Ex.流哉の災難、ホワイトデーのお返し『その肆』三月十三日、五つの視線
流哉の視点、ホワイトデーの話しの続きとなります。
楽しんで頂けたら幸いです。
今回でホワイトデーの話しは一区切りにしたいと思います。
ブックマーク、ありがとうございます。
クリスの表記をクリスティアナに変更いたしました(2023/6/27)
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へお気軽にお知らせください。
タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/03/22)
三月十三日 午後四時 立花楓の研究室
「珍しいね、君の方から雑談を振ってくるなんて」
立花楓は、その整った顔を綻ばせ、まるで上質な陶器にひびが入るかのように、微かに笑みを浮かべた。
その表情は、普段の冷静沈着な彼からは想像もつかないほど、無邪気なものだった。
しかし、その瞳の奥には、何かを企むような光が宿っているのを、神代流哉は見逃さなかった。
こいつを楽しませる為に話しを振った訳ではない……
「別に楽しい話しじゃない、明日はホワイトデーだろう?
学生から沢山のバレンタインデーの贈り物を貰っていたお前が、どうするのか気になっただけだ」
「ああ、そのことですか。
僕は駅前の洋菓子屋で買ってきたものをそれぞれに渡すだけです。
量が量なので、安い出費じゃないですが、贈り物をいただいたからには、返さない訳にはいきませんから」
「かなりの量を貰っていたと思うが、貰った人それぞれにわざわざ選んだのか?」
「同じものを貰った数だけ選んだんですよ。
そのおかげで受注注文になりましたけど」
「そうか……」
訳隔てることなく、同じものでお返しを用意するのは立花らしいと思うが、流哉も同じ方法を取って良いものかと悩む。
その時、彼の脳裏には、五人の少女たちの顔が浮かんだ。
それぞれ個性的な彼女たちに、同じものを贈って喜ぶだろうか。
いや、きっと違う。
彼女たちは、彼が自分のことを考えて選んでくれたものを欲しがっている。
そう考えると、安易に同じもので済ませようとした自分を恥じた。
悩んで、ふと悩んでいても仕方ないと気づいた時には、立花の顔にはより笑みが広がっていた。
「君でもそんなに悩むことがあるんですね」
「どうでもいい事なら悩まなくても良いのにな……ただ、お前の顔を見ていて、悩んでも仕方ないと気づけただけよかったよ。
聞く相手をそもそも間違っていたようだ」
「悩みなさい。悩んだ先に答えがあるのです」
「その言葉は誰の受け売りだ?」
「私の師です……こんなことを笑顔で言っている裏側の腹黒さは一級品でした。
何度、油断している内に襲撃してやろうと思った事か」
「その様子だと一度も成功したことはないようだな」
「あの野郎……油断していると見せかけて、カウンターを構えていましたよ」
「立派な師を持ったようで」
脳裏に蘇るのは、流哉自身の魔術の師である祖母の姿。
十代半ばから後半くらいの可憐な少女の姿とは裏腹に、老熟した精神を持ち合わせ、百年をゆうに超える時を生きた本物の化け物。
流哉に自身の魔法を教える時に始めて見せた憂いの表情は、酷く無機質で、深淵を覗き込むような虚無に満ちた悲しげなものだった。
それは今になっても脳裏に焼けついている。
「立派?
