4.嫌な予感は外れない『その肆』神代の残滓、英雄の独白
流哉の視点、レクスの昔話の続きです。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトルの変更、大幅な加筆と修正を行いました(2025/03/01)
レクスウェルの顔から、気恥ずかしさは瞬時に霧散した。
その表情は、英雄としての威厳に満ちていた。
「珍しい物を見た、か。そんな表情をしているぞ、主殿」
神代流哉は、自身の心の中を見透かされたような気分になる。
レクスは僅かに口角を上げ、茶化すように笑っている。
「さて、話しを戻すぞ」
レクスは話しを再開した。
「どこまで話したか……ああ、戦士になったってところか」
レクスは、記憶を手繰り寄せるように、静かに語り出す。
「そう、お前が卵から孵った竜を殺したんだろう?」
流哉の言葉に、レクスは眉をひそめた。
「何でそうなる? オレが殺してきたのは森に侵入していた蛇竜だ。
毒を持ち、子供を好んで襲う蛇に近い姑息な生き物だ」
レクスの言葉から、蛇竜への強い嫌悪感が滲み出る。
「そ、そうか……」
流哉は、思っていた内容と異なるレクスの答えに、言葉を詰まらせた。
「その蛇竜の居場所と退治の仕方を教えてくれたのも、まだ卵の中に居た竜だ」
「イマイチ状況が呑み込めない」
流哉は、素直に状況が分からないと告げる。
「そこら辺の話しもしよう」
レクスは苦笑いを浮かべつつ、『ヤレヤレ』と首を振り、話し始めた。
レクスの語る竜退治の顛末。それは、英雄譚と呼ぶには似つかわしくない。
むしろ奇妙な冒険譚と言った方がしっくりくるものだった。
竜退治の知らせを聞きつけたレクスウェルは、真っ先に卵の下へ向かった。
一番は卵が安全かを確認するため、『他の誰かに奪われるくらいならオレが』って思いがあったことは否定しない。
そこにあったのは、名誉を譲りたくないという人として欲と、友を守ろうという戦士として矜持。
真っ先に辿り着くと、いつ孵化してもおかしくない状態で、安堵すると同時に守るにはどうするかを考えた。
レクスウェルは卵へ静かに語り掛けると、卵は『この森の更に奥で蛇竜が住みついた』という話しをする。
蛇竜。
孵化する前の竜と幼い子供しか襲わない卑怯な蛇。
レクスウェルは、その卑劣な行為に対し、抑えきれない怒りの感情に突き動かされるままに、蛇竜を討ち取ることを決意する。
竜の卵はレクスウェルに様々な事を教えてくれた。
鳥の卵と肉で釣り餌を作る方法、地面へ縫い付けるための骨で槍を作る方法。
レクスウェルは余った骨で杭をいくつか追加で製作する。
万全の準備を整えたところで、蛇竜の弱点を聞く。
レクスウェルは、一直線に蛇竜の下へ駆け出した。
その足取りは、獲物を狩る獣のように静かで、かつ迅速であった。
蛇竜の巣穴に辿り着いたレクスウェルは、穴の入口から離れた位置に餌を仕掛けた。
巣穴まで一直線に鳥の血で線を引き、餌の周りには教えてもらった陣を描く。
後は木の上で蛇が出て来るのを待つだけ。
仕掛けてから幾ばくかの時間が経った頃、巣穴からノッタリと蛇竜が這い出て来る。
その巨体は、まるでそそり立つ壁のよう。
蛇竜は警戒しつつも、餌へと近づいていく。
レクスウェルは息を殺し、蛇竜の巨躯を地面へと縫い付けるための槍を静かに構える。
蛇竜は少し警戒した様子だったが、即座に餌へ食いつく。
余程腹が減っていたのか、勢いよく、貪欲に飲み込んでいく様子が、木の上からでも十分に確認できた。
餌を飲み込み、完全に油断しているところ目がけて、滑り落ちるように落下する。
飛び降りるよりも静かで、全ての力を突き刺す、その一瞬に集中させる為だ。
油断しきった蛇竜の頭を槍で地面へ縫いつけ牙を封じた。
そして、のたうち回る蛇竜の体へ杭を突き刺し固定していく。
蛇竜の呪われた瞳がレクスウェルの姿をとらえるよりも早く、その頭は切り落とされた。
即席の罠と、即席な狩猟道具。それらを即座に作り上げ、討伐を実行に移す。
それは、紛れもなくレクスの才能を証明するものだった。
躊躇することなく行動へ移し、自身の命を勘定に入れているとは思えないほどの大胆すぎる割り切り、一度でも間違えれば即死へ繋がる蛮勇の類。
しかし、それでなお勝利を掴み取る。その圧倒的なまでの素質は、まさしく英雄と讃えるのに相応しいだろう。
「なるほど、その蛇竜の亡骸を持ち帰った訳か」
