Ex.雛人形と約束の菱餅 後編 桃源郷の雛祭り
前回に引き続き、誰の視点という訳ではありません。
雛祭りエピソードの後編、楽しんで頂けたら幸いです。
クリスの表記をクリスティアナへ変更いたしました(2022/1/16)
タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/03/03)
神代流哉が西園寺邸へ帰還して間もなく、彼は冬城燈華たちに捕縛された。
どこから情報が漏洩してしまったのか。
最強の魔法使いが遺した品に、彼女たちは興味津々のようだ。
「どこでバレたんだ?」
「隠し事をしようとしても無駄よ。
まだ宝物庫の中に移してないでしょう?」
最初に嗅ぎつけたのは、この館の主である西園寺紡だったらしい。
流哉が魔法使いの遺品を宝物庫に移送していないことまで見抜かれており、彼は観念して金の鍵を取りだし、空間の裂け目を開いた。
「何度見ても便利なものね、その鍵は」
「そうだね」
紡と燈華が、黄金の鍵に見惚れている。
「便利だが、衆人環視に晒される外で使うことはできない」
「それでも、大きな荷物を運ばずに済むじゃない」
「まあ、旅行の時などは便利そうだと言うのは否定しない」
流哉は空間の中から段ボール箱を複数取りだす。
その中の一つを開封すると、燈華たちが中を覗き込む。
燈華たちの瞳が、箱の中身である人形を捉えた。
「「雛人形?」」
燈華と紡、二人の声が重なった。
二人へ微かに微笑んでいるように見えるその人形たちは、その精巧に作られた顔の奥に何を秘めているのだろうか。
「そうだ。おそらく普通の物である可能性は低い。
だからコレはオレが一人で調べる予定だったんだ」
流哉は雛人形から視線を逸らすことなく言う。
しかし、燈華は首を傾げた。
「せっかくのお雛様だし、飾ろうよ」
「燈華……話しを聞いていたか?
何か正体が分からないから、オレが調べると言ったばかりだろう」
「でも、調べ終わったらそのまま宝物庫の中なんでしょう?
飾らずにそのまましまい込んじゃうのは可哀そうだよ」
燈華は、人形を見つめながら言った。
その瞳には、好奇心と、人形への同情が入り混じっていた。
「それに、」
燈華は言葉を続ける。
「せっかくのお雛様なのだから、皆んなで見て楽しみたいじゃない」
「私も、燈華ちゃんが言うように、見てみたいです」
「そうですよ。私、日本の伝統工芸、見てみたいです」
「私も、アレックスも、そのオヒナサマっていうの見たことないんだよね」
「あら、別に見るくらいならいいじゃない」
燈華が言い出したことに大津秋姫が賛同し、クリスティアナとアレクサンドラの海外生活組も見てみたいと言い出し、紡もそれに賛同する。
同居人の女性全員が、『見たいから飾らして欲しい』と言い出しては、流哉も折れる他ないようで、『好きにしろ』と言って雛人形の入った段ボール箱を全て差し出す。
飾り付け経験のある燈華と秋姫が中心になって、祖母・神代月夜の雛人形の飾り付けが始まった。
飾りつけを初めて一時間後。
「できた」
燈華の一言で、飾り付けが完了したことが告げられる。
流哉は飲みかけのコーヒーが入ったマグカップを持ったまま、|雛人形《ひなにんぎょ|う》を見に行く。
そこには、燈華たちが完成した雛壇に見入っている。
「無事、飾りつけは終わったようだな」
流哉は、完成した雛壇を前に、見つめながら言う。
燈華と秋姫の二人が中心となって、飾り付けられた雛人形は、見事に配置され、その美しさは際立っている。
流哉自身、この雛壇が完成しているところを見るのは初めてのことだ。
「うん。それにしても綺麗なお雛様だね」
燈華は、目を輝かせながら雛人形を見つめた。
その表情は、まるで美しい芸術品を鑑賞しているかのようだった
「いつ買ったものなのか、それとも誰かに贈られたものなのかすら分かっていないけどな。
普通は既に朽ち果てていてもおかしくはない物だが……やはり普通の物ではないようだ」
流哉は完成した雛壇から何かを感じ取ったのか、鎮座する雛人形を見つめながら呟いた。
「ねえ、リュウちゃん」
燈華が、流哉に話しかけた。
「この雛人形、何か特別な力を持っているのかな?」
燈華の問いかけに、流哉は少しだけ考え込んだ。
「さあ、どうだろうな。
確証はないし、可能性のある、その程度のことしか言えない。
祖母の遺品ではあるが、ただの贈り物であった、そんなオチだって十分にあり得るさ」
燈華達を休むように言ってから自室へ上がっていく。
三月三日 午前三時 西園寺邸のリビング
流哉は再び雛人形の前に立ち、人形を見据えた。
完成した時から何かを感じ取り、燈華たちが寝静まるのを待っていたようだ。
「祖母さんの物だから、普通の雛人形ではないと思っていたが、ここまで呪われた品だとは思わなかったよ」
