第一章 二話 「紫の流星」
──東京都お台場。
ドゴォォオオン……
砂埃を上げながら石畳が宙を舞い、再度地面へと落下する。
そこに姿を表したのは、頭部に蜘蛛の様な脚が生えている怪人。
その怪人の周囲には、巻き込まれ命を落とした民間人が横たわっている。
「おい!あれを見ろ!」
避難に遅れた民間人が空を指さす。
そこには紫色の閃光と共にとてつもない速さで怪人目掛けて飛んで来る仮面ライダーの姿がそこにはあった。
人々は皆口を揃えてこう呼ぶ。
«紫の流星-ヴァイオレットアルテミス»
流星の如く眩い光を背部に搭載された翼を模したブースターから放出し、その速さは時速200kmにも及ぶと噂されている。
二次被害の出ないよう慎重に着地するヴァイオレットアルテミス。
やがて周囲は歓声に包まれる。
「やった!これで助かる!」
「早くそんなやつやっつけてちょうだい!」
声援に答えるように軽く手を振り、怪人に向き直す。
「…よくもこんなに荒らしてくれたわね」
マスクの奥から零れるまだ幼い少女の声。
拳を握り怒りを露わにする。
しかし、彼女はまだ怪人と睨めっこを続ける。
それもそうだ。
彼女は仮面ライダー。
──まだ報道のカメラが到着していない。
耳に入る無線の声、カメラが来るまで行動するなという指示。
何も出来ない葛藤に苛まれ、拳を握る。
「…何してんのお前」
黒い装甲に包まれた男。
ヴァイオレットアルテミスに一言文句を垂れると、黒い仮面ライダーはそのまま怪人目掛け一直線に走り出した。
テレビカメラはまだ来てない。
それなのに戦っている。
黒い仮面ライダーの戦い方はとてもじゃないが見れたものでは無かった。
殴る。
蹴り上げる。
掴んで投げる。
それまで声援を上げていた観衆も声を上げるのを辞め、黒い仮面ライダーの戦闘を眺める。
「え?誰あれ」
「新人?めっちゃ地味じゃね?」
聞こえてくる文句、愚痴、野次。
それでも尚、手を止めることなく黒い仮面ライダーは戦闘を続けていた。
『よし、報道ヘリが到着した。開始しろ』
無線からの指示が下り、背部のブースターを展開して一気に怪人との距離を詰める。
「…邪魔!」
ヴァイオレットアルテミスは苛立ちを隠すことなく言い放ち、怪人に向け機敏な動きで蹴りを繰り出す。
「っぶねーな!巻き込む気か!」
黒い仮面ライダーはヴァイオレットアルテミスの行動を指摘する。
しかし無視を決め込みそのまま怪人はヴァイオレットアルテミスの手により撃破された。
──東京都お台場-裏路地。
怪人が撃破されたのを確認した後、報道カメラに囲まれるヴァイオレットアルテミスを他所に残りの生存者を救護し、帰路に着くため裏路地で変身を解こうとする希望。
「…やっぱテレビは嫌いだわ」
少しの時間ではあったが、報道ヘリとカメラが来るまでに何もしなかったヴァイオレットアルテミス、基東雲飛鳥に嫌悪を感じる。
目の前で助けを求める声があるにもかかわらずテレビやスポンサーを優先する仮面ライダーがヒーローと呼べるのだろうか。
自身の変身ベルトに手を掛け解除ボタンを押そうとした時、背後から少女の声が掛かる。
「…なんなのアンタ」
振り向くと、そこにはベルトを装着したまま学生服を着る女子高生が腕を組んで立っていた。
希望はその少女を知っていた。
「東雲飛鳥…」
「…ふーん、私の名前知ってるんだ」
綺麗な顔立ちに思わず吸い込まれそうになる大きな瞳。
しかし彼女は"普通"では無い、仮面ライダーだ。
「…そんなことよりなんなのアンタ」
質問の意図が理解できない。
正体の事を言っているのか、それとも仮面ライダーの姿に対して言っているのか。
飛鳥はさらに距離を詰め、人差し指を立ててこちらに向けてさらに続ける。
「勝手なことしないでくれる?」
今日の現場の事を言っているのだろう。
しかし希望にとっては疑問でしかない。
「お前こそ突っ立ってる暇あんなら戦えよ」
希望側も距離を詰め指摘する。
距離が近い分、飛鳥の身長の低さが分かりやすくなる。
(…まだこどもじゃないか)
未だにグチグチと文句を言ってきているが右から左へと抜けていく。
この子はまだ大人の言うことに歯向かうことができない。
言いつけ通りが正解なのだと、そう教え込まれているのだろう。
そんな子にこれ以上、とやかく言っても仕方がない。
「…って聞いてるの?」
その時だった。
辺りに響き渡るサイレン。
街中に設置されたスピーカーから無機質な音声が繰り返し流れる。
『怪人が出現しました。外にいる方は速やかに避難をしてください──』
2人の空気が止まる。
飛鳥のスマートフォンにも通知が入り、眉をひそめた。
希望もまた、視線を空へと移した。
遠くない距離で怪人の唸る声と振動。
助けを求める声。
希望は仮面ライダーのマスク越しに頭を搔く動作を取る。
「…話、後でいいな?」
短く、それだけ言い残すと現場へと駆けて行った。
『ヴァイオレットアルテミス、聞こえているな』
『既に現場にて準備は整っている。出動だ』
耳に取り付けていたイヤホンから無線が流れ込む。
「はぁ…ホントムカつく…」
ため息混じりに腰のベルトに手を当て軽くポーズを取る。
「─変身…!」
紫の光に身が包まれて装甲で身を固めていく。
変身が終わると背部のブースターを展開し、そのまま紫の閃光を残し空へと駆け上がる。
流星の如く、高速に。
そして数秒前までの言い争いが、嘘のように消えていく。
誰もいない路地裏。
ただ一つ。
置き去りにされた空気だけが、そこに残る。