ハッ、人を殴ることを楽しみにしているような人ですよ」
「でも、そのおかげでお前は戦場を無事に渡り歩けたんだろう?」
「まあ、そうですが……」
「生き残るのに必要な事を教えてくれた。それは立派なことだろう」
納得がいかないのか、考え込みだした立花を放置して、流哉は自分の仕事を進める事にした。
流哉の視線の先には、積み上げられた書類の山があった。
後々、手付かずの書類の前で慌てる立花の姿が容易で思い浮かぶが、それを見届けたら帰ることとしよう。
三月十三日 午後五時 立花楓の研究室
「ま、まさか……僕を見捨てて先に帰るなんてことはありませんよね?」
「その、まさかだ。
オレは用事もあることだし先に帰らせてもらう。
あと、オレの仕事は既に終わっている。
さっさと帰って何が悪いんだ?」
「グウの音も出ません……お疲れ様でした」
立花の研究室を後にした流哉は、夕暮れ迫る大学の廊下を歩いていた。
足取りは軽く、まるで重い鎖から解放されたようだ。
しかし、まだ解決していない問題への憂いだけは残った。
立花を見捨てて、さっさと用事を済ませるべく駅へ向かう。
面倒だと思ったが、電車に乗ることを選択した。
ホームに人があまり居なかったこと、駅前に用事があったこと。
この二点から、魔導器『時の旅人』を使わずに電車で帰ることにした。
三月十三日 午後六時 喫茶店『シュテルンシュヌッペ』
満足のいく返答を立花楓から得る事の出来なかった流哉は、喫茶店『シュテルンシュヌッペ』を再び訪ねていた。
この店は、流哉にとって憩いの場であり、同時に、信頼できる相談相手がいる場所でもあった。
頼りになる人に相談をする為に、遠回りの寄り道をしている。
「それで、相談というのは何でしょう?」
「マスターにしか聞けないことなんです」
「この老骨にお答えできる事でしたら」
やはり立花と違って、マスターは頼りになる。彼の言葉には、長年培われた経験と知識が滲み出ていた。
何としてもここで良い情報を得なければならない。
「マスターに聞きたいのは……ホワイトデーのお返しについてなんだ」
「二代目からそんな相談を受けるとは……長生きはするものですね」
「茶化さないでくれ」
「私の時はそれぞれに別の物を贈りましたが……」
「なるほど。同じ物よりも別の物の方が良いのか」
「いえ、そういう訳ではなく……」
「ありがとう。その線で考えてみるよ」
何かマスターが言っていたような気がするものの、これ以上居座って邪魔をする訳にもいかない。
それに、早く行かなければ駅前の菓子屋が閉まってしまう。
三月十三日 午後七時 洋菓子店『甘味処』
宇深之輪の町に古くからある老舗洋菓子店『甘味処』。
この店は、町の歴史と共に歩んできた老舗であり、その味は、多くの人々に愛されてきた。
昔は店名がそれで良いのかと疑問に思ったこともあったが、今ではそれで良いんだろうと納得している。
店内に入って何が良いのかと考えていると、店主が奥から出てきた。
「こんな時間に来るなんて珍しいじゃねぇか。流我の奴は元気にしているか?」
「こんばんわ。元気ですよ」
「そうか! それにしてもこんな閉店ギリギリの時間にどうしたよ」
「ホワイトデーのお返しを買いに来たんだ」
「ほう……もうそんな歳か。
良いのを選んでやろう……って言いたい所だが、この通りもう残り物しかない」
「オススメは残っているのか?」
「うちは何でもオススメだよ。
そうだなぁ……ケーキを買って行くか?」
「そうするか……ケーキを五つ包んでくれ」
「五つって……プレイボーイかよ」
「プレイボーイって……古いよ、その言い方。
そもそも、お返しだって言っているだろう」
「お前たち親子はカラカイがいがない」
「隙を見せないのは祖母から受け継いだ美徳だよ」
「ハハ、違いない」
店主に包んでもらったケーキを手に、代金を支払って店から出る。
ケーキの箱は、しっかりと保冷バッグに入れてくれたので、わざわざ『時の旅人』を使ってまで急ぐ必要は無さそうだ。
街を行き交うサラリーマンに紛れて、西園寺邸へと向かう。
三月十三日 午後八時 西園寺邸
西園寺邸へ帰宅すると、既に燈華達は夕飯を食べ終えていた。
食べずに待たせるのは悪いと思ったので、先に連絡を入れておいたからだ。
五人の少女たちは各々の部屋で過ごしているのではなく、リビングでお茶をしていた。
この光景も既に見慣れたものだ。
「ただいま」
「おかえり、リュウちゃん」
「ただいま、燈華。これ、ホワイトデーのお返し。
みんなの分が入っているから」
「ありがとう、みんなと食べるね」
「そうしてくれ」
出迎えてくれた燈華にケーキの箱を託し、そのままキッチンへ向かう。
夕飯はいらないと伝えてあったので、綺麗に片付いている。
ヤカンに水を入れ、コンロの火にかけ、マグカップとインスタントコーヒーの瓶を探す。
「流哉くん、ちょっと来てくれる?」
「ん? 分かった」
燈華が呼んだので、コンロの火を止めて、リビングへ向かう。
いつもと呼び方も違う。何か問題でもあったのだろうか?
