18. ダスティン・シス・オスロレニア公爵
国に追われるエストが、ふらりと公爵様に会いに来て良いのだろうか。いくら友人とはいえ、捕まったり追い返されたりはしないのだろうか。
そう不安に思ったが、エストは堂々と訪問し、応対してくれた執事さんとやらもなぜかエストを歓迎してくれて、あれよあれよという間に二人は応接間だという部屋に通された。
この部屋だけで恵麻が日本で暮らしていた1Kのアパートより広い。
エストが座るソファも高級そうで、うっかり傷付けては恐ろしいと、恵麻は特に意識して爪をしまい、エストの膝の上で丸くなっている。
「ラナ、大丈夫?」
「緊張する。公爵様だなんて、普通に生きてて会うことないと思ってたし。エスト、なんで先に言ってくれなかったの…」
「ごめんごめん。領主だって伝えたときに、公爵だとも言ったつもりだったんだよ。ダスティンとは幼馴染のようなものだから、緊張する必要はないよ。彼は多分味方だし、味方でなかったとしても、大士に突き出すようなことはしないはずだ」
「それなら、まぁ…良いんだけど。私のことも話すの?」
「味方で、協力してくれるなら、かな…」
「じゃあ、とりあえず私は猫らしくしておくね」
恵麻はエストの膝の上で箱座りをした。
猫になって、やってみてわかった。箱座りって、落ち着くのだ。
その後しばらくして、部屋の扉が軽いノックのあとすぐに開かれた。
開かれると同時に長身の男が飛び込んでくる。
「エスト…!無事だったのか!!」
「ダスティン。お久しぶりです。この通り、生きてますよ」
「お前…!」
ダスティンと呼ばれた男は、一度見たら忘れられないような外見をしていた。
ものすごく背が高い。エストも結構長身だけれど、彼の頭ひとつ分くらい大きい。
そして真っ赤な、燃えるような髪。瞳は明るい赤茶色。意思の強そうな目元に彫りの深い目鼻立ちが、ともすれば彼を強面にしている。
公爵様と言うより軍人とか、騎士団長とか、そういった雰囲気のある人だ。
ダスティンはエストにつかつかと歩み寄ると、がしっとエストの肩を掴んだ。
一瞬、緊張が走る。恵麻も警戒して、ぶわりと毛が逆立った。
「…良かった、生きていて良かった…!くそっ!お前、俺がどれだけ心配したと思っている!」
「すみません、何せ命からがら逃げおおせたので、無事を知らせることもできなくて」
「それはそうだろうが…。少し痩せたか?どんな暮らしをしていたんだ」
ダスティンという男はどうやら本気でエストの身を案じていたようだ。
少なくとも敵ではないと判断した恵麻は、改めてエストの膝に座り直した。
「一体何があって、どうやって生き延びて、そしてなぜ今俺のところに来たのか…その、猫と一緒に。どういうことか、説明してくれ」
「ええ、そのつもりです。とりあえず、結論から。私はダスティンに味方になってほしくて、ここに来ました」
「…聞かせろ」
エストは説明した。恵麻が人間で器だということは伏せたが、それ以外のことはほぼ洗いざらい。
大士の陰謀のこと。今の精霊塔が腐敗に満ちていること。命を狙われ、精霊の森で恵麻と出会い、あくまで気の利く猫としてだが、恵麻に助けられ、シェドに会い、大士の陰謀を止めるため、ここに来たこと。
「なんというか…正直、俺はあの大士とやらのことは昔から胡散臭くは思っていた。が、そこまでだったとはな…」
「ええ。もはや彼が自ら止まることはないでしょう。誰かが彼を止めなければ、この国は彼のものだ」
「…辛かっただろう、エスト」
「私は大丈夫です。ラナがいてくれましたから」
そう言うとエストは恵麻をそっと撫でた。
恵麻は今あくまで普通の猫という設定なので、おとなしく撫でられておく。
「なぜ猫連れなのかと思ったが、そういうことだったのか。それにしてもお前、何と言うか、顔がまずいぞ。緩んでる。そんなに猫好きだったか?」
「彼女は恩人ですし、それに、可愛いじゃないですか」
「まあ、確かに、美しい猫だとは思うが。お前の女性ファンが泣くだろうな」
「そんなものは知りませんよ」
やっぱりいるのか、女性ファン。この顔だ、当然だろう。ファンクラブや親衛隊くらいいそうだ。
森での生活からずっと一緒にいるおかげで恵麻は大分慣れてしまったが、エストがその気になれば、微笑み一つで女性を落とせる気がする。
「…で?俺に味方になってほしいってのは、どういうことだ」
「そのままの意味です。私はこの後、大士を止めなければなりません。シェドバーン様ともそう約束しましたしね。しかし、やはり一人では、限界がある」
「大士にはすでに、陛下が賛同しているのだろう。お前も分かっていると思うが、俺は王家の傍系だ。その俺が表立って動くことは、陛下にとっては見過ごせない勢力となる。…国が荒れるぞ」
「陛下ご自身をどうにかするつもりはありません。敵は大士だけです。陛下には目を覚ましていただきたいだけだ」