流哉は雛人形に話しかけた。
静寂が訪れ、やがて女雛が口を開き応答する。
その声は、まるで絹糸が擦れ合うような、繊細で儚い響きだった。
「月夜の血縁者か……懐かしい波動よ。
久しく箱の外に出されることがなかったが……月夜はこの世を去ったのか?」
「ああ、祖母さんは既に他界している。
もし、祖母さんとの契約が残っているのなら教えてほしい」
女雛は、その言葉に少しの間、考え込むような仕草を見せた。
しかし、流哉の様子は変わらない。
何が起きても良いようにと、準備や警戒を緩めることはないのだろう。
「既に月夜との契約は完了している……だが、約束は残っている」
「約束?」
流哉は、女雛の言葉に眉をひそめる。
「そうだ……人喰い人形だった我らだが、月夜との契約で存続するだけの魔力は与えられている。
だが、代わりに桃の節句には菱餅をお供えとしてくれる約束だったんだが……そうか、亡くなってしまっていたか」
雛人形たちの顔には、流れるはずのない涙で線を作っている。
それは、まるで人形たちが本当に悲しんでいるかのような、不思議な光景だった。
「祖母さんの事が好きだったんだな」
「月夜だけが我々を雛人形として見てくれた、ただ一人の者だ」
女雛は、その空虚な瞳で流哉を見つめる。
「ありがとう。
祖母さんとの約束、今度はオレが引き継ぐよ」
「良いのか?」
「ああ、祖母さんとの契約をしっかり守ってもらうけど」
「我々はそれで構わない、月夜との契約を違える気はそもそもない」
「それなら、毎年供えるよ。燈華達もお前たちを気に入っているようだし」
この日、流哉は新たに約束を交わした。
祖母が結んだ約束をそのまま引き継いだようなものだが……
流哉は、寝静まった西園寺邸のキッチンで、密かに何かを始める。
三月三日 午前八時 西園寺邸リビング
流哉を除いた西園寺邸の住人は、雛人形の前に集まっていた。
皆一様に雛人形へ供えられたものに注視している。
「何で菱餅?」
燈華が、雛壇に供えられた菱餅を指さしふて尋ねた。
「さあ? 供えた人に聞いたらどう?」
紡が二階から降りてくる流哉を指さしながら言う。
流哉は皆の視線が集まる中、キッチンへと入って行く。
「リュウちゃん、何で菱餅を供えたの?」
キッチンにいる流哉へと燈華が声をかける。
流哉はその問い掛けに応えることなく、コーヒーの入ったマグカップを持ってリビングへ戻ってくる。
「菱餅を供えてあるのは祖母さんがそうしていたからだ」
「この菱餅はリュウちゃんの手作り?」
「そうだ。意外だったか?」
流哉はソファーに座るとコーヒーを飲みながら新聞を広げる。
その姿は流哉の実年齢よりも上に見えてしまう。
「リュウちゃん、その格好……休日のお父さんって感じで、爺むさいよ」
「そうか……直すように気を付けよう」
「それよりも、あの菱餅! 私たちにはないの?」
燈華は供えられている菱餅を差して流哉に聞く。
他の女の子たちもその答えを待っている。
「欲しいのか?」
流哉の問いかけに燈華達は一様に首を縦に振る。
流哉はマグカップの中身を一気に飲み干して、ソファーから立ち上がる。
「少し待っていろ」
流哉はマグカップを持ってキッチンへと入って行く。
そのまま流哉はマグカップを片付け、冷凍庫を開ける。
冷凍庫の一角に鎮座している箱を取りだし、その中身を取りだす。
「食べるとは思っていなかったから冷凍庫で保存したが……まあ、まだそこまで劣化してはいないだろう。
あと、もう一つだけはもらうな」
流哉は箱からラップに包まれた菱餅を取りだし、一つ一つを皿に盛りつけて燈華達へ手渡す。
もう一切れ菱餅はあったが、それを流哉は雛壇へ供える。
燈華達は不思議そうにしていたが、流哉は回収して来た菱餅を持ったまま二階へと上がっていく。
流哉の持って行った菱餅の、燈華達には見えない側には齧った跡が幾つもあった。
その数は……雛壇に飾られている人形の数と等しかった。
「ねえ、紡」
「何かしら、燈華」
「リュウちゃん、なんだかお爺ちゃんみたいじゃない?」
「あら、そうかしら?
でも、あれが彼の素なのよ」
二人はくすくすと笑い、雛人形に視線を戻した。
雛祭りの話し、楽しんで頂けたでしょうか。
祖母である月夜の残したお雛様、今度は燈華達が大切にしてくれそうです。
いつもと違う投稿時間になりまして、すみません。
ここで少し次回の話しの宣伝を。
次回はホワイトデーの話しを投稿予定です。
流哉はお返しに何を用意するのか、楽しみにして頂けると幸いです。
※三上堂司からのお願い※
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
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