Ex.二月十四日 バレンタイン本戦 『その弐』燈華のバレンタイン
今回もバレンタインの特別なエピソードにつき、誰の視点という訳でもありません。
楽しんで頂けたら幸いです。
クリスの表記をクリスティアナへ変更いたしました(2022/1/16)
タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/02/18)
クリスティアナとアレクサンドラの二人は朝食の準備を始める。
神代流哉は飲みかけのコーヒーの入ったマグカップと二人から受け取ったチョコレートを持ち、席を立つ。
「二人とも、チョコレートありがとう。二人からの贈り物、大切に頂くよ。
オレはまた部屋に戻るから、朝食は用意しなくて大丈夫」
キッチンへ流哉が降りてきた目的は、眠気を誤魔化す為に身体を動かすついでにコーヒーを淹れること。
思わぬ出来事に足を止めてしまったが、目的を達成した以上、自室の、栄養ドリンクの空き瓶が並ぶ机へと戻らなければならない。
「少しでも何か食べた方が良いんじゃないですか?」
「そうですよー」
心配したアレクサンドラ、それに同調するかのようにクリスティアナも声を上げる。
「いや、急いで仕上げなきゃいけないモノだけ済ませたら寝ようと思っている。
これでも徹夜でね。食欲よりも寝ることを優先させたいんだ。
たぶん、声をかけられても寝ていて反応をしない可能性の方が高いから、オレの事は気にしないでくれ」
流哉は二人に声をかけて二階の自室へ戻っていく。
クリスティアナとアレクサンドラはその手にチョコレートが握られているのを見て、笑顔を浮かべている。
二人のチョコレートは無事流哉に渡った。
そのチョコレートにどのような思いが込められているのか、それはチョコレートを製作した当人しか知ることの出来ないことだ。
流哉が二階へ上がって行ってから一時間、朝食の準備が整い、西園寺紡の館で暮らしている少女たちは全員揃って食事を始めている。
白磁の皿に踊る少し厚めに切られカリッと焼かれた一口大のベーコンの朱、フワフワに焼き上げられた半熟のスクランブルエッグは柔らかな黄金の塊のようだ。
瑞々《みずみず》しい緑の彩り豊かなサラダ、そして琥珀色に澄んだコンソメスープの豊かな香りと香ばしいパンの香り。
以上がアレクサンドラとクリスティアナの二人が用意したメニューだ。
冬城燈華がフォークをベーコンへ突き刺すと、まだ静まっていないベーコンの脂が踊り出す。
ベーコンは何も付けずとも十分な塩味を感じるのか、ふかふかの焼きたてのパンへ齧り付いている。
西園寺紡はスクランブルエッグをスプーンで掬う。
ふるふると震える半熟のスクランブルエッグはフォークで掬うことはできそうにないほどにトロトロに作られている。
それを紡は一口含み、ゆっくりと咀嚼し、嚥下する。
アレクサンドラは三人の食事をする様子を見ながら、琥珀色のスープへスプーン一杯分のクルトンを入れる。
紡の館で出るコンソメスープに具材は存在しない。家主である彼女が好むのは、しっかりと出汁を取って、それを長時間煮込みつつ丁寧に灰汁を取り、しっかりと濾し、余分な油分を抜いたもの。
非常に手がかかるそれを、作った当人であるアレクサンドラとクリスティアナは満足げに頷きながら、スプーンを進ませる。
飲み物だけは各々違うが、流哉を除いたこの館に住む全員がテーブルに揃っている。
「リュウちゃんはそのまま二階に上がったきり?」
最初に口火を切ったのは燈華だった。
「そうだよー」
「ご自身のマグカップも持って行きましたので、起きたら持って降りて来るのではないでしょうか?」
アレクサンドラとクリスティアナの二人は、朝に見た光景をそのまま伝える。
「そっか……部屋に押し掛けるのも気が引けるし、チョコを渡すのは降りて来るのを素直に待っているとしますか」
燈華は降りて来た時にチョコレートを渡そうと考えているらしい。
「時々夜中に忍び込んでいるのに……今更?」
「知ってたの!?」
流哉の部屋へ夜な夜な忍び込んでいるのを紡に指摘され、バレていないと思っていたのか、頬を赤く染めている。
