んでいる、シンにとって一番扱いやすい男だった。
「ふ、ふん! 別に私はアンタになんて頼ってないんだからねっ! 漁業組合の海を汚す魔物を、この銃の連撃でハチの巣にしてやるんだから!」
銃を腰に帯び、ふくれっ面でそっぽを向くのは魔銃剣士のマリン。
同じくレベル20で、海都の経済を支える漁業組合会長の娘であり、気の強いお嬢様だ。
吊り目に長い金髪と細身の身体で、生意気そうではあるが、かなり可愛いのは間違いない。
「あの……ス、スメラギ様……。
私、足手まといにならないように……神の癒やしをお届けできるよう、がんばります……ぅ」
神殿の孤児院で育ち、その才能を見出されて学園に入った拳法治癒士のミリア。
大きな鎚を胸の前でぎゅっと握りしめ、ショートボブというより、オカッパ頭で下を向きながら、小動物のようにガタガタと震えている。
シンからすれば、クリクリの目や、雰囲気が可愛いハムスターのようでもあり、その健気さは非常に彼の貴族としての承認欲求を満たしてくれる存在だった。
最後の一人。
大きな魔導書を抱え、最前列でスタイリッシュにポーズを決め続けるシンを、眼鏡の奥から死んだ魚のような目で見つめている黒目、黒髪の占星術師の特待生――カイト。
市民階級からの特待生である彼は、実は現代日本からの「異世界転生者」であったのだ。
前世において、この世界の基になった3DダンジョンRPGを狂ったようにやり込んでいたガチ勢プレイヤー。
この世界に来て、ゲームとは違う現実の痛み、恐怖を痛いほど実感し、比較的安全な後衛であるゾディアックになった男。
だからこそ、カイトの脳内ツッコミのボルテージは、迷宮に入る前から既に限界突破していた。
(……いや、おかしいだろ。なんでコイツ、この段階でレベル38もあるんだよ)
カイトは手元の魔導書を掴む指を震わせた。
周囲の生徒たちは、アランも含めて全員が適正レベルの20そこそこ。
それなのに、教授から「最高レベルの引率」として紹介されたこの御曹司のステータスは、頭一つどころか次元ごと突き抜けていた。
(前世のゲーム知識で言わせてもらうけどさ、ショーグンって耐久力が紙……というか全裸レベルのガラスの剣なんだよ。
軽鎧すらまともに着られない。
それなのにサブクラスの解放すらしてない単一ジョブの状態で、どうやってレベル38まで上げたんだ?
意味が分からない。
怖すぎる。
ソロで徘徊魔獣を狩るのは不可能だろうし。
ってことはコイツ……ただひたすらに、1層の通常モンスター(雑魚)だけを二刀流の通常攻撃だけで何千とプチプチ潰し続けて、このレベルまでゴリ押しで持ってきたってことか……!?
どんな狂気的な地道ルートだよ。
ゲームならまだしも、ここは現実だから、雑魚だとしてもそれなりの緊張や疲労もあるのに、そんな事出来るなんて、マジで頭がイカレテやがる。
雑魚撲滅しかできないはずなのに、レベルだけバケモノになってる時点でやばい奴の極みだ。
しかも、さっきからドヤ顔で語ってる『静寂の結界』って何なんだ。
ショーグンのスキルツリーを隅から隅まで思い出しても、そんなアクティブスキルは存在しない。
コイツのジョブ、レベル、圧倒的なハッタリ臭……。
間違いない。
このシン・スメラギって男、この世界の『スキルの法則』を致命的に勘違いしてる、一番近寄っちゃいけないタイプのやばい奴だ!)
そんな転生者カイトのドン引きの視線に気づくこともなく、シンは満足げに鼻を鳴らした。
そんな転生者カイトの、白目を剥きそうなほどのドン引きの視線に気づくこともなく、シンは満足げに鼻を鳴らした。
「よろしい。
アランは前衛で僕の美しさを守る盾となり給え。 マリンとミリア、そしてカイトは僕の背後からその凡俗なる技で僕を引き立てるといい。
この階層の雑魚など、僕の二刀にかかれば一瞬だけどね。
……ただし、あの徘徊魔獣『貪欲な圧殺鰐』にだけは手を出すんじゃないよ。
あれは、僕が真の力を解放せねば危険な魔獣だからね」
シンが完璧な角度で指をさすと、
「はいっ!」
とアランが拳を突き出し、マリンが顔を赤くし、ミリアが健気に頭を下げた。
カイトだけが、死んだ魚の目のまま心の中で深く、深くため息をついた。
(了解です。……あの巨大なワニに絡まれたら、コイツのアホさのせいで一発で全滅だな。
マジで命だけは守ろう)
こうして、学園最高レベルの勘違い天才貴族と、個性豊かな生徒たちの迷宮探索研修が幕を開けた。 シンにとっては、自らの最高奥義と信じ込んでいる『一騎当千(※ただしソロ用で相手を封印する剣だと思っている)』を披露するための、お気楽なワンマンショーになるはずだったのである。
徘徊魔獣=FOE




