10.嫌な予感は外れない『その拾』宝物庫の選別者、蒐集家の憂鬱
流哉の視点で進みます。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/03/12)
ドワーフの少女、『ミスティ』。
その幼い容姿からは、想像もつかないほどに、古きドワーフとしての知識、とりわけ制作物を見分ける心眼に関しては、主人である神代流哉より遥かに優れている。
彼女の知恵を借りることにした流哉は、まず見せてはならない魔導器と、見せても大丈夫なものを分けることにした。
宝物庫の深奥に眠る、禁断の秘宝たち。
それらは、流哉自身が遺跡や連盟の禁庫から集めたもの、そして祖母・神代月夜の遺産とで構成される。
全てが見せられない、そういう訳ではない。
しかし、そこには見る者に確実な破滅や呪いをもたらす危険な物、見る者の格を問う高貴で意思の宿るモノ、そして、何人たりとも見せるのすら拒みたいモノ。
選別。それは、単なる気遣いではない。
それは流哉の矜持であり、宝物庫へ収めた全てのモノに対する敬意だ。
「まずは、見せても良い物を探すところからだな」
流哉の呟きに、ミスティは首を横に振っている。
彼女は乗り気ではないらしい。
「さっきも言ったけど、そこらへんに放ってあるガラクタを見せるのじゃダメなのか?
私たちからすればガラクタでも、そうじゃないって言ったのは主だろう」
ミスティは、先ほどの会話をよく覚えていた。
しかし、彼女にとって、それはただの雑談に過ぎなかったのかもしれない。
流哉は、まだ言葉を重ねる必要があるらしい。
「できれば……オレの蔵から持ち出したいんだが」
「正気か?」
ミスティは、流哉の言葉を疑った。
「いたって真面目に聞いているが?」
流哉は、真剣な眼差しで答えた。
そこらへんに転がっているモノを見せても、ある程度の納得は得られるだろう。
しかし、魔法使いの持ち物を見せるとなれば、話は別だ。
同じ行動でも、結果は全く異なる。
流哉が魔術師だったならば、そこらへんに転がっているモノを見せても、評価は変わらない。
しかし、魔法使いというフィルターを通すことで、「魔法使いならば、さぞ特別なモノを持っているに違いない」という期待が生まれる。
魔法使いである流哉が、蔵の中のそこらへんに転がったままのモノを見せるわけにはいかなかった。
「ハァ……主がそこまで言うなら選ぶまで付き合うよ。
私としてはそこら辺に転がっているので構わないと思うんだけど、本当に」
ミスティは、渋々《しぶしぶ》といった様子で言った。
「ありがとう、ミスティ」
流哉は、感謝の言葉を述べた。
ミスティは、蔵に転がっているモノを見せるという選択肢を、辛うじて回避してくれた。
魔法使いとしてのプライド。それは、流哉のエゴに過ぎなかったのかもしれない。
しかし、彼には、まだそのような感情が残っていた。
それは、彼が未熟であることの証だった。
これが祖母であったならば、「私の持ち物なんだから、どうでもいいでしょう?」と言い放っただろう。
「月夜だったら、本当にそこら辺に転がっているモノを持って行ったぞ?」
ミスティが呟いた。
「そうだな……祖母さんだったらそうしただろう。オレがまだまだ未熟だって話しなんだろうな……」
流哉は、自嘲気味に言った。
「まぁ。未熟な主を支えるのも私たちの役目だし、今回は主のワガママに付き合うよ」
ミスティは、「仕方のない主だ」と言いながら、流哉の先を歩き出した。
目指す場所は、流哉が集めている魔導器の中でも、一際強力で危険なモノが収まっている、流哉の為に建造された蔵。
祖母の遺品を収めている蔵の隣に作られ、その形は全く同じ。
この場所に住まうモノ達は、この二棟の建物を声を揃えてこう言う。「博物館」と。
ミスティは、父親のバルザスの元から持ち出した鍵を使って、入り口を開場する。
持ち出したとバルザスにバレたら怒られるだろうに、無断で持ち出している辺りを考えるに、常習犯だろう。
今回は、「主である流哉の用事に付き合った」という大義名分がある為、バルザスからの小言を回避することも十分に可能だ。
バルザスの小言が流哉に向くことを除けば……何一つ問題はない。
「開いたぞ」
「ありがとう……」
「礼には及ばないさ」
「さっさと用事を済ませようか」
持ち主である流哉は、当然この場所の鍵を持っている。
そのことを知っているのは、管理を任せているバルザスだけであったことが、ここにきて裏目に出るとは思わなかった。
今度からは、勝手に持ち出さなくても良いように、ミスティには伝えておこう。
「ミスティ、次からは勝手に鍵を持ち出すなよ」
「鍵が無ければ入れないじゃないか」
「主である私が鍵を持っていない訳ないだろう?」
「それならそうと先に言えば良いのに」
「ここへ向かう途中で『先に行っていて』と言って何処かへ行ったのはミスティだ」
流哉の集めたモノの中で、特別なモノばかりが展示されている蔵の中を、ミスティと「アレはダメ」「コレはダメ」と言いながら散策する。
入り口から探し始めて、数刻。その間のやりとりでダメ出しされたもの。
一つ目は「パピルスと岩板の死者の書」。黒いシミのようなものが付いたパピルス紙と、灰色の巨大な石板。
