第一章 四話 「交錯する視線 Ⅰ」
──中村製鉄工業・事務所。
昼休憩。
希望は社長の中村に呼び出されていた。
「おい!見ろ、町門!」
目が染みるほどにもくもくと煙草の煙が立ち込める事務所の中。
中村は嬉しそうにスマホの画面を希望へ突き出した。
「『謎の黒い仮面ライダー現る!』…だってよ!」
そこには、前回のイベント会場で起きた怪人襲撃事件の記事が掲載されていた。
«次世代ライダー・ライジングドラゴン初陣!»
«ヴァイオレットアルテミスとの共闘で見事怪人撃破!»
大きく掲載された二つの見出しのその下。
小さく添えられた一枚の写真には、瓦礫を持ち上げる黒い仮面ライダーの姿。
«なお、現場では未確認の黒い仮面ライダーと思われる人物も救助活動を行っていた»
名前もない。
功績も語られない。
ピントのぼやけた画像と、数行の記事。
「は、はぁ…」
希望は煙草の煙を吐き出しながら、興味無さげに反応した。
しかし、中村はスマホを握ったまま、どこか誇らしげに笑った。
「ウチみてぇな町工場が作ったベルトで、人が助かってるんだぞ?」
「ガラクタベルトっすけどね」
「うるせぇ」
2人は他愛もない会話を交わしながら、記事のコメントへと視線を移す。
そこにはあまり肯定的ではないコメントが数件書き込まれていた。
«黒いの名前何?地味すぎない?»
«ライジングドラゴンとヴァイオレットアルテミスの引き立て役じゃん»
«救助活動ならライダーじゃなくても良くね?»
「……」
分かってはいた。
自分のやっていることが、世間の求める“仮面ライダー”とは少し違うことくらい。
「…別に、俺は評価されたくてやってるんじゃねぇし」
希望は短く呟き、煙草を灰皿に押し付けた。
その言葉に、中村は小さく鼻を鳴らす。
「嘘つけ、どうでも良かったらそんな顔しねぇだろ」
「…そんな顔ってどんな顔すか」
「気怠そうな顔に、ほんのちょっとの拗ねてる顔」
中村はニカッと歯を見せて、希望に笑顔を向ける。
煙草の煙を吐きながら、中村は続ける。
「まぁ、そんなヒーローがいたっていいじゃねぇか」
一拍置いて、中村は肩をすくめた。
「赤字だけどな!」
セルフツッコミを入れつつ希望の背中をバシンと叩く。
希望は何も返さず、窓の外へ視線を向けた。
工場の煙突。
錆びた鉄骨。
生まれ育った下町。
自分の居場所はやっぱりここだ。
そんなことを考えていた、その時だった。
「しゃ、社長!大変です!」
1人の作業員が慌てた様子で2人のいる事務所へ駆け込んできた。
「あの、あ、あすあす、あの!しの!」
「おいおい、落ち着け!何だ!事故か!?」
作業員の男は、中村に宥められ深呼吸を数回し、改めて中村に向け報告する。
「あの…東雲飛鳥がこの工場に来てます」
「「…は?」」
* * *
──数時間前。
──私立紫苑ヶ丘高校・2年A組。
朝礼前。
教室の窓から差し込む春の日差しが、並べられた机を照らしていた。
しかし、その穏やかな空気とは裏腹に、教室内ではとある話題で持ち切りだった。
「昨日のニュース見た?」
「ライジングドラゴンやばくね?」
「東雲も映ってたよな。やっぱ我がヴァイオレットアルテミスはカッケーな」
自然と飛鳥へ視線が集まる。
当の本人は、窓際の席で頬杖をついたまま興味無さそうにネイルを弄っていた。
「てかさ」
クラスメイトの男子が笑いながらスマホの画面を指差す。
「この黒いの何?」
「名前もわかんないし地味で笑う」
画面には瓦礫を運んで救助しているレムナントの姿。
「ぶっちゃけ雑用係っしょ」
教室に笑いが起こる。
その瞬間。
飛鳥の指には力が入って、綺麗に塗られたネイルの模様が削れる。
「……は?」
小さく漏れた飛鳥の一言は、いつにも増して低く、教室内を凍えさせるには十分な程には冷たかった。
「…え、え?」
「…あ…飛鳥?」
教室の空気が張り詰める。
飛鳥は自分でも分からないまま、机に手をついて立ち上がった。