「何をしているのかは聞かないでおいてあげるわ」
「そうしていただけるとありがたいです」
紅茶を優雅に飲んでいる紡の様子とは反対に、燈華の言葉は少しずつ小さくなっていく。
さりとて、燈華が夜中に流哉の部屋を訪れていることは同居している者は皆知っていた。
燈華達は朝食も終わり、読書をしたり音楽を聴いたりと各々自由に過ごしていた。
最初に気が付いたのは燈華だった。
「オソヨー、リュウちゃん」
「おそよー。悪いんだけど、コーヒーを貰えるか?」
「ブラック?」
「ブラック」
燈華に持っていたマグカップを渡し、流哉はソファーに沈み込む。
未だ完全な覚醒には至っていないのか、隙だらけの様子である。
「はい、コーヒー」
「ありがとう……」
流哉はコーヒーを一口、二口と飲み、ゆっくりと覚醒を始める。
燈華は流哉の前に陣取り、頬杖をつきながら流哉の様子を見ている。
「どうした?」
自身を覗き込む燈華へ流哉は『何かようでもあるのか』といった様子で問いかける。
「んー、寝起きのリュウちゃんかわいいなって」
「見ていても面白くないだろう」
流哉は残っていたコーヒーを一気に飲み干して、カップを片付けにキッチンへと向かう。
燈華も流哉の後を追いキッチンへ。
どうやらこのままチョコレートを渡そうという算段らしい。
「どうしたんだ?」
「リュウちゃんにプレゼント。
はい、ハッピーバレンタイン」
燈華はキッチンに隠してあったチョコレートを流哉へと手渡す。
燈華の表情は緊張気味で、頬を染めている。
流哉は手に持っていたカップを置く。
「ありがとう。
アレックスやクリスに続いて、燈華からもプレゼントをもらうとは……」
「一番に渡せなかったのは残念だけど……私の気持ち」
流哉はチョコレートのお礼を言い、チョコレートを受け取る。
緊張した様子だった燈華は安堵のため息を吐き出し、胸を撫で下ろしている。
「大事に食べるよ。ありがとう、燈華」
「お返し、楽しみにしているからね」
満面の笑みを浮かべる燈華と、どう反応を示していいのか分からない流哉。
燈華はそのままリビングへと戻って行ったが、流哉は渡されたチョコレートの帯びに挟まっているカードへと視線を落とす。
カードには筆記体で『You have been the only one for me.』と書かれていた。
わざわざ英語で書かれているメッセージ。
込められた思いは流哉に届いたのだろうか。
流哉は燈華から貰ったチョコレートを片手に、自室の前まで戻ってきた。
部屋の前には客人が待っている。
「どうしたんだ、秋姫?」
思いがけない客人に流哉の足は止まる。
「あ、流哉さん。燈華ちゃんからプレゼント受け取りました?」
「ああ、チョコレートなら貰ったよ」
「あの……私からも受け取ってもらえますか?」
秋姫はチョコレートを流哉に差し出した。
流哉は一つ頷き、差し出されたチョコレートを受け取る。
「ありがとう。大切に食べるよ」
「あまり大切にされても困っちゃいますが、受け取って頂きありがとうございます」
秋姫は燈華たちがいるリビングへと降りていく。
流哉は二つのチョコレートを抱え自室へと入る。
自室へ戻った流哉は、燈華と秋姫からもらったチョコレートをアレクサンドラとクリスティアナからもらったものと一緒にサイドボードの上に置いた。
「まさか……こんなに貰うとは」
バレンタインデーという日が始まってまだ半日も経たないに四人の女の子からそれぞれチョコレートを貰っている。
流哉にとってバレンタインに贈り物を貰うこと自体は珍しくない。
ただ、純粋な好意からくる贈り物を貰うのは久しい。
「メアリーからも贈り物としてもらうことはなかったからな……あいつからは贈り物というよりかはお礼って感じだったし。
家族以外からの贈り物っていうのは久しぶりだ。
去年の贈り物は……呪われた物ばっかりだったしなぁ」
贈り物と称されて送られてきた呪い。
呪われた品が送り付けられてくるというのは珍しいことではなく、その呪いをどう解体するのか、それとも呪いをかけた当人へ送り返すことで反応を楽しむのか。
遊びようはいくらでもあった。
