19. 隠密活動、それは猫が適任
リックに案内してもらったのは、大きなお屋敷の客間の一室だった。
「さあ、ここで待っていてね」
「うにゃん」
ゆっくり昼寝ができると意気揚々と入室した恵麻は、部屋に入るなり、驚愕した。
(すご…!まるでホテルのスイートルーム!泊まったことないけど!)
8畳くらいの部屋を想像していたが、その広さは想像の何倍もある。リビング、寝室、バスルーム、ちょっとしたキッチン設備まであり、大きなソファや備え付けの家具達はこの世界で見てきたものの中でも群を抜いて高級そうだ。
寝室に鎮座していたベッドはなんと天蓋付きで、キングサイズ。
恐る恐る乗ってみると、シーツはさらさら、そしてふかふか。最高だ。
この世界に来て、基本的に野宿か安宿生活だった恵麻は、その温度差に震えた。
(どこで寝たら良いのか…)
広すぎると逆に落ち着かない。
うろうろと部屋を見て回っていると、リックがクスリと笑い、声を掛けてきた。
「落ち着かないかな?この部屋、広いからね。ほら、お水。ここに置いておくよ」
「にゃん」
「…ずいぶんと賢いんだね、君」
(またやっちゃった。普通の猫は返事しないって)
ついついエスト以外の他人にも返事をしてしまう。
恵麻はこれ以上ボロを出さないためにも、水をチロチロと舐め、思い切ってベッドの上でお昼寝をすることにした。
カタン、パタパタ。
扉が開く音や足音のような音がして、恵麻の意識は浮上した。
(良く寝た…)
さすがは高級ベッド。この世界に来て、こんなに熟睡できたのは初めてかもしれない。
寝起きの伸びをしていると、寝室部分の扉が開き、エストが顔を出した。
「おかえりなさい、エスト」
「…ただいま、ラナ。ここにいたんだね」
部屋が広すぎたせいで、エストは部屋についてからも恵麻を探していたのだろうか。
ほっとした表情で近づいてくる相棒に、恵麻は笑いかけた。表情には出ていないと思うけれど。
「すごい部屋だよね。通されたときビックリしちゃった。ベッドの寝心地も最高だよ。さすがは公爵様」
「ふふ、本当だね。部屋が広すぎて、ラナを探し回っちゃったよ」
窓の外を見ると、もうすでに薄暗い。どうやら寝すぎたようだ。
「ごめんなさい、すごい寝ちゃった。話し合いは終わった?」
「とりあえず、今日のところはね。これ、ご飯。ラナ用にもらってきたよ」
「わあい!」
エストは鶏肉を茹でたようなものと、パンをミルクで煮たような料理を持ってきてくれた。
これが猫の食事として普通なのか分からないが、美味しいし有り難い。
恵麻は食事をいただきつつ、エストの話を聞いた。
「これからどうなりそう?」
「そうだね…ダスティンは協力してくれることになったから、色々と動くつもりではあるんだけれど。陛下の説得には、まずは証拠を集めなくてはならない。私の証言だけでは、大士の立場を揺るがすことはできないだろうから。私は今、罪人ということになっているから、尚更」
「そっか…。証拠の当てはあるの?」
「実は私が精霊塔から逃げる前に、大士の陰謀を聞いて、証拠になればと音を記録できる霊術具を大士の部屋に仕込んだんだ。無事に会話が記録されていれば、証拠になると思う。逃げる時に、持ち出せなかったんだけど…」
「えっ!?すごい!じゃあそれを回収すればいいってことだね」
「うん。でも、大士の部屋に潜り込まないといけない。警備は厳重だろうし、どう侵入するか。悩ましいよ」
「大士の部屋に忍び込む必要が有るってことね」
「そうだね。あとは、封印の霊術具そのものも押さえたいけど…こればかりは難しいかな。警備も厳重なところに保管していると思うし」
エストは難しそうな顔をして考え込んでいる。
忍び込むとなると、確かに大変だ。ダスティンの部下に隠密活動ができるような人がいれば良いが。エストは精霊士であって、忍者ではないし。
そこまで考えて、ふと、思い付いた。
「私がやればいいんじゃない?」
「…えっ?」
「だって私、猫だよ。誰も猫なんて警戒しないでしょ」
そうだ。恵麻は今、猫なのだ。
この体なら狭い隙間も通れるし、足音を立てずに歩くことだってできる。万が一ばれたとしても、野良猫が紛れ込んでましたという顔をすれば、追い出されるくらいで済むはずだ。
そう主張したが、エストは血相を変えて反対する。
「ダメだよ!危険だ。何があるかわからない場所に、ラナを向かわせることなんてできない」
「でも、これが最善だと思わない?大士の部屋がどれくらい警備が厳重か知らないけど、人が侵入するとなると大変でしょ。エストは本職の人じゃないんだから、難しいと思うし」
「それは…」
「とりあえず偵察だけでも、やってみる価値があると思わない?部屋の様子とか、エストが置いてきた霊術具がまだあるかとか、封印の霊術具の保管場所とか。探れるだけ探ってみるよ。大丈夫、猫だから。もしばれたらすぐ逃げてくるよ」
「……」
エストは答えない。かなり葛藤しているようだ。
「大丈夫だって。猫だし。ちゃんと帰ってくる」
ポンポンと前足でエストの膝を叩くと、エストはその手を握り、決心した表情で言った。
「…それなら、私も行く」
「はっ!?」
エストが言い出したことに、恵麻は驚いて目を見開いた。
「エストが行ったら危ないから、私が行くって話じゃん!」
「分かってる。現状、それが一番良いのも分かってる。でも、どうしても無理だ。君一人で行かせられない」
「ええ…」
「私は目眩ましの術が使える。万能ではないけれど、少々人目についてもバレない程度には動けるよ。ラナには大士の部屋の探索や情報集めをしてもらうけれど、私はそれを隠れつつ、近くでフォローする。そもそもラナ、部屋の位置とか分からないだろうし、扉を自分で開けられないだろう?」
「…あ、そうか」
「私が部屋まで誘導する。部屋の中を探し回るのは、さすがに危険だから、そこからをラナにお願いするよ。それでどうかな?」
「うーん」
エストが目眩ましの術を使えるのであれば、役割分担をすればリスクは低いかもしれない。
いずれにせよこれはエストの計画だ。彼がそうしたいと言うならば、恵麻はそれをフォローするのみだ。
「分かった。エストがそう言うなら。気を付けていこう」
「うん。ありがとう、ラナ。負担をかけてごめん」
「私がやるって言い出したんだよ。エストはなにも気にしないで。じゃあ、それで詳細を決めていこうか」
しっかりお昼寝をした恵麻は元気一杯だ。
二人はその日遅くまで、計画を話し合った。




