6.童話の魔法『その壱』魔法の本が紐解かれる
流哉の視点です。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/02/19)
山を疾走する神代流哉はひたすら自宅を目指した。
整備などされておらず、歩くことさえ困難な場所疾駆する。
通常時でさえ人が歩くような場所ではなく、それに加えて雨降りという最悪のコンディションを人という生物の限界を超えた速度と軌道で走破していく。
ズボンのポケットの中で懐中時計型の魔導器である羅針盤が熱を帯びたの感じ、立ち止まって羅針盤を取り出して見ると、色を指し示す針が迷っていた。
流哉の持つ羅針盤は、形だけは良く見かける懐中時計の形をしているが、その実、無数の針は必要に応じて出現し、その一つ一つが別の対象を指す。
色を指す針は魔力を探知する為のもの。
常に動き続ける針は対象としたものの方向を指し示す。
文字を指す針は対象との距離を示す。
そして、持ち主である流哉を対象に魔術や魔法が使われようとすると熱を発する。
左右に揺れ動く針は赤を指し、止まった。
「赤を指すって事は、追手は紡と見てまず間違いない。
そして、羅針盤が最大限の警戒を告げるということは、紡が魔法を使ったと考えるべきか」
色は赤、青、黄、白、黒の5色。
黒が平常時に針が指す色で、それ以外は全て魔力の量に応じて針が動く。
とりわけ赤から黒へ向かうに連れ持ち主に対する脅威の度合いは下がる。
今、羅針盤の針が指しているのは赤。
それは流哉にとって魔法が使われた時だけに指される色である。
「やっと見つけたわ、流哉さん。
暫く私の相手をしてね、永遠でも私は一向に構わないのだけど」
どこからともなく聞こえてくる聞き覚えのある少女の声。
声のする方向を慎重に探る。
『さあ、私とお伽噺を始めましょう』
森全体から響いて来るような声と共に、何かの遠吠えがこだまする。
走る流哉の足元からは霧が広がり、包み出す。
周りを見渡すと、そこは既に見知った場所の景色ではなく、足を止めざるをえなかった。
周囲には殺気立つ獣の臭い。
何かしらの生物が群れで行動する地を踏み鳴らす音だけが響く。
流哉の持つ羅針盤は無数の針で文字盤は埋め尽くされていた。
「これじゃ使い物にならんな」
羅針盤へ供給している魔力を切り、羅針盤はただの鉄の塊へ戻った。
羅針盤は共通して、魔力が供給されない限り懐中時計とまったく変わらない。
使い物にならなくなった羅針盤をポケットにしまうと同時に、いくつかの指輪を左右の指に一つづつはめていく。
誰がどう見ても不利な状況、そう見えるのだが、流哉は慌てることも、狼狽えることもしない。
紡が魔法を使った、その事実は変わらないが、それはたいして脅威とはなり得ない。
万能で無敵に思える魔法でも、わずかな弱点、綻びは存在する。
それを紐解き、解体することで、魔法という奇跡の力を正しく作用させない。
いつもやっている通りにすれば何の問題もない。
流哉はシガレットケースをポケットから取り出す。それは年代物で真鍮製の輝きが鈍く光る。
小さな傷の刻まれた蓋をカチリと開けると、整然と並んだ煙草が顔を覗かせる。
お気に入りというか、腐れ縁というか、そんな銘柄の煙草を一本取りだし、軽く咥える。
シガレットケース同様に使い込まれた年代物のジッポライターで咥えた煙草に火を灯すと、赤色の炎が煙草の先端を焦がし、白い煙がゆっくりと立ち上がる。
煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
考え事をする時の癖だと指摘されて以降は意図的にやるルーチンだ。
思考の渦の中で、煙にまるで道標のように導かれるような感覚。
煙草の先端を焦がし続ける赤色の灯火は揺れ、立ち上る煙がゆらゆらの漂う。
余計なことを思考の外へ追いやり、流哉の脳の回転はフルスロットルで回りだす。
