6.嫌な予感は外れない『その陸』月夜の図書館と砂塵の英雄
流哉の視点で進みます。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、内容の変更、加筆と修正を行いました(2025/03/05)
セレイネが立ち去った後、神代流哉は物音一つ立てずに、しかし確かな足取りで本棚の影へと身を寄せた。
そこは、まるで舞台袖のように、誰の気にも留められない、隠れた場所。
「そろそろ、お出ましの時間だぞ、レクス」
流哉が声をかけると、本棚の影は揺れ、影の中からゆっくりと人影が現れた。
それは、忘れ去られた古代の英雄、レクスウェルその人だった。
「主には、やはり隠し通せなかったか」
レクスは苦笑いを浮かべながら言った。
その表情には、英雄としての威厳よりも、イタズラが見つかった子供のような照れ臭さのようなものが滲み出ていた。
「オレの目は、そう簡単に誤魔化されないさ。
それよりも、随分と居心地の悪そうな場所で息を潜めていたようだが?」
流哉の皮肉交じりの言葉に、レクスは肩をすくめるだけだった。
「まさか。あのセレイネが、そこまで感情を露わにするとは思っていなかったさ。
出て行きたくても、あの場の空気では出るに出れなかった」
レクスはそう言いながら、先程までのセレイネとのやり取りを思い出していた。
古代の英雄といえど、女性の感情の機微には疎いらしい。
「まあ、いい機会だったんじゃないか?
お前が古代でどんなに有名だったか、嫌というほど聞かされただろう」
「英雄、か。そう持ち上げられているが、オレはそうは思っていない。
オレはただ、気に入らない奴に喧嘩を売って、好き勝手に生きていただけだ。
その結果が、自身で立ち上げた国を滅ぼし、友を失い、仲間すら守らず、挙げ句の果てには『名もなき英雄』などと祭り上げられる始末だ」
レクスの言葉には、自責と後悔が入り混じっていた。
彼は、英雄と呼ばれることを、心では受け入れることができないでいるようだ。
「その話しは、また今度ゆっくり聞かせてもらうよ。
今は……この本や雑誌の山を、どう収納するかだけを考えた方がいい」
流哉は、床に積み上げられた本の山を指差した。
「オレたち二人だけでは、とても終わらないと思うんだが」
レクスが溜息交じりに言うと、流哉は肩をすくめた。
「さりげなくオレを巻き込むな」
「ここまで来たのならついでに手伝ってくれよ」
「とりあえずレクスは作業を開始していろよ、オレはセレイネに会いに行ってみるから。
人手を最も欲しているのは彼女だし、お前よりは優先してやらないとな……
レクスを甘やかすなと釘を刺されてしまったし、整理整頓位はできるようにしないと本を追加できなくなるぞ?」
「新しい本が入らないのは嫌だな……分かった、オレの場所くらいはなんとかしてみるか」
レクスはそう言いながら、重い腰を上げた。
「それが当然だ……図書館の仕事を手伝えとは言われて無いんだろう?」
「それはそうだが……戦は得意だが細かいことはどうも苦手でな」
「自分の周りくらいなら何とかしないとな」
「苦手だと言ってばかりはいられないか……」
レクスが作業を始めたのを確認すると、流哉はセレイネのいる司書室へと向かった。
根本的に人手が足りないというのは、流哉自身も分かっていたことだ。
解決すべき課題を先送りにしていたことの責任は、取らなければならない。
図書館の奥深く、静寂に包まれたその場所に、その部屋はあった。
司書室と書かれたプレートが下げられた一室の前、扉を叩く前に流哉は一呼吸置く。
中から微かに物音が聞こえてくる。
セレイネは、まだ仕事をしているようだ。
コンコン、と扉をノックをすると、中から『どうぞ』という声が聞こえた。
扉を開けると、そこには、いつものように落ち着いた雰囲気のセレイネがいた。
「機嫌は直ったか?」
流哉が尋ねると、セレイネは少し頬を赤らめた。
「先程は、子供のような態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、謝らなくていいよ。
ああいうセレイネも、たまにはいいんじゃないか?
