1話
不幸とは何か。
その答えはきっと千差万別で星の数だけあるのだろう。だが、広く定義付けるとしたら──文字の通り、幸福と思える物がない、もしくは幸福に気付かない事なのだろう。
だとしたら──もしも幸福と思えるものを失ってしまったら、永遠に不幸から抜け出す事は出来ないのだろうか。
チャイムが鳴った。目覚まし代わりのその音で、ユウキは目を覚ました。
見渡すと既に教師は去っており、下校の準備をする生徒達が見て取れた。
「おはよーさん、もう下校の時間ですよ」
後ろの席から声を掛けられた。赤みがかった茶髪の青年、アヤト。ユウキの親友だ。
「…悪い、ノート貸してくれ。次の数学のテスト、割とまずいかもしれない」
確か、眠る直前に数学の教師が今日の授業がテストで重要だとか言っていたのを思い出した。テスト自体は1ヶ月ほど猶予があるが、前回も寝過ごしていた為割と焦らないとまずいかもしれない。
「お前の妹」
「…は?」
「お前の妹…シヨウちゃんを俺に紹介する事で手を打とうじゃないか」
ニヤニヤとしながらうざ絡みしてきた。紫陽は2つ年の離れたユウキの妹だ。
「シヨウちゃん、性格もいいし頭もいい、それに顔もいいときた…まずはお友達から、是非とも仲良くさせて頂きたい所存!という訳で紹介よろしく義兄ちゃん?」
「気色悪い呼び方すんな。というか、大体俺に言ったってアイツが許可する訳ないだろ…」
「はぁ、仕方がないなぁ…それなら、今回だけ焼肉定食で手を打ってやろう」
無事、ノートを借りる事に成功した。
少し雑談した後、ユウキは先に学校を出ることにした。アヤトは所属する委員会の仕事があるようだった。
電車に揺られる事十分。ユウキは家と真反対の方向へ向かっていた。今日はひっそりと応援しているバンド、ファストラの1stシングルが発売される日なのだ。
足取りも軽快にしてCDショップに着いた。
ずらりと並ぶジャケットの中に、目的のものを見つけ手に取る。最近では珍しくサンプルが置いてあったため、とりあえず試聴してみることにした。
「──あの…」
軽快な音楽が頭に流れてくる。ボーカルもさることながら、ポップなリズムで明るさを描きつつも重低音で地に足つけているような重さも演出されている。なんと奥深い構成だろうと思いつつ耳を傾ける。
「あの……」
「っ?!あ、気づかなくてすみません!」
フードを被った少女に話しかけられていた。完全に夢中になっていて気づかなかった。
「いえ、こちらこそすみません…その、もしかして…ファストラのファン…なんですか?」
フードの隙間から不安げに瞳を覗かせる。微かに揺れるその瞳は、とても美しかった。
「え、えっと……まぁ一応…」
「……!!やっぱりそうなんですね!私も実はファンで……も、もし良かったらなんですけど──ここじゃ騒がしいので、カフェとかで少し一緒に話しませんか…?」
「え?…えっと……」
唐突すぎる提案にユウキは困惑した。どこかで宗教勧誘などの手口がこんな感じだと聞いた事がある。きっとその類いなのだろう……が、少女はかなり美人だった。
「ごめんなさい、急に変ですよね。ただ…その……すこし、寂しそうに見えたので、話し相手になれたらなって──」
「少しだけなら…大丈夫ですよ」
微かな可能性──本当にファンであり、善意で誘っている可能性の誘惑には抗えなかった。
「ふぅ…今日はありがとうございました!こんなに人と話したの久しぶりかも…あ、一応連絡先渡しときますね」
「は、はい…ありがとうございました」
なにか勧誘される訳でもなく、喫茶店で1時間程語り合った後に解散する事になった。
フードの少女──翡翠と名乗った少女はとても気さくで話しやすい性格だった。あまり他人と話すのが得意でないユウキでも語り合える程に。
「…あ、お節介かもしれませんけど──もしも、なにか悩み事や不安な事があったら、いつでも相談してくださいね!力になれるかは分かりませんが…相談役にはなれると自負していますので」
「え?な、なんで急に──」
「それじゃあ、また!」
そういうとヒスイは足早に去っていった。
なぜ急に相談してなどと言ったのだろうか。そんなに悩みがありそうな顔をしてたのか?と思った。
