3.ある大学での一日『その参』 愚かな選択をした者たちと利益を確保する者
今回は立花楓の視点です。
意外な人物かもしれませんが、楽しんで頂けたら幸いです。
前回に引き続き、今回も内容に大幅な生活変更を行いました(2025/02/05)
会議室に残された者達は一様に息を吐き出した。
先ほど、この場所を去って行った人物、神代流哉と直接視線を交わしていた者は面の色を蒼白に染めている。
だから最初に忠告したというのに。
流哉君に不用意に関わるべきではないと。
それなのに己の欲望を抑えきれず、忠告を無視して、彼を従えるなどという叶うはずもない妄想に取り憑かれた。
その結果、目覚めさせてはならない竜の逆鱗に触れた。
実に愚かな振る舞いだ。
「あれはなんだ。あの眼は。あれは、人へ向けるようなものじゃない。
我々の命など簡単に取れるという眼だ」
視線を向けられた教授の一人が身震いをしつつ叫び声を上げる。
他の教授達も同様に感じたらしく、身震いをする者、鳥肌を何とかしようとする者、今まで見たことのない一面に驚きを隠せない者と反応はそれぞれだが、皆、神代流哉という一人の青年の視線が偽りではなく怒りと殺意を持って向けられた事を感じていた。
「だから報復なんてバカな事はやめましょうと最初に提言したではありませんか。
それに対して聞く耳を持たず、絵に描いた餅を得ようとしたのがそもそもの間違いであったと自覚すべきです。
断言しますけど、彼の言葉は脅しなんかではないですよ」
流哉から敵意が込められて視線を向けられたにも関らず、一人飄々とした態度で立花楓は他の教授達へと話かけた。
楓の態度は一貫して変わらない。
故にこの場にいる者からすると異常に感じるのだろう。
それは“あいつは恐怖を感じないのか”という分かりやすい視線だった。
そもそも、彼らが流哉君から向けられたのは敵意と殺意。それに対して楓が向けられたのは敵意だけ。
敵意程度で恐怖するほど精神が子供ではない。
仮に流哉が楓に殺意を向けるとしたら、その瞬間が最後の時になるだろう。
「確かに君の提言に耳を傾ければよかったと今さらになって思ったよ。
それにしても君は何故、あの視線を向けられてそんなに平気そうなんだ?」
「私が平気なのは置かれていた環境の違いですよ。
以前居たのは日本のように穏やかな場所ばかりではありませんでしたから……」
「君の過去には触れない約束だったな。この話はここまでにしよう」
問われたことに、自身の過去を悲しそうな顔という演技で語る楓に、学長はこれ以上問いかける事はしなかった。
学長が会議室を見渡し、教授達一人一人に目を向けて行く。
流哉の視線に恐怖する者、新たな一面にいまだ納得できていない者。
会議室の中は、既にそれどころではなかった。
「神代君へ、これ以上関ることをここで禁止する。
彼の眼が嘘を言っていない事は分かったであろう」
流哉に向けられた視線。あれに楓は覚えがあった。
左右の異なる虹彩の瞳から向けられる隔絶した力の差を。一挙手一投足がそのまま自身の命運に繋がるあの感覚を。
神代流哉、彼の持つ魔眼が開かれていなかった。これだけが救いだと楓は凍える背筋を振り払うように深く深呼吸をする。
「今の彼を下手に刺激すれば、そのまま自身の立場を失うと考えた方がいい。話し合いで解決しようにも向こうはこちらが提案するテーブルには二度と着いてくれないだろう」
騙し討ちのような形で行ったのだから当然だ。
どれほど甘い人間でも、騙した相手への警戒はする。
話し合いのテーブルに着いてくれるように交渉してくれた頼まれても、もう楓では不可能だ。
たった一度しか使用できない召喚権を切らされた。それも騙すような形で使用したのだから、流哉からの印象は最悪だ。
もし、それでも話し合いによる解決を望み、交渉のテーブルへ着かせようというのなら、時間をかけて信頼を取り戻す以外に解決策はない。