流哉は、レクスの話しに頷きながら、問いかける。
「持ち帰ったのは頭と胴の一部だけだった」
レクスは、淡々と、自身の成し遂げた偉業を誇ることなく言う。
「頭と胴を失っても、暫くは動くからな。その尾は持ち帰れないんだ」
レクスは、過去を掘り起こし、残念そうに言うり
「尾の先には、強力な毒の針が付いているんだが、それに刺されたらオレのような人間など即死する。だからと言って動かなくなるまで待つ内に頭と胴は腐り果てる。
結局は証となる首と僅かな肉が手に入れば良いってわけだ」
強力な毒を秘めた尾を手に入れればという思いはあったのだろう。
それと討伐の証、どちらを優先させるべきなのかは、わざわざ口に出す必要のないことだ。
「子供がそこまで考えて行動するとはな」
流哉は、レクスが偉業を成し遂げた時の年齢を考慮し、若干引いている。
「オレ一人の戦果ではない。竜から教えてもらった知識のおかげだ」
レクスは、謙遜するように言う。
「戦士の教えに習って肉を少し置いて行こうと思ったんだが、要らないとキッパリ言うんだ」
竜は、レクスの申し出を断っている。
そこに竜の思惑があることを、流哉は確信した。
「何が何でも礼をしたいと言えば、『数日後の深夜にこの場所へ来てくれるだけで良い』って返すから、必ず来ると戦士の誇りと魂をかけてその場で誓いを立てた」
レクスは、竜との約束に対して、己の全てを賭けて応える誓う。
それほどまでに、レクスにとって、竜との約束は大切なもので、何よりも重んじるものであった。
「いきなり己が魂までかけた訳か」
「そういう訳だ」
流哉がレクスの行動に対して苦笑いを浮かべていた。
レクスは、悪びれる様子もなく、当然のことであると語る。
「王宮へ帰った後にイザコザが起きて母を怒らせてしまったことも、結果としては都合が良かった……おかげで深夜に抜け出すことなど容易になったからな」
レクスは呟く。その言葉は、己の運命に対する皮肉と、その数奇な運命への感謝が込められているように感じた。
「約束通りに森へ行くと丁度卵が割れ生れ出る時で、オレはソレを見守ったよ。竜の誕生の瞬間なんてものは、次見ることが叶う保証何てない訳だから」
レクスは、竜の誕生の瞬間、それが己の未来を決定づける運命であったと語る。
「それで?」
「卵から生まれてきたのは緑の竜だった」
レクスはゆっくりと語り出す。
「森に卵が出現したから大地に深く縁があると思っていたら、大地と風の祝福を受けた竜の誕生だ。
オレはこの瞬間に立ち会えたのを運命だと直感した。
だから竜に話しかけたんだ、『おめでとう。会いたかったぜ、親友』って」
レクスは、運命的な出会いに感謝した。
「生まれたばかりの竜は言葉を発しないが、卵の頃と同様に頭の中へ直接話しかけることが出来る。
返答を待っていると、目と目が合って、『おはよう。初めましてだね、親友』って語り掛けてくれた」
レクスの目が輝いている。
この時、流哉はようやく理解した。
この日、レクスウェルは生涯の友を得たのだと。
「それからどうなったんだ?」
流哉は、話しの続きを促した。
「森の中で竜が住むのに丁度いい場所を見つけて、そこへ通うようになった」
レクスはまたゆっくりと語り出す。
「多くの事を教えてもらい、代わりにオレは王国の話しをするという関係は変わらなかったが、何度も何度も会話や行動を重ねる内に時が流れていたんだ」
竜との交流。それはレクスにとって、かけがえのない時間となった。
「五年ほどが経った頃、母の病状が悪化した」
レクスの表情は曇り出す。
その語り口は重く、レクスの内情を表しているようだった。
「助ける方法がないかと竜に相談したが、『それは長くコチラ側に居た妖精だけがかかる病気だ。親友を生む前からずっとコチラの世界に捕らわれていた結果で、助けるには精霊が作り出す薬しかない』って言うのが、竜の答えだった」
竜の言葉は、レクスの心を抉る。
竜の知識を以てしても、母を救う手立てはない。
レクスに訪れた最初の試練だろう。
レクスの表情は、徐々に暗くなっていく。
何よりも大切だった母が死ぬのを黙って見過ごすなんてことは出来なかったのだろう。
「母を問い詰めると、あっさりと答えたよ」
レクスは自嘲気味に呟く。
その声には、口に出して断定してしまってはならない感情が込められていると、流哉は感じ取った。
