2話
目を開けると、知らない天井だった。
「……生きてる…のか…?」
身体を起こし辺りを見渡すと、四畳ほどの空間にベットと小さな机の置かれた簡素な作りの部屋だった。 古びた鉄格子の窓から日が差していた。
「……んんぅ…あ、起きたんですね…おはようございます……」
「…?って、うわぁ?!」
同じベットにルリが横たわっていた。白いワンピースを着て、眠たげに目をこすっている。どうやら一緒に眠っていたようだ。
「あ、あの…ここは一体?というか、何故同じ布団に…?」
ユウキは倒れる前のことを思い出す。確か怪物に襲われ、死んだかと思ったらこの子に生き返らせてもらって他のシスターの助太刀で怪物は倒されて…そして、急に気を失った。
恐らくここは修道院…なのだろう。とても病院には見えない。
「そんなの決まってるじゃないですか、シスター修行ですよ」
「…?ごめん、話が見えてこないんだけど」
「ふわぁ…んん、眠い……とりあえず一眠りしてからでもいいですか…」
そういうとルリは布団に潜って行った。
「……他の人探すか」
ユウキはルリを残し部屋を出た。
部屋の外は長い廊下が繋がっていた。等間隔に扉がある事から恐らく先程の様な部屋が七部屋ほど並んでいるのだろう。突き当たりで曲がると、少し奥に大きな扉が見えた。
その扉の方から微かにピアノの音色が聞こえる。名前は分からないが、なんとなく聞き覚えのあるクラシックが演奏されているようだった。
その音色に導かれるようにその大きな扉を開く。すると、体育館ほどあるのではないかと思うほどの大きな大聖堂が暖かな光に満ちていた。
淡く輝く蝶がそよ風の波に流されて飛んでいる。
そんな幻想的な空間の中心に、ステンドガラスで作られたピアノを演奏する女性が居た。
「…あら、目が覚めたのね、子羊ちゃん♪」
どこか見覚えのある女性だった。
「あ、あなたは確か…」
「要 蘇枋…一応、ルリちゃんの師匠よ、よろしくね♪昨日はごめんね、急に巻き込まれて大変だったでしょう?」
鍵盤蓋を閉じ、優しく微笑みながらゆっくりと歩いてくる。
「ルリちゃん…からは多分何も聞いてないわよね?色々気になる事があると思うから、少しこっちでお話しましょうか」
大聖堂から先程歩いてきた道を少し戻り、小さな小部屋に案内された。
部屋の造りは最初目が覚めた小部屋と似ているが、少し広く六畳半程あり家具にも少し装飾がなされ、かなり綺麗に整頓されている部屋だった。
椅子に腰掛けるよう促され、少し待つとコーヒーの匂いが漂ってきた。
「インスタントだけど、かなりお気に入りの物よ♪良ければ召し上がってちょうだい」
「ありがとうございます…その、色々聞きたいことがあるんですけど──」
「──もしも、人の負の感情から生まれる怪物が居るって言ったら、あなたは信じる?」
スオウは少しだけ鋭い表情に変わった。
「え…?負の感情から、ですか?」
「えぇ。これから色々と話す上で一つだけ覚悟を決めておいて欲しいの。昨日、黒い怪物と戦ったでしょう?あれは…3人の人間が変化して出来たものなの。」
ユウキは喉の奥が微かに熱くなったのを感じた。
昨日の怪物…身体の作りは確かに人間に似ていたが、とても人が変化したものとはにわかに信じ難い。
それに、もしもそれが本当だとしたら──
「……その人達は、死んだんですか?」
「…えぇ。あなたが見ていた通り、私が殺したわ」
信憑性は確かでは無い、だがスオウの表情は嘘や冗談を言っているようにはとても見えない。
心臓が強く脈を打つ。理由はよく分からなかった。
段々あの時の記憶が蘇ってくる。スオウが応戦に来る前──ユウキが戦った時、何度か傷をつけた。その時の苦しそうな呻き声が頭の中で再生される。
「私達の役目は、不幸に堕ち、怪物となった人…【拾惑】と呼ばれる怪物を救済事。あの子と…ルリと契約を結ぶのなら、これはあなたの役目にもなるという事よ。それを承知出来るのなら、ちゃんと説明するわ。…もちろん、断っても大丈夫よ。その場合は昨日からの記憶を消させてもらうけれどね」
「その、変な質問かもしれませんけど……なんでスオウさんはその役目を負っているんですか?」
「……私?…話してもいいけど、大した理由じゃないわよ?」
そう前置きをして、ひとくちコーヒーを啜ったあと目を逸らしながら語った。
「……好きな人が、教会に居たから、よ」
「…え?」
意外な動機はユウキは驚いた。何となくこういう教会にいる人はそれなりの理由があると思っていたが…そうでもないのかもしれない。
「ど、動機は不純かもしれないけれど、これでもちゃんと信念は持っているのよ?だからその…言いたいのはあまり気負う必要はないってことよ。どんな目的で、裏で何を思っていたって人の役に立つことや正義を貫くことはできるの」
スオウはコーヒーを継ぎ足しながら話を続けた。
「拾惑は負の感情から産まれるの。基本的にいくつもの負の感情が重なり、ある一定の値を超えたらその大きな要因となった人達が溶けて混ざり変化するの。そして、拾惑となった人は自我を失いもう元に戻ることは出来ない…私の知る限りではね。そして拾惑になる前の…いわば生前に最も望んだ行動を取ることが多いと推測されているわ」
「……元に戻らない…」
「どう?どうしたいか、決めれそう?」
少し迷いもあったがスオウの話を聞き、ユウキの中で考えはまとまった。
恐怖心がないかと言われれば嘘になる。
だが、あの時…一度死に、ルリに初めて出会い光を掴んだ瞬間。
ずっと空白で無価値だった自分に、初めて価値がある気がした。
「…はい。覚悟はもう、あの時…ルリに出会った時に決めました。俺にも手伝わせてください」
スオウは少し驚いたように目を見開いた。そしてすぐに笑みを零し抑えきれないように少し笑った。
「ふふっ…なんだかあの子そっくりね。あなたが選ばれた理由が少し分かったかも」
「あの、ルリも言ってたんですけど…選ばれたとか、救世主だとか、一体なんの話なんですか?」
「…えぇ、それは──」
スオウが言いかけた途端、ドアが勢いよく開けられた。
「大変です師匠!兄様が何処か居なくなってしま…ってあれ?!こんな所に?!」
寝癖の酷い頭でルリが慌ただしく入ってきた。
そしてユウキの姿を見て、驚きと安心が混ざったような表情を浮かべた。
いつから俺はこの子の兄になったのだろうか…とユウキは思った。
「…ルリちゃん、ちゃんと扉を開く前にノックをしてって言っているわよね?」
「…へ?あっ…もしかして大事な話だったとか…?あ、あの、ごめんなさい!!」
勢いよく扉を閉め出ていった。何だか忙しない子だな…とユウキは思った。
「ふぅ…少しお腹すいちゃった、もうこんな時間だし続きは食事の後にしましょうか♪」
スオウはそう言ってドアの方へと向かう。ユウキもその後ろについて行こうと席を立った。
「…そうだ、一つだけ覚えておいてね。私達も傍観者じゃないって」
含みを持たせるように言い、食堂へと向かう。ユウキもその背を追っていった。