「アンタたちさ…」
静かになった教室に通る透き通った声。
しかし、誰も口を挟めない程に緊張感が走る。
「何を見て、そう言ってる訳?」
「戦ってる所が映ってないから?」
「地味だから?」
「無名だから?」
淡々とした口調で畳み掛けるように疑問を投げかける。
怒鳴っている訳ではない。
それでも教室内の温度が下がったように感じる。
「…少なくとも」
飛鳥は、クラスメイトの持っているスマホに映るレムナントへ視線を落とす。
砂埃に塗れた身体で瓦礫を持ち上げる姿。
「アンタたちみたいに安全圏から野次を飛ばすような人より」
「よっぽど仮面ライダーしてると思うけど」
その一言を残し、飛鳥は机に掛けてある自らの鞄を乱暴に肩へ掛けた。
「ど、どうしたのよ、飛鳥?」
「お、おいどこ行くんだよ東雲」
「…早退する」
そう答えた時には、既に行き先は決めていた。
教室を出る。
廊下を歩きながら、スマホを取り出し検索履歴を見る。
─中村製鉄工業。
以前なんとなく調べた会社。
黒い仮面ライダー、レムナントの名前が唯一記載されていた場所。
別に、会いたい訳じゃない。
少し気になっただけ。
あんなに言われて悔しくないのか。
そんな想いを抱えながら、春の日差しを浴びる。
* * *
──中村製鉄工業・事務所。
「「…は?」」
事務所の中に、数秒の沈黙が落ちた。
「わかった。すぐ行くから待っててもらってくれ」
中村は作業員の男に伝えに行かせ、眉間を押えつつ希望の方を横目で見る。
「…お前、なんかしたのか」
「知らないっす」
中村の問に対し、食い気味で返答する。
嫌な予感しかしない。
「とりあえず行くぞ」
(…面倒くせぇ)
中村に背中を押されるようにして、希望は重い足取りで事務所を出た。
工場の入口。
そこには油と汗で汚れた作業着の男たちが、遠巻きにざわついていた。
「マジで東雲飛鳥じゃん!」
「俺サイン貰お」
「テレビで見るより可愛いっ…」
その中心に立っていたのは、制服姿の東雲飛鳥。
肩に鞄を掛け、場違いな程に整った容姿で工場を見回していた。
「いやどうも!東雲さんですよね?こんな所へ一体何を!」
中村がゴマをすりながら、愛想良く前に出る。
飛鳥は小さく頭を下げる。
「…急に来て、ごめんなさい」
その声に男たちはざわつく。
「めっちゃ礼儀正しいな…」
「そんな所も推せる…」
希望は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
騒ぎの中心には近づかない。
触らぬ神に何とやらだ。
作業着のポケットから煙草を取り出すと、工場の隅にある喫煙スペースへと足を運ぶ。
火を付け、深く吸い込んで煙を吐く。
この時だけが至福の一時。
何事もなくこのまま帰ってくれと願っていた。
その時だった。
「…ここに居ますよね、レムナント。」
飛鳥の質問に場が静まり返る。
「た、確かにレムナントはうちのライダーですが…」
「何か御用で…?」
中村は少し冷や汗を垂らしながら慎重に答える。
「誰がレムナントかお答え頂けますか?」
作業員の男たちはお互いに顔を見合せて首を振る。
「…そんなこと言われましても、ねぇ」
中村は、わざとらしく顎に手を当てる。
希望は喫煙所の端で、その様子を横目に見ながら眉をひそめた。
(…頼むから余計なことは言うなよ)
その場から逃げるように、灰皿に煙草を押し付け、気配を消すように一歩下がった。
その時、飛鳥の視線が、ふと工場の端へ流れた。
灰皿に押し付けられた、まだ煙の立つ煙草。
その傍らで、静かに一歩引いた作業着姿の青年。
「──あ」
飛鳥の表情が変わる。
気怠そうに伏せられた目。
面倒そうに逸らされる視線。
無愛想で、やる気のなさそうな立ち姿。
しかし、他の誰とも違って見えた。
「…見つけた」
その一言で場が一瞬で静かになる。
飛鳥の目線の先。
そこには、逃げ場を失った希望がいた。
つづく。