「既に定まっていた運命だという事、森で竜を育てていた事、何よりも大切な友が出来た事……母に隠していたことも全てを知っていたんだ」
レクスの母は、既に己の運命を知っていたということだろう。
それは、レクスにとっては衝撃的な事実だったことだろう。
「母は自身が助かる方法も教えてくれた。
竜の心臓を精錬して作り出した薬だけがコチラ側の世界でできる唯一の方法だったが、それをするならその前に死ぬと言われたよ」
レクスの母は、自らの命の為に他の何かを犠牲にすることを許さず、自身を救うことを拒んだ。
レクスの母は、妖精と人間との混血。妖精の血を継いでいる以上、竜を素材とするものを得るわけにはいかない。
竜の皇帝と妖精の女王の間に取り交わされている契約を破ることになるから。
「悩む時間すらくれず、『大切な友を犠牲にしてまで母を助けたいと思うような子に育てた気はありません』って、母は言い切ったよ」
レクスの母は、息子に選択の余地を与えなかった。
それは、彼女からレクスへ贈る、最後の愛情の形だった。
レクスは友か母かを天秤にかけなければならなかった。
それは、彼にとって、あまりにも残酷な選択を迫るものだった。
辛い選択を受け入れるにはまだ、レクスは幼かった。
流哉が祖母を魔法へ変えた時のように、受け入れられずにただ大切な人の言う事に従っただけだ。
「母は程なくして息を引き取った」
レクスの語り口が老人のような、酷く静かなものになった。
「母の亡骸だけでも安らかな地へ眠らせてあげたいと思ってな、竜の、友の知識と魔法を頼る事にしたんだ」
レクスの母への深い愛が、そうさせたのだろう。
それは、結果として正解だったと流哉は思う。
レクスの母には妖精の血が流れている。それは、レクスの母の遺体は、妖精の遺体と同義であるということ。
妖精の遺体ともなれば、その活用方法はいくらでもある。
その手の者たちへ渡れば、切り刻まれ、血の一滴までも絞りとられることだろう。
それは、辱め以外の何ものでもない。
「友は快くオレの願いを受け入れ、その魔法を使ってくれた。
死者の身を、死者の魂自らが、新たな形へ加工する魔法。それで母の魂は自らの亡骸を剣へ変えてオレに託した」
死者の魂が、自身の亡骸を別の物へと変換する魔法。
死者が、自らの意思を次の者へと託す為の、時代を繋ぐ失われた魔法。
レクスの母は、自らを剣へ変えて、息子の未来へ託した。
それは、彼女が息子への、最後の贈り物だ。
「そして、オレは妖精を探す旅に出ることを決めたって話しだ」
母の遺体である剣を妖精へ託し、妖精の世界へ帰す。
それがレクスの旅の目的なのだろう。
「このままならお前の冒険譚が始まるところだが、そうではないんだな?」
「ご期待通りだよ」
流哉の問いかけに、レクスは口角を上げ、ニヤリと笑う。
「そもそも竜を殺して母を助けるっていうのが、神々が描いた予定だったところを、オレと母が狂わした」
レクスは、自身の運命に介入した神々の思惑を語り出す。
その言葉の端々に、神々への強い怒りが滲み出ている。
「神々、それも父であるザフィイルはえらく怒ってね、王である叔父に神託を下したのさ。『レクスウェルは邪悪なる竜を飼いならしている。即座にレクスウェルを殺し、竜も始末しろ』って感じでな」
レクスは、自身の父が言ったのであろう言葉を、くだらない戯言のように吐き捨てる。
「神託を貰ったってことで叔父は舞い上がっちまってな、その日のうちにオレのところへ兵隊を向かわせたよ。
何も知らないオレのところへ『聖戦だ』と奇声を上げながら突っ込んでくる兵士たちを皆殺しにして、オレは王宮へ向かった」
自身の身内が、己を殺そうとしている。その様子を他人事のようにレクスは言う。
レクスにとっては、特別な感情が乗ることではないのかもしれない。
この段階で既に先が読めそうな展開だ。
それでも流哉は遮らず、話しを聞くことにする。
「辿り着いた王の間には、叔父と何故か顕現したザフィイルが待ち構えていた」
レクスは、王の間にたどり着いた時のことを語り始める。
その表情は、おおよそ自身の信頼へ向けるものではなく、非常に険しいものだった。
「こんなことをした訳を叔父へ尋ねると、『神の意向に逆らう愚かな血族はこの世界から消し去る』とかぬかしやがるモノだから、そこで王国とは決別することを決めた」
レクスは、神々と、そして自身の生まれ育った国との決別を語る。