森。人を阻む森と霧。
森と霧に囲まれる屋敷、包囲する何かは犬か狼か、四足の走り回る獣。
犬だとしたら飼い犬と見るべきか、番犬と見立てるべきなのか、はたまた野犬か……複数囲う狩りの仕方から犬か狼をモチーフとしていることは確かなようだが。
走り回る何かの影を視界の片隅に捉える。
影は四足で移動し、耳は鋭く立ち、牙を持つ顎、長い尾。
それが犬か狼であることをわずかに捉える事ができた形で最終判断を下した。
しかし、思考はそこで止まる。
犬か狼をモチーフとする御伽噺は数多く存在する。
正解を導き出すにはまだ判断材料が足りない。
再び煙草の煙を深く吸い込み、吐き出す。
チリチリと焼き焦げ、短くなっていく煙草。
吐き出した煙はどこかへ散って行くのではなく、流哉を包むように漂う。
「犬か狼だけで判断するには材料が足りないか……せめてどちらであるかだけでもハッキリさせないとな」
再び現状を見渡す。
森、霧、屋敷、襲い掛かる牙のある獣。
襲いかかってくる獣を迎撃する。
流哉の足が獣の胴を捉え、蹴り飛ばす瞬間、正体を突き止める。
そう。流哉を囲み、度々襲ってくるそれは狼というには体躯が少し小さく、またかわす時に激しくかち合う牙も狼にしては少し小さい。
それは狼ではなく、どちらといえば犬のようであった。
「畜生ごときが牙をたてるなど、分を弁えろ」
再び襲い掛かる獣をねじ伏せ、姿を確認する。
首輪がなければ鎖もない。
地面にねじ伏せたそれは犬に似た何かであった。
頭を踏み砕き、胴を蹴り上げる。
宙に舞うソレは霧散し、跡形もなく消え去り、霧に同化する。
少なくとも犬に属する何かであることは確かなようだ。
番犬と見るべきか、何かの眷属と見るべきか。
現時点で北欧神話をベースにしてないことだけは確かなようだが、死体が霧散して消えてしまうのではこれ以上詳しくは調べられないが……
流哉の周囲に漂う煙を嫌がらないというのも判断の材料になりそうだ。
だいたいだが、今回の襲撃者の意図は分かった。
コレは遊んでいるだけだ。
西園寺紡という魔法使いが、本気で流哉を潰そうと考えているのであれば、本命を初めからぶつけて来るはずだ。
最初は新しく作った話しの実験かと思ったが、そうではなさそうだ。
初めの候補としては、北欧神話に出てくる有名な狼の怪物である『フェンリル』。
それを象徴とするのは鎖に繋がれた巨大な狼の姿。
狼でない事を確認した以上、その懸念はなくなった。
煙草の火を消し、吸い殻入れに入れる。
「まだいくつかの候補は残っているが、狼は判断材料から排除して構わないだろう」
考えるべきは犬、それも番犬の類い。
番犬として最も有名なのは地獄の門を守るとされる『ケルベロス』。
そしてそれがでてくるギリシャ神話辺りが有名なところである。
残念ながら、現状に当てはめるとそれも可能性は低い。
ケルベロスが守っているとされているのは、屋敷ではなく地獄へ通じる門そのものである。
正確には冥界から逃げ出そうとするものを喰い殺すのだが、そんなのは些細なことだ。
そして、それらの御伽噺をモチーフとする魔法を紡が好んで使う事を流哉はよく知っている。
北欧でもギリシャでもない、どちらもあの少女が好きそうなタイトルではあるが―――
残るはマイナーなところか……あの夢みがちな少女はモチーフとする本に英雄譚を好んで採用する傾向にある。
それを全ての判断材料から推測するに……
流哉の中で一つの答えが導き出された。
流哉の視点、どうでしたか。
長らくお待たせいたしました。
本編の続きになります。
流哉と紡がぶつかりました。
魔法使い同士の戦いはどうなるのか。
楽しみにして頂けたらと思います。
お読み頂き、ありがとうございます。
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今後ともよろしくお願いします。