いや、普通の方法では他に無いという話し。法外な金額とそれなりの伝を必要とする方法でなら可能性はある。
「彼の事は私と立花君に一任して欲しい。
これ以上、彼に関らないと約束をしてくれるのなら、彼に君達へ関らせない事を約束しよう。
ここに居る誰もが神代家と揉め事を起こしたくはないだろう」
最初は賛同するかどうか迷っていた教授も未だに数人いたが、流哉の視線を思い出し、又彼が神代家の人であることを思い出し、すぐさま賛同した。
教授達の不安が晴れる事は当分ない事に気づいていたのは楓ただ一人。
晴れる事のない不安の指摘をせず、ソレを楓は口には出さないでいた。
これから押し付けられるのであろう流哉への対応に、他人の心配をしているどころではないと覚悟を決めた。
ざわつく会議室を抜け出し、立花楓はスマートフォンを操作してなれた手つきで電話帳アプリをタップし、電話をかける。
出てくれるかどうか。それは一種の賭けである。
繋がればまだ交渉の余地が楓に残されているということ。
逆に繋がらないのであれば、関係性は最悪ということになる。
「あ、流哉君? 今電話大丈夫かい? 実は頼みたいことがあってね」
『ほう。オレを罠にかけた上で、頼み事、ね。
よくもそんなことを言い出せたと驚いた』
電話には出てくれた。しかし、通話口の向こうから聞こえてくる声からは怒りの感情を読み取ることはできない。
怒るに値すらしないという意味なのか、それとも関係はリセットされたという意味なのか。
神代流哉という人間が、他人という間柄において取る行動は、関心がないか排他的のどちらかだ。
どうにかして関係を繋ぎ止めておかなければならない。
この立花楓には、成し遂げなければならない野望がある。
「そう言わないで、話しだけでも聞いてくれないかな?」
『チッ……話しだけだ。話しだけは聞いてやるよ』
「すまないね、恩にきるよ」
『いいから、早く話せ。切るぞ』
話しを急かしてくる流哉の態度には遠慮はない。
それは苛ついている様子だが、楓にとっては最初の賭けに勝ったということに他ならない。
怒り未満ではあるものの、苛つく程度には楓に対して流哉の感情が残っているということ。
糸のように細い線ではあるが、まだ交渉を持ちかけるだけの余地は残されている可能性を持つには十分だ。
「機嫌が悪い時は素が出るんだね。はいはい、実はね――――」
機嫌の悪いことを隠さない流哉に促され、説明を始める。
ここからが本番、本来の目的を達成する為に必要な交渉を持ちかける。
事情を織り交ぜ、嘘偽りのない真実を隠さずに話す。
「――――と、いう訳なんだ」
『なるほどね、そんな意図があんたにはあった訳か』
ここで偽ったりなどしたら、それこそ取り返しのつかない失敗になると分かり切っていた。
元々勝ち筋は薄い、分の悪い賭けである。
あとは天運に任せるしかない。
無信仰の身で天任せとは、電話口の向こうに居る彼に知られたら鼻で笑われるのがオチだろう。
「うん、そう。前向きに検討してくれるとありがたい」
『さあな、オレは気まぐれだからな。
それに、お前の頼みを聞いてやる義理もないってことはお前自身がよく分かっているはずだ』
「そうは言っても、君は協力してくれる優しさを持っていることを私は知っているよ」
『煽てても何も出ないぞ。それで手を抜くことも、情に流されることも決してない。
まあ、検討するだけはしてやる』
流哉の強気な声に苦笑いを浮かべ、一方的に通話の切られたスマートフォンを耳から離す、再度操作し、再び電話をかける。
「あ、もしもし、立花です。例の件だけど、もしかしたら紹介できるかもしれないよ」
立花楓の企みはこうして始まる。
立花楓の視点はどうでしたか。
大学という閉鎖空間の中で暗躍する人物としてこの人以上の人物はいないでしょう。
彼の動向も楽しみにして頂けたらと思います。
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