古代エジプト、第十八王朝のとあるファラオに由来する遺跡からの出土品。
見る物全てを冥府へ誘う呪いがかけられており、一目見ただけでも精神が汚染され、発狂する。
「あれは、常人であればまずれ耐えることができずに精神に異常をきたす。
主は廃人を生み出す為にコレを持ち出すのか?」
と、いうのはミスティの弁。論外である。
二つ目は「オケアノスの水瓶」。製法が失われ、再現することの叶わない金属、オリハルコン製の水瓶。
ギリシャ神話群における鍛治の神ヘパイストスの手による製作物とされ、絶えることのない水を吐き出す水瓶。
それは、かつて創造主であるヘパイストスが愛用したという、曰く付きの代物。
「それを持ち出すのは主であっても見逃すことはできない。
それには職人の魂が宿っている。
見るのには相応の格というものが必要だ」
神々が使用したというだけでも厄介な曰く付きだというのに、それをわざわざ持ち出して、厄介な追求を受けたくないという点では流哉も同意だ。
三つ目は「真実の羽とアストライアーの天秤」。神話の時代から存在する、真実を測り、罪に対して罰を下す為の神具。
正義と純潔を司る女神、アストライアーの象徴となる天秤。
その天秤は、人の魂の重さを測る。
正義と真実を象徴とする女神、マアト。そのシンボルは羽であり、かの女神は冥府の裁判官の一人であり、死者の過去の罪を裁く。
その羽は、人の魂が真実を語っているのかを測る。
天秤の一方の皿には、人の魂が乗せられ、もう一方の皿には、真実の羽が置かれる。
天秤が釣り合うのであれば、その魂の罪は真実と等価であると証明され、羽が沈むのであれば、その魂の善行は真実よりも価値が高い証明になる。
もし、魂が嘘をついているか、その罪が断罪されなければならないものであるならば、天秤は傾き、羽は激しく舞い上がるだろう。
以上が、今までにダメ出しをされてきたモノだ。
「なぁ、主よ。一つ聞いても良いか?」
ミスティが、拳を震わせながら尋ねた。
「何でも聞いてくれ」
流哉は、ミスティの言葉に耳を傾ける。
「何でさっきから聞いてくるのがダメ出しをしなきゃいけないものばかりなんだ?」
ミスティの言葉は、嘘なら嘘と言ってくれと言いたげなものだった。
「オレはいたって真面目に聞いているんだが?」
「なお悪いわ!
何で貴重品や魔導器とかけ離れたモノばかりなんだ。
アストライアーの天秤と真実の羽を持ち出すなんて、主は誰かを裁くつもりなのか?」
この神具は、単なる善悪の判定ではなく、人の心の奥底に隠された真実を暴き出す。
それが、秘匿すべき真実さえも。
「そんな意図は一切ない。
たまたま目について、馬鹿にされなくて済みそうなモノを選んでいるんだ」
「分かった。私が提案するから、その中から主が決めてくれ」
ミスティが折れてしまった。
流哉は、黙ってミスティに連れられて行き、その先で選べという事が彼女の決定事項らしい。
自分で選ぶ必要もなくなって、流哉としてはその方が楽だからそれでいい。
「まず、美術品等はダメ。
持ち出しが他の職人にバレたら、主でも面倒なことになるぞ?
古代の兵器等もダメ。
主が使う為に召喚するんじゃなくて、見せる為に持ち出すとか、絶対に父が許すはずがない。
主としては、武器が良いとか、希望はあるのか?」
「そうだなぁ……武器もだが、道具として便利なモノも見せたいと思っている」
「じゃあ、その中から探そう」
流哉の手をミスティが引っぱりながら蔵の中を探す。
基本的には博物館のように飾り付けられており、ガラス板で直接触れないようになっている。
ただのガラスではなく、神秘が濃い時代の、とりわけ神々が地上に居た頃に作られていたトンデモ強度を誇るドワーフ達の自慢の一品らしい。
蔵そのものの主である流哉は例外として簡単に取り出せるような仕様の辺り、手の込みようが常軌を逸している。
「まず武器だけど……主の友人が打った刀剣類はどうだ?
主以外が持っても特に害があるわけじゃないんだろう?」
「ああ。オレ以外が手に取って、持ったとしても能力は発動せず、満足に振る事すらできないはずだ」
「じゃあ、武器はそれで決まり。
確か展示してあるのは……『異世界門の鍵』が展示してある隣だったはずだ。
先に言っておくけど、鍵を持ち出すのはダメだからな」
「見せびらかす為に持ち出す気はないが、少しだけ鍵を取りだしても良いか?」
「何の為に?」
「大切なモノであるのは他と変わらないが、アレを『たまには綺麗に磨けって』この前ロードに言われた……」
「竜のロードに言われたならしっかり磨かないとな。
道具を持ってきてやるから、先に行っていてくれ」
「分かった」
ミスティはまたどこかへと走って行った。
他の場所で寄り道をしていたとミスティに知られたら、ジト目と小言を貰うに決まっている。
真っすぐに、展示してある場所へと向かう。
今回の話し、どうでしたか。
燈華に頼まれたものを探しに行く流哉。
未だにどんなモノを見せるのかを決めかねている様子です。
流哉とドワーフの少女『ミスティ』がどのようなモノを見せると選択するのか、楽しみにして頂けたらと思います。
※三上堂司からのお願い※
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