5話
深夜…と言うにはまだ早い午後9時半、月が静かに空を照らしている。
そんな街全体を見渡せるビルの屋上に、二つの人影があった。
ひとつはフードを被った少女。もうひとつはたばこを吸うくたびれたスーツの男性。
「先日は大変だったんだってな、38番。まさか外出先で拾惑と出会すとは。でもお陰様で、いい情報が手に入ったよ」
そう言うと胸ポケットから1枚の写真を取り出した。 その写真には黒髪の少年が写っていた。その少年を見た瞬間、フードの少女の眉がピクリと動いた。
「この少年に見覚えがあるか?」
少女は目を伏せた。この人はどこまで知っているのか、どのような意図で言ってきたのか…そんな事を考えながら答える。
「……拾惑に出会す前、少しだけ世間話をしました」
「何か変わった事や、感じた事はあったか?」
「…いえ、特には」
少女の回答を聞き、情報が得られなかった事に肩を落とした。たばこの吸殻を携帯灰皿に入れ本題を話す。
「そうか、まぁいい。…この少年はウチの監視対象となった。38番、お前には少年と同じ高校に通い、監視を行ってもらう」
「…私が、ですか?」
少女は思いもよらぬ言葉に、目を丸くした。
「あぁ。かなり数値も安定してきた、もしもの時があってもそれなりの対処はできるだろう?それじゃあ、あとは頼んだぞ…あぁそうだ、この後部長の娘さんの所に行くのを忘れずにな」
言い終わると踵を返し、非常階段へと歩いていく。
「…はい、承知しました」
背中に投げかけた声が届いたのかは分からない。
ガシャンと大きな音を立てて古びた非常階段への扉が閉まる。
緊張が解かれ、大きく息を吐く。そして、ずっと被っていたフードを下ろした。
四芒星を形作られた制御装置が冠の様に載っている。少女の鼓動と同期するようにして赤い光が点滅していた。
「…立場は違えど、似た者同士の君となら…もしかしたら、お友達になれるかな?」
少女は──38番は、ぽつりと独り言を零した。
───
「全くなんですかこの有様は!人の蠅を追うより、己の頭の蝿を追え、というものですよ!」
とあるマンションの一室──ユウキの自室にて、ルリはユウキと共に散乱した物を片付けていた。
「う…別にいいだろ、自分家ぐらい……どうせ俺一人暮らしだから他に人来ないし…」
「そういう訳には行きません!こういう細かい所から生活リズムや自己戒律が崩れていくんです!それに、これからは私が遊びに──…いえ、定期的に確認しに来るので、そこん所よろしくお願いしますね!」
ユウキは面倒だな…と思いつつも、いつかはやらないとと思っていた節もある為大人しく部屋の掃除を続ける。
数時間経ち、日も暮れてきた頃。ようやくルリが満足するラインまで部屋が片付いた。
「ふぅ、綺麗になりましたね!……あの、ちょっと気になってたんですけど…」
歯切れが悪そうにルリが口篭る。
「?何だよ、変なものでもあった?」
「……兄様って、もしかして、お金持ちなんですか?」
思ってもみない質問に、ユウキは思わず笑った。
「だ、だって!まだ高校生なのに一人暮らししてるし…それもこのマンション、入口に黒服の人とかいたし!それに、部屋の中の物も教会では見た事ないようなものばかり…」
「あははっ、色々とまぁ、複雑なんだよ。…俺の実家、先祖代々立派な警察官なんだ。名家とか言われて、親父も祖父も、他の兄弟達も皆優秀で…そんな中なんの才能も無かった俺は、居場所がなくて逃げ出したんだ」
「ご、ごめんなさい…あんまり話したくなかったですよね……」
ルリは踏み込みすぎた、そう言わんばかりに口を噤みしゅんと肩を落とす。
「別に、気にしてないから……ルリを見てると、妹が幼かった時を思い出すよ」
「妹さん…その、もし良ければ聞かせて欲しいんですけど、どんな方なんですか?」
ユウキはリビングの戸棚から額縁に入った写真を取り出した。
その写真には、大きな桜の木を背景に幼いユウキとユウキそっくりの少女が写っている。
「凄くそっくり…まさに瓜二つ、ですね」
「妹…シヨウはまさに天才だった。大抵の物事は一度見るだけで完璧に覚えて、身体能力も二つ年上の俺が勝ったことは一度もないぐらい優れてる。それなのに、何も気にせず俺とも仲良くしてくれた。…まぁ、それも五年前までの話なんだけどな。最近だと連絡取ってないし…」
「兄様より二つ年下…と言うことは、中三でしょうか?それなら、私と同い年ですね!」
「…え?ルリってそんな年なの?」
ユウキは改めてルリを見る。幼さの残る童顔に小学生と並んでも遜色ない小さな背。だが、なぜか胸だけは発育している為少しアンバランスに見える。
「そんなとは何ですか…逆に何才ぐらいだと思ってたんです?」
「……中一ぐらいかと…」
「そ、そんな…!そこまで私、小っちゃいですかね…」
ガッカリしたように肩を落とす。それと同時にアホ毛が垂れていた。
「まぁ、とりあえず私の事は置いといて…まずはどうやってシヨウさんとアポイントを取るかを考えないとですね!」
「…は?待て待て、何の話だ?」
「だって兄様、またシヨウさんと仲良くなりたいんでしょう?流石の私でも、さっきの話を聞けば何となく分かりますよ。学校とかはどこに通ってるんですか?もしかしたら教会に同じ学生とかいるかも──」
「か、勝手に話を進めないでくれ!シヨウの事はどうもしなくていい!俺が何とかするから!」
ルリはじっとユウキの目を見つめる。
「な、なんだよその目は…」
「兄様はもう少し、自分に素直になるべきじゃないですか?私とて、兄様と姉様の仲が悪いのは少々居た堪れませんし」
「…そう、なのかな……」
ソファに腰掛け、最後にシヨウと会った時の事を思い出しながらユウキは考える。
「そう言えば…兄様の通う高校は中高一貫でしたっけ?もしかして同じ学園に通っていたり?」
「あぁ、ここから二駅先の松笠学園だよ。俺は高等部で、シヨウは中等部だよ」
「それなら、思い切って昼休みにでも顔を出してみたらどうですか?」
「…唐突過ぎないか?喧嘩別れして五年近く会ってない兄が突然昼休みに押しかけてくるとか…」
ルリはバッと椅子から立ち上がり言った。
「多分大丈夫ですよ!こういうのは勢いが大切ですから、明日頑張って行ってみてください!私は次の作戦を考えときますから!」




