第一章 三話 「蒼天の雷鳴」
──東京ビッグサイト。
今日、«株式会社ブルーロジック»主催の仮面ライダーに関するイベントが執り行われていた。
最大手IT企業にして、仮面ライダー事業にも参入している«株式会社ブルーロジック»。
32歳という若さで社長の座に就いた«城之内一郎»が、壇上に上がる。
「本日はご来場頂きありがとうございます」
整えられた頭髪に清潔感のある青いスーツを身に纏い、高級そうな腕時計を左腕に掛けている。
「それでは早速ご覧頂きましょう」
城之内一郎が軽く手を掲げる。
同時に会場の照明が一斉に落ち、巨大スクリーンに映像が映し出される。
──次世代変身システム、"A.R.K.System"
会場内にBGMが響き渡ると共に、ステージ中央の床が開く。
せり上って来たのは一基の台座。
その台座の中央には青く発光するコアを備えた変身ベルトが静かに置かれていた。
「我々ブルーロジックは、怪人由来生命エネルギーを全身装甲へ循環・同期させる次世代変身機構を開発しました」
背後の巨大スクリーンに表示された人体構造図に青いラインが神経のように全身を巡っている。
「Adaptive Reactor Kernel System」
「通称«A.R.K.System»と呼び、怪人の持つ生命エネルギーと装着者自身の生命エネルギーを同期させ、神経レベルで全身装甲へ循環・制御するシステムです」
背後の巨大スクリーンに変身後の仮面ライダーの姿が投影される。
青を基調とした洗練された装甲に、無駄を削ぎ落とした流麗なシルエット。
それは仮面ライダーとしての完成系であった。
会場から希望溢れるざわめきが漏れる。
「すげぇ…」
「これが次世代ライダー…」
城之内一郎は観客席を見渡し、口を開く。
「«A.R.K.System»最大の特徴は、“感情増幅反応”にあります」
「怪人の持つ生命エネルギーと、我々人間の生命エネルギー。
その二つを同期させることで、装着者の精神状態はそのまま出力へと変換されます」
スクリーンに表示される数値がぐるぐるとスロットのリールのように跳ね上がり変動する。
──SYNC RATE《生命同期率》 85%
──OUTPUT《戦闘出力》 126%
「怒り、恐怖、闘争心…そして守りたいという意志こそが力となるのです」
「それこそが、この仮面ライダー«ライジングドラゴン»なのです!」
* * *
──東京ビッグサイト・パープル芸能事務所ブース
会場内が湧き上がる。
その隅でその光景を目にする東雲飛鳥シノノメ アスカ。
飛鳥アスカは同じ会場内の別ブースにて自身の所属する«パープル芸能事務所»のイベントに参加していた。
「…ふぅん」
新たな仮面ライダーを吟味するように、飛鳥は巨大スクリーンに映し出された《ライジングドラゴン》を見つめていた。
洗練された装甲に、乱れのない立ち姿。
隙のない変身システムと映像映えのする見た目。
確かに、完成されている。
「俺ライジングドラゴンの応援するわ」
「ヴァイオレットアルテミスより強そうじゃね?」
「ばか!飛鳥たんのが強いし可愛いだろ!」
耳に入る歓声と比較。
「だから何よ…」
思わず漏れた、ため息混じりの独り言。
隣に控えていた事務所マネージャーが慌てて振り向く。
「ん?何か言ったかしら?」
「…別に」
視線をスクリーンに戻す。
壇上では城之内一郎が拍手に応えるように手を広げ上品にお辞儀をする。
完璧な所作。
完璧なトーク。
完璧な仮面ライダー。
しかし何故か気に入らない。
理由は自分でもよく分からない。
──ただ。
飛鳥の目には、どこか表面だけをなぞったように見えた。
城之内一郎からは何も感じない。
情熱はあるのかもしれない。
でも、意志が感じられない。
「…変なの」
自然と、脳裏に別の姿が思い浮かぶ。
黒い装甲。
カメラも気にせずに、無骨な戦い方で市民を最優先に助けていたあの仮面ライダー。
前回、お台場で見かけた後に少し調べてみた。
情報は限りなく少ないが、«中村製鉄工業»という会社のHP1件がヒットした。
そこには、あの黒い仮面ライダー。
名前は«レムナント»と言うらしい。
「希望の象徴ね…」
変な名前。
見た目も地味。
戦い方も不格好。
ライジングドラゴンとは相対する存在。
正直どっちも好きじゃない。
──でも。
「アイツの方がまだ"ヒーロー"っぽい、かな」
誰かに評価される訳でもない。
助けを求める声に応えていた。
そこには少なくとも"意志"があった。
* * *
──東京ビッグサイト・屋外喫煙所
「はぁ…折角の休みだってのに何だってこんな所に…」
ぽつりと愚痴を零しながら、ブルーロジックの開催するイベント会場の屋外喫煙所で煙草に火をつける希望。
会場内からは歓声と拍手の音が響き渡ってくる。
「社長が行ってこいって言うから来たけど…何すりゃいいんだこれ…」
会場に到着して、かれこれ2時間は経過しようとしている。
その間希望は会場内と喫煙所を往復するだけになってた。
希望は煙を吐き出しながら、灰皿へ煙草を押し付けた。
ピィィイイイイ─
突如として警笛を吹く音が響き渡る。
「怪人が出たぞ!皆さん避難してください!」
