第9章【最強の戦術、あるいは愛の庇護】
王女の紹介と新パーティーの結成のあと、大講堂の裏手にある中庭のベンチでは、パーティの女子二人が並んで座っていた。
「なによ、なによ!あのお姫様! 急に現れて『貴方を死なせない』だなんて、何様のつもりよ!
2層完全踏破の名誉の横取りじゃない!」
マリンは、炭酸のジュース缶をぎゅっと握りしめ、ふくれっ面で地面を小突いていた。
だが、その耳たぶは悔しさと対抗心でほんのりと赤い。
「アランの代わりに前衛に入るなんて……!
別に私はあいつのことなんて何とも思ってないけど、私たちの班の絆に、王家が横槍を入れてくるなんて納得いかないわ!」
「でも、マリンさん……ぅ」
隣で目を潤ませているのはミリアだった。
「ミネルバ様が来てくださったのは、きっとスメラギ様のためなんですよね……っ!
あの時、スメラギ様は皆を護るために自らノーガードで攻撃を受けて【瀕死】になられていました……。
あの背水奥義『一騎当千』は、肉体をわざとボロボロに破壊しなければ起動しない、血の秘奥義だそうです!
スメラギ様はいつも涼しい顔をしていますが、裏では全身が悲鳴を上げて死にかけているに違いありません!」
「……じゃあ、何よそれ。
あの王女は、あいつがこれ以上無茶をしないように守るために来たってこと?
だったら、あいつが決めただけの卒業試験だけど、『ケートス』戦では、私たちがあいつに守られるだけでなく、ちゃんと戦力にならないきゃダメじゃない!
あいつが自分からノーガードで瀕死になろうとしないようにっ!
……分かったわ、王女だけにいい格好させられない。
次の、ボス戦では私も前衛に行くわ」
マリンは魔銃の柄を握りしめ、シンのためにどうすればいいか、必死で考えていた。
ミリアはそんなマリンを見て、空に向かって呟く。
「無駄だと思います。
スメラギ様は私達がどうであろうとも、私達を守る為に、私達より前にでて、ボスの攻撃をその身に受けようとするでしよう。
私達に出来るのは、スメラギ様の足で纏いにならないように、自らの身を守る事だけかもしれませんね……。」
「そんな………」
――その頃
「――ミネルバ王女。
次の『幻海王ケートス』戦における、我が班の戦術的な配置について、少々お時間をいただけますか」
学園の書庫の奥、人目を忍ぶようにして、占星術師のカイトは第五王女ミネルバと対峙していた。
前世のゲーム知識を持つカイトにとって、次のボス戦は「確定の全体睡眠攻撃」をどう捌くかが楽に勝てるかどうかの生命線。
これさえ何とかしてしまえば、シンのステータスの暴力で楽勝なのである。
だからこそ、プリンセスの持つ王室秘伝のスキル、しばらくの間同列の状態異常を無効にする『予防の号令』を後衛(自分たち)に向けて発動してほしかったのだ。
「話をなさいカイト。
戦術の相談なら歓迎するわ」
「感謝します。
単刀直入に言いますが、ケートス戦では貴女の『予防の号令』を、我が班の『後衛』に向けて最速で発動していただきたいのです」
「断るわ。戦術的に不合理よ」
しかし、ミネルバは凛とした声で、一瞬の躊躇もなくそれを撥ね退けた。
「シン・スメラギは次の戦いでも、皆を護るために自らノーガードでボスの猛攻を喰らい、瀕死になろうとするはず。
そんな彼の不器用な『背水の陣』を支えるため、私は何があっても【前衛】の先頭に立ち、前列に『庇護の号令』を張り、彼がどれだけ攻撃を喰らっても即時回復できるようにする。
それが私の役割よ」
(うわあああ! 正論だけど違うんだーーーっ!!)
カイトは内心で激しく頭を抱えた。
王女の言う通り、全体睡眠が来るかどうかも分からない未知のボス戦において、治癒士のいる後衛に予防を張るより、ノーガードで突っ込む超強力な、メインアタッカーであるシンと自分のいる前衛を『庇護の号令』でガチガチに固める方が、戦術的には100%正しいのだ。
「ですが王女、もし仮に、敵が強力な全体睡眠攻撃を仕掛けてきた場合、後衛が眠らされないことが勝利への鍵に――」
「仮定の話ね。
なぜケートスが睡眠の波動を放つと言い切れるの? その根拠は?」
「それは……、占星術の、その、星の配置による予兆というか……」
「根拠になっていないわ」
「今回、初めての2層を突破する者がこの学園の生徒から出るかもしれないのですよ。
迷宮を踏破したとする遥か伝説の時代の記録は何処かへ消え、今は全てが手探りの状態です。
その為には、シン・スメラギの奥義が絶対に必要だと考えます。
そして、その為に瀕死になろうとする彼を救う為には『庇護の号令』を外す訳にはいきません」
ミネルバに鋭い目を向けられ、カイトはそれ以上反論できなかった。
「前世でやり込んだゲームの確定行動パターンです」なんて口が裂けても言えない。
結局、後衛が寝ないことにどんな意味があるのかを王女に伝えることはできず、ミネルバは「私は前衛でシンを支えるわ」と譲らなかった。
(マズい、非常にマズい!
このままだとミネルバ様は前衛で庇護の号令を張る。
つまり後衛の俺たちはボスの全体睡眠をそのまま喰らって寝てしまう!
睡眠耐性アクセサリーは1つでは気休め、2つつけてようやく安心(66%)できる確率だったはず。
この際、予算をケチってる場合じゃねえ。
俺とミリアに3つ、一応気休めでもマリンに1つ、計7つくらいのアクセサリーを自前で揃えるしかない……!)
次の日、カイトはシンだけを直々に指名して迷宮の素材集めへと連れ出した。
「フッ、カイト。
剣術なんか全くやった事がないゾディアックの君が、僕の天才エリートの剣の冴えを見たいとはいい心がけだ。
まあ、そんなに暇ではないが、僕の美しい二刀流を特等席で拝める栄誉を授けよう」
シンはこれでもかとスタイリッシュに刀の柄をパチパチと叩く。
「スメラギ様の素晴らしい剣術を、こんな近くで拝見出来るなんて、お願いした甲斐がありました」
カイトの狙いは、まさにこのシンの圧倒的な戦闘力だった。
(いや、アクセサリーの材料になる『逆巻いた牙』落とす魔物を俺一人で倒して集めると馬鹿みたいに時間がかかるんだよ。
でも、レベル38の通常攻撃ゴリ押しマシンの馬鹿を連れてくりゃ、通常戦闘のペチペチ二刀流で数秒で終わるからな。
完全に都合のいい超高効率の最高級労働力として使わせてもらうわ)
「はぁぁぁっ!! !!」
シュバババババッ!!!
「素晴らしいっ!!スメラギ様、なんて凄いんだ!!」
シンがカイトしか見ていない迷宮の通路で無駄にカッコいいポーズを決めながら刀を振るうたび、魔物の群れが悲鳴を上げる間もなく一瞬で光の塵へと変わっていき、カイトの乾いた歓声が響いていた。
カイトの計算通り、シンのステータス暴力によって素材集めは信じられないほどのハイスピードで進行し、あっという間に目標の7つ分の素材が集まったのだった。