「…不思議な子、だな」
路地を曲がりヒスイの姿はもう見えない。だがさっきまで彼女のいたその空間をユウキはただ眺めていた。
自分も帰るか、そう思い踵を返す。その時だった。
ドン…と、地面を大きな金槌で叩き付けるような音と衝撃と共に同時に誰かの叫び声が聞こえた。
揺れる地面の振動を感じながら振り向くと路地の向こうの建物がまるで怪物に蹴られたかのように倒壊していた。
只事でない事が一目瞭然だ、即座にこの場から立ち去り避難するのが得策だろう。だが、先程別れたばかりのヒスイの事が気になった。倒壊した建物や先程の音の方向に向かっていたはずだ、巻き込まれていないだろうか。
そうしばらく迷っていると、遠くにフードを被った人影が見えた。その影は、未だ音と衝撃が鳴り止まぬ方へ向かって行っていた。
「っ、なんで…!」
気づけば走り出していた。自分に何ができるかは分からない。もしかしたらただ巻き込まれてしまうだけかもしれない。けれど、見てしまった以上彼女を見過ごす訳には行かない。
逃げ惑う人達の波に逆らってコンクリートの破片の散らばる商店街を駆ける。ヒスイの姿は見失ってしまった。
「っ、はぁ、はぁ……一体どこに…?!」
商店街の少し先、なぎ倒された電柱に散乱する瓦礫の山。その上に、怪物が居た。
5m程ある四足歩行の大きな口をもった目の無い怪物は黒く輝いていた。
ユウキの姿に気付き、こちらに走って向かって来た。急いで逃げようと走るも、怪物の方から飛んできた瓦礫に足が挟まれその場で倒れた。
「……っあ…ああ」
声を張り上げようとするも掠れた情けない声しか出ない。
怪物が手を振りあげ、ユウキは死を直感した。
鈍い衝撃と共に、意識を失う。
ユウキは死んだ。
何も感じない。
暗さも何も分からない空間だが、自分がただそこにいて、立っているという感覚だけ残っていた。
ユウキは宛もなくただ歩いた。
これが正しいのかは分からない…だが、歩けばなにか見つかるような、そんな気がした。
どれぐらい歩いただろうか。かなり進んだ先で、微かに光が見えた。
「─うやく──会え─した──」
遠くで少女のような声がした。その声に連動するように、光の輝きが増していく。
「─救世──、─覚めの─で───」
星のように輝く光に手を伸ばした。
「──っ?!」
全身に電流が流れるような感覚が走り、ユウキは目を覚ました。
「…生き……返った…?」
身体を起こし、全身を見る。先程潰されたはずの足も綺麗に元の状態へと戻っていた。むしろ、今までよりも調子が良いまであった。
「やっと、出会えましたね!」
何が起きたのか理解できずにいると、後ろから声が聞こえた。その声は、先程何もない空間にいた時遠くから聞こえてきた声だった。
振り向くとそこには、銀髪のシスターのような格好をした中学生ぐらいの少女が立っていた。
「まだ目覚めたばかりで何が何だか困惑されているでしょう、分からないことだらけかもしれません…ですが!」
自信満々に胸を張りながらキラキラと輝く瞳で見つめてくる。
「あなたは、選ばれし救世主なのです!さぁ!私と共に世界を救いましょう!」
満面の笑みで少女は言う。
「これを掴んでください!この星は貴方を導いてくれるでしょう」
そういうと少女は胸の辺りに手を添え、祈るようにぐっと握った。その瞬間光が溢れだし、手を開くとそこには1つの星が輝いていた。
「これ、は…──っ?!」
星に気を取られていると、遠くから大きな破裂音が聞こえてきた。恐らく先程の怪物だろう。
「この星を掴めば、貴方はあの怪物をも打ち倒せる力を得るでしょう…さぁ!早く受け取ってください!」
ユウキは迷った。だが、すぐに決意した。
特段、正義感が強いわけじゃない。人を救う事に幸福を感じるタイプでもない。ただ、何となく…この星を掴めば、自分という存在が認められる気がした。
思い切って手を伸ばし、星を掴む。
すると、淡く輝き星が剣のような形へと変化した。
「──!さぁ、我が主よ!共に悪を滅しに行きましょう!」
「っ…あぁ、行こう!」
足早に怪物の方へと向かう。不思議と体が軽く、身体能力が上がっているようだった。
