Ex.雛人形と約束の菱餅 前編 神代の遺産、月夜の雛人形
今回も誰の視点という訳ではありません。
桃の節句ということで、特別な話しを楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/03/02)
寝静まる西園寺邸。
静寂が支配するこの館の廊下を、神代流哉は物音立てを殺して歩いていた。
築年数を重ねた洋館の床は、僅かな体重移動でさえも敏感に捉え、軋みとなって住人へと知らせてしまう。
だが、流哉はその構造を理解し、適応済み。
この館の歩き方は、この場所へ来た初日に、西園寺紡の歩き方を見て学習した。
「誰一人として起きていないというのは珍しい。
まあ、今夜に限っては好都合か」
深夜三時を過ぎ、時計の針は四時を指そうという時刻。
深夜にコソコソと何をしているのかというと、数時間前に実家から持ち帰った、祖母・神代月夜の遺品である雛人形を調べる為。
話しの起こりは、昨日の三月二日へと遡る。
三月二日 午後九時 神代邸
大学での業務を終え、高校の方も残すは卒業式くらいのもので、晴れて自由の身になった流哉は、『ようやく解放された』と冬城燈華たちへボヤいていた。
ようやく穏やかな日常が訪れるのだと、一息ついた所。
まさしくそんな時に、母親の雪美から、突然の呼び出しの電話を受けた。
思い描いていた穏やかな日常は、儚くも砕け散った。
「いったい、何が見つかったって?」
流哉は実家に戻ってきていた。
玄関で小さく呟いた声は、静かな夜へ溶けていく。
祖母の遺品、ともなれば、動かない理由は流哉にない。
即断即決、流哉の行動は早かった。
「普通だったら断るところだけど、祖母さんの物が見つかったとなると……放っておくわけにもいかないな」
この神代流哉という男は、祖母である神代月夜の持ち物や所有品が出てきたとか、それが取引の材料となると判断が甘くなる。
今回もただ呼ばれただけなら、帰省するという選択をしなかったかもしれない。
神代流哉にとって、何よりも優先させる理由が、大切な師である祖母の持ち物を回収するという事だ。
その為であれば、多少の無理も厭わない。
「流哉、おかえりなさい。急に呼び出して悪かったわね」
雪美の優しい声が、流哉を出迎える。
「いいよ。それよりも祖母さんの持ち物って?」
流哉が尋ねると、雪美は少し、歯切れ悪く答える。
「それが……流我さんの部屋にあるの」
「父さんの部屋に?」
流哉は想定外な回答に眉をひそめる。
「ええ。お爺さんが勝手に持ち出さないように見張ってくれているわ」
祖父が話しの中に出てきて、大凡の筋は見えた。
「見つけたのが流我さんで、見つけた場所も自分の部屋だったそうよ」
雪美は困ったように微笑んだ。
「分かった。父さんのところへ行ってくる」
流哉は頷き、母に背を向け、足早に廊下を進む。
流哉は居間などへは寄らず、直接父・流我の部屋を目指す。
いつもの流哉ならリビング等に顔を出すが、この日は直接父親の部屋を目指した。
祖母の遺品、そして流哉の邪魔しかしない祖父の存在。
不安な要素の方が多い。
「いい加減にしろ!
愚かな孫に続いて、お前までワシの邪魔をするのか!」
父の部屋から聞こえてくるのは、祖父・厳重郎の怒声だった。
流哉の表情が、僅かに歪む。
流哉は、ドアの前で足を止め、中の様子を窺う。
言い争う声の内容が、ハッキリと耳に入ってくる。
「早くそれを渡せ!