「そう簡単には行かないだろう。大精霊様の封印を止めることには賛同するが、大士の更迭は慎重に動かなければ。内乱は避けるべきだ。俺は簡単には動けない」
「おや。貴方がそんなにあほだとは思いませんでしたよ」
「アホってお前…」
「私は大士がいかに執念深い男か、知っています。彼にとっての手駒を育ててきた時間を考えれば、彼の計画は20年来のものだ。今回の封印を止めたとしても、大士がいる限り、彼は陛下をそそのかし続けるでしょう。陛下も不安に揺れている。技術の発展は確かに大事ですが、精霊を蔑ろにすれば、国は簡単に滅びますよ。精霊達には、それができる」
「…」
「新しい技術も、それ自体は素晴らしいものです。でも、それは精霊と共存すべきものであって、精霊を殺すものであってはならない。我々は彼らの土地に住まわせてもらっているのだから」
エストはまっすぐとダスティンを見据えて言い切った。
「シェドバーン様にお会いして、私は確信しました。大精霊というものは、やはり人とは相容れない。彼らの琴線に触れれば、国など簡単に吹っ飛ぶ。今まで彼らがそれをしてこなかったのは、あくまで、人間がそこまで彼らにとって害のある存在ではなかったからです。…封印などすれば、確実に、彼らは人を敵とみなす」
「あの大士が、それを理解していないとは思えないがな」
「理解した上で、越えられると考えているのでしょう。それほどの力のある霊術具を、手に入れている可能性が高い」
「…俺が協力したとして、大士をどうしたいんだ?」
「良くて一生幽閉か、国外追放。悪くて…死んでいただくしかないかと」
「お前…!」
ダスティンが驚愕の表情でエストを見る。
エストは、決意に満ちた目をしていた。
(エスト、殺したりはしないって…)
思わず恵麻は声をかけたが、エストはにこりと微笑むだけだ。
「もちろん、最悪の場合です。でも、避けられないなら、やるしかない。先程話した通り、彼の手の者はかなりの数の有力貴族に食い込んでいます。影響力を断ち切るには、苛烈な手段も、必要になる」
「…エスト、お前、変わったな」
ダスティンが呟く。
「…今までが、腑抜けだっただけです」
「いや、悪い意味じゃない。今までのお前も、俺は好きだったよ。でも、何と言うか…性格が悪くなったな」
「…誉め言葉と受け取っておきます」
「誉め言葉だよ」
ダスティンがニヤリと口角を上げる。
「人の上に立つには、清濁併せ呑む腹が必要だ。今のお前なら、それができるだろうな」
「…人の上に立つ気はありませんよ。あくまで、大士を止めたいだけです」
エストはすっと目を逸らして答えた。
その後、二人は計画を立て始めた。
二人の目的はあくまで、大士を止めることであって、現王家を倒す気などない。
ダスティンは陛下の説得を。エストはそれを裏付ける証拠を抑えることと、大士を止める算段。
頭上で二人の男が計画を立てる様を眺めながら、しかし猫の体の恵麻は、だんだんと眠くなってきてしまう。
思わずあくびをすると、エストが気付き、恵麻を抱き上げた。
「ラナ、ごめんね、長くなって。ダスティン、ここ、借りて良いかな」
エストは部屋にあった一人掛け用のソファに、恵麻を寝かせようとしている。
(申し訳ない…真面目な話しているのに、ごめんね)
「仕方ないよ、ラナは猫なんだし」
エストがそう言うと、ダスティンはそれなら、と声を掛けた。
「どうせお前には客間を用意しようとしていたから、そこで寝かせておいたらどうだ?」
「本当に?それは助かります」
「ちょっと待ってろ。…リック!準備はできているか?」
「はい、旦那様」
リックと呼ばれて出てきたのは、年若い青年だった。先程エストを通してくれた執事さんと同じような格好だから、彼も執事なのだろうか。
「この猫を先に客間に連れていってくれ」
「はい。可愛いですね。ほら、おいで」
青年が人の良さそうな顔で笑みを浮かべて恵麻を抱っこしようと手を伸ばしたが、その手は空を切った。
エストがなぜか、恵麻を抱えたまま、後ずさりしたのだ。
(…エスト?)
「私が連れていくよ。部屋に案内してもらえますか?」
「あ、はい…」
「おい、エスト。リックに任せて大丈夫だ。彼は動物の扱いも得意だ」
「いえ、ラナはちょっと繊細なので」
「はぁ…?」
さすがに大事な話をしている二人の邪魔はできない。
恵麻はエストの腕からするりと抜け出すと、歩いてリックの後をついていく、とジェスチャーをした。
「うにゃあ、にゃあんにゃん」
(この人についていって、ちゃんと部屋で待ってるよ。あとで話、聞かせてね)
恵麻がそう言うと、エストはなんとも微妙な表情で、恵麻に念を押した。
「…ちゃんと待っていてね。迷子にならないようにね」
「にゃー…」
中身は人間の大人なのだから、そこまで心配しなくても。
恵麻は同じく若干呆れ顔のリックと共に、部屋を後にした。