普段とギャップがあって、新鮮に感じる」
「恥ずかしいところをお見せました」
セレイネはそう言いながら、視線を逸らした。
この仕草が気恥ずかしさからくるものであれば、可愛げもあるのだろうが、老齢の魔術師にそんなことを求めても意味がない。
切り替えが終われば後はいつも通り。
すぐにいつもの冷静な様子で、流哉と向き合う。
セレイネという女性はどこまでも魔術師らしい。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「今日は、司書長としてのセレイネに相談があって来たんだ」
流哉は、本題に入るために、少しだけ声を低くした。
「人手を増やしてほしいという話しだが」
「検討してくれる気になったんですか?」
セレイネの眉が微かに動く。
彼女は、この図書館の慢性的な人手不足に、長年悩まされ続けてきた。
「ああ……レクスの場所を見て、な。
あの場所にセレイネがかかりっきりになっているのは時間の無駄だろう。
レクスに『自分の場所位は自分で何とかしろ』って言っておいたが……それは期待できないだろう」
「レクス殿が働いてくれるとは思っていません。
私のお願い程度までは聞いてくれますが、それ以上は求めても応じてはくれないでしょう。
レクス殿に一言申して頂いたこと、感謝します」
セレイネはそう言いながら、レクスに対する信頼と諦めが混ざり合ったような、何とも言えない表情を浮かべた。
「アイツの、レクスの本当の役割は戦うことだからな」
「私の役割は図書館を守る事、レクスウェル殿の役割は主の壁となり矛となる事。
ツクヨに与えられた役割を全うするのが、この場所に留まっている私たち全員の存在意義ですから」
セレイネの瞳に宿る光は力強く、その視線は流哉をまっすぐに見つめる。
「新しく人手を増やした方が早いと思ったが、どうだろうか」
「新しい人手が増えるのは好ましいことですから、私は歓迎しますよ。
それで、どのような方を入れてくれるのでしょうか?」
セレイネの興味は既に新しい人手に向いている。
「まだ何も決まっていない。
逆に問うが、セレイネはどんな人が欲しい?」
流哉が尋ねると、セレイネは少し考えてから答えた。
「そうですね。最低限、資料の扱いを知っていることが条件です。
紙の扱いだけでは不十分ですし、様々な媒体の資料がありますから。
それから主に与えられた役割を全う出来ること。
最後に、一定以上の力を有していること。
この図書館の資料は、普通の書物の方が少ないので、力のなき者はいりません」
「なるほど、ドワーフたちと同じようなことを言うんだな……」
流哉が冗談めかして言うと、セレイネはその美しい眉をひそめた。
「私を筋肉バカと同列に扱うのは、いかがなものかと」
「酷い言われようだな。
しかし、セレイネの希望に叶う人材が見つかるどうかは、約束できない。
だが、できる限り期待に添えるよう、努力はしてみる」
「あまり期待せずに、待っています」
セレイネはそう言いながら、微笑んだ。
もう心配する必要はないだろう。
流哉は、セレイネの言葉に、改めて人手不足の深刻さを感じた。
期待せずに待っていると言っていたが、早急に解決しなければならない。
図書館を出ると、目の前には広大な砂漠が広がっていた。
流哉は、砂漠を見つめながら、『人員が増えれば、絨毯で送り迎えをしてくれるのでは』などと考えていた。
しかし、その考えはすぐに打ち消した。
その必要が無いことを図書館入り口付近に不自然にある扉を見て思い直す。
この図書館の入り口付近には、自身の部屋へと繋がる扉がある。
流哉は、その扉を通って一度自室へ戻り、再び宝物庫へ続く扉をくぐった。
今回の話し、どうでしたか。
魔導図書館の司書長を任せられている女性が今回の主役でもあります。
彼女の要望が叶う人材を流哉は見つけてこられるのか。
そこに注目して楽しんで頂けると幸いです。
※三上堂司からのお願い※
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