5.嫌な予感は外れない『その伍』砂漠の図書館と忘れ去られた英雄
流哉の視点で進みます。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/03/04)
祖母の部屋の扉を開けた先に、砂漠が広がっていた光景は、今も鮮明に記憶に残っている。
初めて見る景色に驚いたのは、今となっては懐かしい記憶だ。
初めて祖母に連れられたのはいつだったか。
魔法という概念を知るよりも、ずっと前のことだったかもしれない。
今思えば、あれが神代流哉の最初の神秘体験だったのだろう。
『魔導図書館レア・ステイリア』。
神々がまだ地上を闊歩していた時代、忘れ去られた古き神の一柱、知識の神『ステイリア』が、自身の知識欲を満たすべく、飽くなき探究心を満たすべく、創造した知識の宝庫。
神が趣味の赴くままに造った、知識を留め置く為の場所。
先代の所有者である祖母、神代月夜は、この場所は『無限に増え続ける知識の奔流を、全て受け止めるための器。古き神の傲慢なまでの強大な力と、神秘が潤沢に溢れていた時代だからこそ、建造できた場所』と語っていた。
神代流哉にとっては、祖母から受け継いだ膨大な蔵書を保管する場所であり、これからも増え続けるであろう本の置き場所に過ぎない。
「さて、到着したのは良いが、司書長殿はどこにいるのだろうか?」
レクスウェルは、先に向かったはずの女性を探して見渡す。
先に到着しているはずの女性、この図書館の司書長を務めるセレイネの姿が見当たらない。
彼女が乗って行った空を飛ぶ魔法の絨毯は、図書館の入り口で大量の本を乗せたまま、微かに震えている。
本の重みに耐えかねているのか、若干ふらついている。
「おそらく、お前に頼まれて購入量が増えた漫画類を運んでいるんじゃないか?
小言を言っていたが、本は丁寧に扱うからな」
流哉は、呆れた口調で言う。
セレイネの細腕で運べる本の量には限界がある。
紀元前から生きる彼女は、常人とは比べ物にならない力を持っているが、それはあくまで魔術や魔力を用いた戦闘に限られた話し。
肉体的な構造は、現代人と大差ないだろう。
まぁ、それでも、かつて地上の大気にも満ちていた魔力が少しでもあれば、現代の男なんかじゃ勝ち目が無いほどの力を発揮するのだから……紀元前の人間は化け物ばかりだ。
「とりあえず漫画類や雑誌類は運ぶとしよう。
少しでも手伝っておけば、後で雷が落ちることもないだろう」
流哉は、そう言って、絨毯から漫画の束をいくつか手に取った。
「現代の人間というモノは面白い言い回しをするんだな、『雷が落ちる』だなんて」
レクスが、興味深そうに尋ねた。
「日本という極東の島国に住んでいる人間はその昔、自然現象のすべてを超常的な存在の仕業だと考えられていたんだ。
神の怒りが雷だとされ、怒られることを『雷が落ちる』と言うようになった」
「なるほど。この前読んだ自然崇拝というやつか。
何を馬鹿な事をと思っていたが、理解のできないものを恐れる、か」
「そういうことだ。昔の人は、理解の出来ないモノをすぐに超常的なモノのせいにすると思っていたが……レクスたちは違ったのか?」
「神々が地上にいた時代だぞ?
神は身近な存在だったからな。噴火などの原因を神のせいにするわけがないだろう」
レクスの言葉は、もっともだった。
理解の及ばないモノを、分からないままにしておくはずがない。
レクスのような、太古の世界を生き抜いた者の方が、よほど賢明だったのだろう。
分からない、理解できないと目や耳を塞ぐのは簡単だ。
その後に、レクスが『中には癇癪で地割れや豪雨、噴火を引き起こし、雷を落とすような神も居たがな』という呟きは、聞かなかったことにした。
「まあ、一時的に妖精の仕業や精霊のイタズラと言っていた時期もあったがな。
妖精は自然の力を行使する存在だったし、精霊は気まぐれに能力を使うこともあった……オレも何度イタズラを受けたことか」
レクスが、悔しそうに言った。
「それは気の毒だったな……」
流哉は、そう言って雑誌の束を持ち上げた。
なるべく持ちやすくて、軽い物だけを選び、残りはレクスに持たせる。
そして、さりげなく声をかけ、図書館の中へと進む。
「先に中へ行っているぞ」
「ああ、分かったよ」
計画通りに進みそうだ。
レクスが残った本の量に気づいて、呼び留める前に、さっさと立ち去ろう。
図書館の中へ少し進んだところで、外から『なんだ、この量は! 全然減ってないじゃねぇか!』というレクスの叫び声が聞こえたような気がしたが、気のせいだと決めつけて、足を進めた。
セレイネが居るのは、おそらく図書館の奥、片隅に新しく作られたレクスの居場所だろう。
漫画や雑誌で埋め尽くされた本棚が集まる場所。そこに居るだろうと当たりをつけて、その場所を目指して流哉は歩き始める。
辿り着いた時に、真っ先に小言を言われるのは覚悟をして。
「ここだったか、ようやく見つけた」
幾つも並ぶ本棚の間で、セレイネを見つけた。
彼女は、本棚の上段から落ちそうになっている本を必死に抑えていた。