それが、どれほど苦難な道を歩むことになるのか、現代を生きる流哉が想像するよりも、遥かに険しい道だろう。
「王宮の宝物庫より持ち出してきた国宝の槍を投げて王を殺した。
死ぬ瞬間すら理解できていなかっただろう、槍が突き刺さった顔は歪んだ笑みで満ちていたからな」
レクスの語る、王である叔父の最後は、酷く簡潔に、感情の波が立たないものだった。
叔父を殺した、と語るその口調は、冷酷なもので、機械のようだった。
「ザフィイルは隣の王が死んだ時に、自身にだけは結界を張って身を守っていたよ。
その瞬間気付いたんだろうな……程度っていうか器がさ、コイツはオレの敵じゃないって」
レクスは、思い出すように語る。
そして、レクスが神々との戦いを決意させた、その最大の理由を聞くようだった。
真の強者であるならば、自身だけを守るなんてことはせず、無傷で受け切るものだからだ。
「母の剣は妖精と竜の力が宿っていて、まさに一線だった。
縦に振り下ろした剣がザフィイルの体を真っ二つに引き裂いて終わり、一番呆気ない幕切れだった」
レクスはザフィイルを殺した時の様子を語る。
その声色に、喜びの感情はなく、結果のみを語るようだ。
予想していたよりもアッサリし過ぎているようにも感じたが、神秘の濃かった時代の、妖精と竜の加護が宿った剣なんてモノを使ったんだ……レクスウェルの腕も合わされば、神を一太刀で真二つにできても不思議じゃない。
「その様子を従弟が隠れ見ていてな、槍を頂戴して、国を去ることを告げたんだ。
まだ十を超えた位だったから、精神的な傷も大きかったハズなのに、『兄様はこれより我が国の敵です。速やかに我が国土より出て行ってください』と言われたときは驚いた」
レクスは、従弟との別れを語る。
そこには、今までの会話にはなかった哀愁のようなものを感じた。
「オレは何も言わずに竜が待つ森へ行き、妖精を探す為と国を出る為にそのまま旅立つことにしたんだ」
「十五、六で国王を殺した罪人になったのか……」
レクスウェルの旅立ちの瞬間、そしてその決意。
その瞳には、かつてあった旅立ちへの期待、そんな色が宿っていた。
流哉は、国を追われることになった青年期のレクスの境遇に、同情に近い感情を抱いた。
「そこは従弟が気を利かせてくれてな、『父はかどわかされた結果、真二つになっている男によって殺された。レクスウェルが敵を討ったが、乱心した父に酷く怒っており、私の権限で国外へと追放した。以降の関わり合いは余の前では禁ずる』ってお触れを出して丸く収まっていた。
で、オレはそのまま旅に出たって訳だ」
レクスの言葉からは、従弟への感謝の念が感じ取れた。
その声音は優しいもので、レクスは従弟のことを大事に思っているのであろう。
「それがレクスウェルの始まりの話しか?」
「ああ、何てことはない……気に入らない奴に喧嘩を売った馬鹿な男が国を追われたって話しだ」
流哉の問いかけに、レクスは自嘲気味に答える。
その言葉には、遠き過去に置き忘れてきた後悔を感じるには十分であった。
レクスは『英雄だなんて持ち上げすぎだ』って小さくぼやくが、流哉は聞き逃さなかった。
母と友の為に父と叔父をその手にかけた。
結果としては竜殺しになるはずが神殺しへ。
哀れな男の顛末と言い切ってしまうには、流哉は納得できなかった。
「オレは……そうは思わない」
「何だって?」
「お前が認めなくても、オレと祖母さんだけはお前を英雄だと思うよ」
流哉はレクスの言葉を否定し、自身の考えを伝える。
「……………勝手にしろ。それに話しはここまでみたいだ」
気が付けば目の前には立派に佇む砂漠には似つかわしくない建物。
石造りの神殿のような入り口。
その先は巨大な王宮のような建造物。
ここが今回の目的地。
流哉が引き継いだ図書館にして、神代月夜が見つけ出し、自身の所有化においた神代から続く知識の終着点。
名を『魔導図書館レア・ステイリア』。
今回の話し、どうでしたか。
レクスが生まれた国を旅立つまでで、一区切りにさせてもらいました。
また機会を見て、レクスの昔話の続きを書く予定です。
楽しみにして頂けたら幸いです。
大幅に加筆をした結果、7000文字は正直なところやり過ぎました(2025/03/01)
※三上堂司からのお願い※
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