声のする方へ視線を向けると、傷だらけになりながらも会場内にいる人々に危険を知らせる警備員の姿があった。
よろよろと、何かから逃げながら警笛を吹く警備員の腹部から巨大な爪が嫌な音を立てて突き出す。
グシュリ。
警備員の男は吐血し、そのまま息絶えた。
腹部から生えた爪は空を仰ぎ、そのまま警備員の男を投げ捨てた。
そこに立つは蟹の様な頭部に巨大な蟹の鋏のような爪を持つ異形の存在。
「…怪人っ!」
その直後、会場一帯にサイレンの音が響く。
逃げ惑う人々。
泣き叫ぶ子ども。
倒れた人を助け起こす者。
希望は舌打ちし、人目のつかない柱の陰へ滑り込み腰のベルトへ手を伸ばす。
「…変身!」
無機質な光がベルト中央のコアから発せられる。
黒いラバースーツが身体を包み、その上から無骨な黒い装甲が展開していく。
複眼が白く点灯する。
──仮面ライダーレムナント。
変身を終えるや否や、レムナントは怪人へ向かって地を蹴った。
「おい、こっちだ蟹野郎!」
人気の無い場所へと誘導する為、蟹怪人の注意を向けさせる
蟹怪人が振り上げた巨大な鋏を紙一重でかわし、そのまま誘導を続ける。
その時だった。
青い電流が空間を走る。
「…っ!」
次の瞬間には、レムナントの頭上を飛び越えて怪人へ向け、青い影が電気を身にまとった右足で飛び蹴りを叩き込んだ。
大きな衝撃音とビリビリという電流の音と共に、蟹怪人の甲殻は砕け散って宙を舞う。
蟹怪人はよろけながらも巨大な鋏を地面に立てて踏ん張る。
衝撃でレムナントは尻もちを着く。
「やった!ライジングドラゴンだ!」
「助かった!」
湧き上がる歓声に、青い仮面ライダー«ライジングドラゴン»は片手を挙げ、アピールする。
「ここからは私が対応します。下がっていてください。」
「…は?」
レムナントは腰を上げライジングドラゴンに文句を言う。
「いや待て、まだ避難が完了して──」
言い終える前にレムナントの後方に紫の発光と着地音。
ゆっくりと振り向く。
「お前か…」
しなやかな立ち姿に、仮面ライダーとしては小さすぎる背格好。
「はぁ…何か今日はライダーが多いわね…」
──ヴァイオレットアルテミス。
紫のマスク越しから零れるため息混じりの声。
以前面と向かって威嚇してきたあの女子高生だ。
ヴァイオレットアルテミスはレムナントの方を黙って凝視する。
「…んだよ」
「…別に」
ヴァイオレットアルテミスは短く返すと、再び怪人へと視線を向けた。
目の前には蟹怪人。
相対するライジングドラゴンと、その後方にレムナントとヴァイオレットアルテミス。
怪人の後方には、未だ避難をし切れていない人々の姿がある。
泣き叫ぶ子供を抱えて立ち尽くす母親。
倒れた展示物の下敷きになり、動けない老人。
考えるよりも先に、レムナントは蟹怪人の隙をついて救助へと向かった。
「今のうちに…!」
瓦礫や展示物を持ち上げ、逃げ遅れた人々を避難へと誘導する。
その光景を見つめながら、ヴァイオレットアルテミスは小さく吐き捨てる。
「…馬鹿らし」
その言葉に応えるように、隣に立つライジングドラゴンが口を開いた。
「そうかい?私にはとても…」
「──偽善的で美しいと思うけどね」
その言い方に、飛鳥は思わず眉をひそめた。
言葉に棘がある訳ではない。
むしろ穏やかだった。
それなのに、背筋に冷たいものが走る。
何かが違う。
そう感じながらも、その違和感の正体を掴むことは出来なかった。
「…まぁ、今はそんなことより目の前の害虫を片付けるとしよう」
ライジングドラゴンがそう告げると、足元に青白い電流を帯びる。
ヴァイオレットアルテミスも小さく息を吐き、背部のブースターを展開していく。
それぞれがそれぞれの考えを胸に怪人へと向かって行った。
* * *
怪人が撃破される頃には、会場内に響いていた悲鳴は歓声へと変わっていた。
「助かった……!」
「ライジングドラゴン!こっち向いて!」
「飛鳥たーん!ありがとうー!」
人々の声が仮面ライダー達へ向けられる。
「皆様の安全は、我々仮面ライダーが保証します」
ライジングドラゴンの一言でさらに大きな拍手と歓声が巻き起こる。
ただ一人を除いて。
「大丈夫か?」
「怪我は?」
「歩けるなら向こう行け」
カメラに収まらない、輪の外で救助活動を続けるレムナント。
誰も見ていない。
誰も歓声を送らない。
しかし、1人だけがレムナントに声をかける。
「…何してんのアンタ」
「またお前かよ、暇なら手伝えよ」
問いに対して怠そうに返答する。
ヴァイオレットアルテミスはさらに1歩近づいて距離を詰める。
「私の事便利屋か何かだと思ってない?」
「…違うのか?お前仮面ライダーだろ?」
レムナントはそう答えると、別の被害元へと駆けていく。
「ちょ、話はまだ──」
「飛鳥〜!こっちも取材入るわよ!」
レムナントに言いかけた言葉は事務所のマネージャーの声にかき消された。
既に黒き仮面ライダーレムナントは救助活動を行っていた。
「…やっぱり、変なやつ」
誰にも聞こえないよう呟くと、ヴァイオレットアルテミスは背部のブースターを展開し、カメラの前へ飛び上がった。