「来たのなら、見ていないで手伝ってください。本が上手く入らなくて、落ちてきそうなんですから」
「ああ、任せてくれ」
流哉は、落ちそうになっている本を抜き取り、セレイネへ渡した。
そして、彼女が入らないと言っていた本棚の中を覗き込んだ。
「これは……奥に本があるな。一冊、隠されているぞ」
「何の本か分かりますか?」
「少し待っていてくれ」
本棚の奥に隠されていたということは、この本はそういう類のものかもしれない。
思春期の少年が隠し持つような、特別な本。
しかし、太古の英雄が、そんな格好の悪いマネをするのかと疑問の余地はある。
「これだ」
奥から取り出した本を、流哉はセレイネに渡した。
素直に本を渡したのは、本棚から出す際に、中身が少し見えたが、特に問題はなさそうだと思ったからだ。
隠されていた本のタイトルは『マケドニアの大王』。
まるで、セレイネに関係する本を選んだかのようだった。
「こんな本を……買い与えたのは、主ですね?」
セレイネが、呆れたように流哉へ言う。
「セレイネが知らないという事は、オレの私物か、頼まれたかのどっちかだな」
「あまりレクス様を甘やかさないでくださいね」
「甘やかしているつもりはないんだが……」
「サボっているのを容認していることを、私が知らないとでも?」
痛い所を突かれてしまった。
確かに、住人たちの中にサボっているモノが居ることは把握している。
祖母からこの場所を受け継いだ時、それを改めることも考えたが……結局、流哉は何もしなかった。
それでも良いと思ったし、あえて変える必要はないと、今でも思っている。
「それについては、今更判断を変えるつもりはない。
レクスはセレイネの指示に従っているし、何も問題はないと思うが?」
流哉は、そう言い放った。
この図書館そのものは、先代である祖母から引き継いだものだ。
住人たちの個性や過去を尊重し、彼らが自由に過ごせるように取り計らう。
それは、祖母のやり方そのものであり、流哉がそれに手を加える気はない。
「それでも、です。
私の、私たちの王が憧れた人物が、あの様では困るのです」
セレイネは、眉をひそめ、強い口調で反論した。
彼女にとって、レクスはただの同居人ではない。
かつて仕えた王が憧れた英雄。その姿は、彼女の誇りであり、理想でもあった。
「かの大王が憧れたからといって、本人には何も関係ないだろう。
憧れた理由はオレにだって分かるが、察してやって欲しい。
レクスはおよそ人の身では成し遂げることは出来ない武勲や功績を成したが、ソレは望んで得たモノじゃないことは知っているはずだ」
セレイネはそこまで言って、ようやく気が付いたらしい。
英雄と称されながらも歴史に名を残すことが出来なかったその理由。
神との混血として生まれたレクスは、己が運命に抗うように神々と決別し、神々との争いにその身を投じることになる。
数々の武勲を挙げ、神々と敵対した男の末路は、その存在を後の世の人々から忘れられることだった。
マケドニアの大王の時代では、名前を削られた石板が出土したという。
神々の怒りに触れた者の名は、後世の歴史から抹消される。
その事実は、レクスの存在が、いかに異質であったかを物語っている。
彼の生き様は、人々の記憶に残ることを許されず、創作の類とされ、物語として語り継がれるのみとなった。『名もなき英雄』。それが、レクスに残された、唯一の存在した証だ。
「アイツが自発的に働くことはないんだから、セレイネが手綱を握っていればいい。
頼めばある程度の事はするだろうし、それで納得はしてくれないか?」
「主にそう言われては、これ以上何も言えません。
ただ、これ以上レクスの頼みで本を増やすのでしたら、本人にしっかり管理させるか、新しく人を入れてください。
今の段階で、かなりの時間を割かれています」
セレイネは、流哉の言葉に渋々《しぶしぶ》ながら納得したようだった。
しかし、それは魔導図書館の司書長としての責任を放棄したのではない。
蔵書の管理は、この場所に住む者たちの重要な役割の一つだ。
レクスの趣味の管理に、これ以上は付き合いきれないという意思表示だった。
「分かった。レクスに言っておくよ」
一区切りつくまで愚痴に付き合い、流哉は解放された。
セレイネが回収していった『マケドニアの大王』と記された本。
あれは、レクスの過去を紐解く為のピースだったのか、それともただの気まぐれか。
大切なものならば、いずれレクスが、自ら回収に向かうだろう。
後のことは、当人たちで解決してほしいものだ。
今回の話し、どうでしたか。
流哉の部屋、祖母から引き継いだ魔法の部屋にある扉。
扉の先にある部屋の事を、少しづつ話しの中で出していきたいと思います。
物語の進行を含めて楽しみにして頂けたら幸いです。
※三上堂司からのお願い※
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
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