「どうしたんだ、燈華」
「チョーット、聞きたいことがあるんだけど。
こっち、来てくれる?」
嘘くさい笑顔を顔に張り付けた燈華が手招きをして読んでいる。
何か気に障ることをしたのか……思い当たることはない。
「どうしたんだ?」
「買ってきてくれたケーキなんだけど、ドレが誰になの?」
リビングに静寂が訪れた。
少女たちの視線が、まるで獲物を定める獣のように、流哉に突き刺さる。
その瞳には、それぞれ異なる感情が渦巻いていた。
期待、好奇心、そして、ほんの少しの悪戯心。
流哉は、まるで針の筵に座っているかのように、居心地の悪さを感じていた。
「特に決めてない。
こんな時間だったから今日の分は殆んど売り切れでな……」
「フーン。コレを見て、ドレが、誰へなのかを、流哉くんに決めて欲しいんだけど」
燈華に見せられたケーキの上にはそれぞれ文字が書かれたチョコレートの板が乗っている。
その文字を見て、人任せにした自分の判断が誤りだという事に気づく。
しかし、後悔しても既に遅い。
その場に静かに座り、口を紡ぐ。
「さて、流哉くん。このケーキ、どう分けましょうか?」
燈華が、その可愛らしい声で、しかし、どこか底意地の悪さを感じさせる口調で問いかけた。
「ええと……」
流哉は、言葉に詰まった。
「ねえ、ドレが、誰へなの?」
燈華が、その可愛らしい笑顔で、しかし、どこか圧迫感のある口調で問いかけた。
その瞳は、まるで獲物を追い詰める獣のように、輝いている。
「そうね、ソレは流哉さんの口から直接聞きたいわ」
黙っていた西園寺紡も口を開く。
周りを見るが、大津秋姫も、アレクサンドラも、クリスティアナも助けてはくれ無さそうだ。
そして、各々の眼には『しっかりと選んでください』という意思が見えた。
どうやら味方は居ないようだ。
「こんな事になるって分かっていたら、全部同じものにしてもらうんだった……」
少女たちの視線が、まるで五つの刃のように流哉の全身を突き刺す。
その視線は、流哉の心の奥底にある迷いや後ろめたさを、容赦なく抉り出すようだった。
「流哉くん、そんなに小さい声じゃ分からないよ」
「そうよ、ハッキリと言って欲しいわ」
素直に謝って、さっさと楽になろう。早く部屋に戻って休みたい。
「スマン……ケーキは店主に選んで貰ったものだから、中身は知らなかった。
コレは皆で相談して選んでください」
「埋め合わせはしてくれるの?」
「明日、必ず」
燈華の笑顔が、ほんの一瞬、酷く意地の悪いものに歪んだように見えた。
その時の燈華の瞳には、有無を言わさない深い闇を覗き見た気がした。
「それなら今回は許してあげる」
「私もそれで良いわ」
燈華と紡からの許しは得たモノの……明日はきっと埋め合わせで一日が費えるんだろう。
一日で済めば良いと思った方が良いかもしれない。
明日の事を考えると、憂鬱で仕方ない。
今回の事は……よく覚えておこう。
迷ったときは、しっかり、きっちり、同じものを用意しようと。
ホワイトデーの話し、どうでしたか。
流哉の試練はまだまだ続きますが、この話しは一区切りとなります。
流哉の日常での動きが少し垣間見えたのでないでしょうか。
また、機会があれば登場人物たちの日常を書いてみようと思います。
以前にも登場していた老舗洋菓子店の名前は『甘味処』です。
こちらも名前を憶えて頂けたらと思います。
※三上堂司からのお願い※
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