流哉は特別困った訳ではなさそうだが、純粋な贈り物というのにどう反応していいのか分からないだけなのか、それとも何も感じないのか。
ただチョコレートを見つめるだけだった。
流哉がバレンタインの日に貰う最後の贈り物は大学での用事を終えて帰ってきた時だった。
「ただいま」
流哉は大学での打ち合わせを終えて帰ってきた。
起きてからの僅かな時間で作り上げた資料は立花楓に見破られてしまった。
修正を立花の研究室で行い、互いの出した案に、「ああでもない」「こうでもない」と話し合った末にまとまったのは五時間後だった。
予定よりも帰宅時間が遅くなったせいで、満員電車に乗ることを強いられそうになるが、流哉は満員の車両を見ると「死んでもゴメンだ」と言い、『時の旅人』を起動させ、西園寺の館の近くまで転移してきた。
「おかえりなさい。
魔力の反応があったから誰かと思ったけど、流哉さんだったのね」
「珍しいこともあるんだな、まさか紡が出迎えてくれるとは」
流哉を出迎えたのは家主の紡だった。
紡が出迎えるのは珍しい事であり、同居している誰に聞いても、口を揃えて「珍しい」と言うほどである。
「ただの気まぐれ。
みんなリビングで待っているわ」
「直ぐに行くよ」
紡は直ぐにリビングへと引き返していく。
流哉はその後を追いかける。
「おかえりー」
「おかえりなさい」
「ただいま」
流哉はリビングで燈華たちに出迎えられる。
燈華たちの前にはティーカップがあり、夕飯前のお茶をしていたようだ。
「何か飲みますか?」
「コーヒーを貰えるか?」
「はい。少し待っていてください」
秋姫は流哉の希望を聞くとキッチンの方へ向かう。
流哉は既に指定位置となりつつある燈華の隣へと、ソファーの空いている場所へと腰を下ろす。
「流哉さんにも一つあげるわ」
紡が宝石箱のようなケースに収まっている卵型の何かを差し出してくる。
ケースへぎっしりと詰められた卵の形をしたそれは、彩り豊かな包み紙で包まれており、中身の確認はできない。
「何を警戒して居るのかは知らないけれど、中身はただのチョコレートよ」
そう言って紡は卵型の色鮮やかな包み紙を剥く。
カラフルな包み紙の裏側は銀色のアルミ箔。キラキラと光に反射するそれは、まるで宝石のように輝いている。
包まれていた中身が姿を表すと、甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。
流哉は少しだけ考えるそぶりをするが、そのままチョコレートを一つ摘まむ。
手の平に乗るチョコレートの卵はその可愛らしい見た目に反してずしりと重い。
「何か裏がありそうで怖いが……ありがたく頂くよ」
「別に何もないわよ」
既に他の同居人たちは食べたらしく、包み紙がそれぞれのカップのそばにあった。
流哉も包み紙をはがし、チョコレートを食べる。
「それにしても、何でイースターエッグなんだ?」
「面白いでしょう?
それが私からのバレンタインデーのチョコレート、お返しを楽しみにしているわね」
「やはり何か裏があったか」
紡からのバレンタインのチョコレートの半分は既に流哉の口の中。
流哉がこの日最後に貰ったバレンタインのチョコレートは紡からのイースターエッグ。
ウサギが描かれた包み紙、半分に割れた卵から覗くのはウサギを模ったチョコレート。
手の込みようは流哉が貰ったチョコレートの中でダントツだった。
同居人全員へのお返しに頭を抱えることになるが、それはまた別の話し。
バレンタインの話し、楽しんで頂けたでしょうか。
前回の後書きで書いた通り、今回でバレンタインの話しは終わりです。
ただ主人公がチョコを貰うだけの話しになりましたが、彼女たちの思いは届いたのか。
貰ったチョコレートはどうしたのか。
その内に書こうとは思っています。
燈華のメッセージ、気になる方が居ましたら、『バレンタインカード メッセージ』で検索して頂ければ出てくると思います。
お読み頂き、ありがとうございます。
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今後ともよろしくお願いします。