後ろからシスターの少女も走って着いてきていた。
何度か角を曲がり、瓦礫の上を渡りながら進むと、淡く輝く怪物の姿が見えた。
そして、その足元にフードの少女──ヒスイの姿があった。
「─ぁ…いや…私─…私は───」
大きな手を振り下ろした瞬間、間一髪で間に入り込み手を切断することに成功した。ヒスイは完全に怯えきった表情で、何故か瞳に黒い輝きが見えた気がした。
「あ…なんで…君が…──」
「俺に任せて、早く逃げろ!駅の方に走れば他にも人が避難しているはずだ!」
ヒスイは迷いながらも走って駅へと向かった。
怪物の方はというと、先ほどまでの間に切り落とされた手が再生されていた。何なら、先程よりも体全体が肥大化しているように見えた。
手を切断された恨みからか、攻撃が先程よりも凶暴化している。いくら身体能力が上がっているとはいえ、戦闘とは縁の遠い生活を送ってきたユウキには対応する術を持ち合わせていなかった。
大きな手足を使い、縦横無尽に攻撃が飛んでくる。
一回目は手をぐるりと回し横薙ぎに、周辺の建物事巻き込んできた。瓦礫がホコリのように舞い細かい破片が身体に打ち付ける。だが、何とか致命傷は防げた。
二回目は自らの図体を活かし、大の字に体を広げ飛び込んで来る。足元に潜り込み足先だけ切断したが、傷が浅くすぐに再生されてしまった。
そして、最後に渾身の一撃を仕掛けてきた。先程の戦い方を応用したのか、手で薙ぎ払い瓦礫を舞わせてこちらの機動性を下げてから高く飛び全身で叩き潰さんとして落ちてくる。ユウキは回避出来ず、足が叩き潰された。
「ぐぁ…ぅ……」
不思議と強烈な痛みは一瞬だった。ただ、まるで炙られているかなような熱さが身体中に広がった。
「私に──お任せ下さい!」
少女の声がした。すると、叩き潰され原型を留めていなかった足が淡く光り輝き再生した。
浅くなっていた呼吸が体が酸素を求めてか激しくなり、再生した部分の周辺が微かにじんじんと熱い感覚が残っている。
呆然としていると、再び怪物が手を振りあげようとしていたため急いでその場を離れた。
「どうですか!私の力は!私が近くに入れば、怪我をしたって、死んでしまったってへっちゃらです!」
「大事な事は早く言ってくれ…!」
少し離れた場所から少女が叫ぶ。気絶していただけだった…と思いたかったが、彼女のこの再生能力を見ればやはり先程は一度死んだのだろう。
再生するとはいえ、ユウキとて痛いのは嫌だ。あまり攻撃に当たりたくはない。
怪物がさらに凶暴化し、いよいよ手がつけられなくなってきた。
「一体どうすれば──っ?!」
怪物の意識が少女方へと向いた。
「…へっ?!私ですか?!」
急いで少女の方へと向かう。だが、一足遅かった。
口を大きく開き、少女を丸呑みしようとする。その時、淡い光が空から飛んできた。
「待たせたわね、子羊ちゃん♪さぁ、良い子はおやすみの時間よ」
怪物に光が絡みつく。細い糸状の光だが、怪物は身動き取れずにもがいていた。
もがく怪物の頭に、1人のシスターのような女性が飛び降りてきた。
そっと頭を撫でるように手を置くと、怪物の体が淡く星のように輝いた。
「どうか、安らかに。」
そう彼女がいうと、怪物は糸が切れたように倒れた。
「スオウ師匠!助けに来てくださったのですか?!」
「ルリちゃん、怪我は無い?大丈夫だった?」
どうやら、少女の知り合いのようだ。恐らく同じ修道院なのだろう。
「あら、貴方は──」
「師匠!ようやく見つけたんですよ!この方こそが、私の救世主です!」
少女がユウキを指して嬉しそうに語る。救世主…かどうかは良く分からないが、誇らしげに語るのを見ると悪い気はしなかった。
「あ、そうだ!自己紹介を忘れていました──私はルリ、碧星 瑠璃です!教会の見習いシスターであり、これから貴方の相棒となるシスターです!あなたは?」
「あぁ、俺は雷電 祐樹。えっと…よろしくね、ルリちゃん」
ルリに手を差し伸べられ、握手を交わした。 スオウ師匠と呼ばれていた女性にも話を聞こう…そう思ったのだが顔を上げた瞬間、疲労からなのか平衡感覚を失い、ユウキはそのまま意識を失った。