嫁のクセに余計な事をしてくれた。
早くしなければあの愚か者が戻ってくる!」
「誰が愚かかは、しっかりと考えるんだな、親父。
耄碌したくらいなら捨て置く気だったが、そこまで愚かな考えをするようになってしまっては……遠方の隔離施設で余生を過ごすしてもらうしかないな」
「キサマは! 実の親にその口の利き方はなんだ! 恥を知れ!」
流哉は部屋の前で頭を抱えた。
一つ深い溜息を吐く。
流哉は意を決してドアノブを回した。
「どこの、誰が、愚か者だって?」
流哉が部屋へ入ると、厳重郎は、まるで凍りついたかのように動きを止めた。
「もう戻って来たのか……」
厳重郎は、小さく呟いた。
流哉の視線は、既に祖父を捉えておらず、真っすぐに父・流我を見据えていた。
「遅くなったけど、引き取りに来たよ」
「おかえり、なるべく今日の内に渡した方が良いと思ってね。
物的にも、人の問題的にも」
「じゃあ、早速確認させてもらうよ。
その前に……お前はさっさと出ていけ」
流哉は、有無を言わせぬ口調で、厳重郎に言い放つ。
厳重郎は、不満そうな表情を浮かべたが、流哉の瞳に、その何の感情も込められていない、路傍の石でも見るような視線の前に、すごすごと部屋を出て行った。
流哉は部屋のドアを閉め、内側から鍵をかけた。
「やれやれ、困ったものだ」
流我と流哉は、二人揃って溜息をつく。
「本当に、困ったものだ」
流哉は、疲れたように呟いた。
「まだ、オレに恐怖しているようだけど……そんなに怖かったのか?」
流哉が問いかけると、流我は苦笑いを浮かべた。
「流哉が何処かへ封じ込めたって話しを聞いたときは、生きて帰ってくるとは思わなかったよ。
無事に戻ってきてから数ヶ月は大人しかったんだが、最近は流哉が戻ってこないことを学んだのか、横柄な態度を取ることも多くなってね……
雪美にも酷い態度を取るようになって……昔からだが困った人だよ」
「父さんが許可さえ出してくれれば、いつでも冥府へ旅立たせてやるよ。
祖母さんには会えないだろうけど……」
「まだ、その時じゃないよ。
少なくとも、今のところはまだ言うことを聞くからね」
「惜しいことをした」
穏やかな雰囲気で物騒な事を言う二人。
流哉と祖父・神代厳重郎の関係は、修復がどうとかいう段階は既に過ぎ去っていた。
「それで、祖母さんの遺品は?」
「あれだよ。あの大きな箱がそうだよ」
流我の指さした先、部屋の一角には大きな段ボール箱が鎮座していた。
流哉は箱を開け、中身を覗き込む。
「コレは……雛人形?」
箱の中には、古びた雛人形が丁寧に収められていた。
その人形たちは、一見するだけではどこにでもありそうなものだったが、流哉の魔眼はそこに隠されているものを見抜く。
尋常ではない雰囲気を纏う人形は、呪われた品か、それとも何かが宿っているのか。
精巧に作られた人形の顔は、微笑んでいるようにも、また、何かを企んでいるようにも見えた。
「あの人がこんな物を持っていたのは初めて知った。
これを預かったのは亡くなる直前だったけど……すっかり忘れていてね」
流我は申し訳なさそうに言う。
「祖母さんの持ち物ってことを考えると……普通の雛人形ってことはなさそうだ」
流哉は起動させた魔眼の動きを抑えながら呟く。
祖母・神代月夜は普通の人ではなかった。
魔法使いである彼女が遺した物が、普通の雛人形であるはずがない。
「普通の持ち物は……だいぶ前に処分したからなぁ」
「とりあえず持ち帰って調べるよ。
調べ終わったらそのまま宝物庫の中に放り込んでおくし……」
流哉は、人形を箱に戻し、蓋を閉める。
「何があるか分からないから、十分気をつけなさい」
流我は『君には必要ないかもしれないけどね』と付け足す。
「分かっているよ。
じゃあ、このまま西園寺の屋敷の方へ帰るよ」
「分かった、雪美には伝えておく。
いつでも帰ってきて良いんだからな、ここはお前の家でもあるんだから」
「考えておくよ」
流哉は、そう答えると、龍の意匠を施されている鍵を取りだし、空を切るように縦に動かす。
空間が鍵を動かした範囲だけがヒビ割れ、穴が開く。
流哉はその穴の中へ段ボール箱を次々に入れ、穴を閉じる。
そのまま玄関へ行き、流我に言った通りにリビングへ等へ顔を出すことなく、玄関を出ていく。
神代邸の敷地を出て、夜の月衛山。
深い森の奥で、流哉は『時の旅人』を起動させる。
「さて、と」
流哉は、歪む景色の中、夜空を見上げ、小さく呟く。
「今夜は、少しばかり忙しくなりそうだ」
流哉を包む時計の文字盤のような魔法陣、その中を動く針のようなものが、カチリと音をあげる。
そこに、誰も居なくなった。
桃の節句の特別な話し、楽しんで頂けたでしょうか。
今回は前後編の前編になります。
前後編セットで投稿したいという作者の都合により、投稿がいつもより遅れてしまい、すみません。
※三上堂司からのお願い※
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
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