Ex.壁から生えた髑髏 『その捌』 魔法使いの助力
今回も引き続き燈華の視点です
楽しんで頂けたら幸いです。
※Exエピソードになります。
時系列をある程度無視しておりますので、本編と関わりなく楽しめるようになっております。
ルビふりと少々の加筆を行いました(2024/06/03)
加筆と修正を行いました(2025/1/11)
西園寺紡は一飲みした紅茶のカップをソーサーに置く。
語りだすのを待っていた燈華と大津秋姫は、聞き逃さないように口を閉じ、耳をすます。
「今日初めて見たっていうソレだけど……目覚めたのがここ最近っていうだけで、前から貴女たちの学校には居たわよ」
「前から居たわよって……何で教えてくれなかった上に放置しっぱなしなの」
「何でと言われても―――私は一度だって貴女たちから尋ねられたことがなかったわよ」
そんな当然なことを聞かないでと言いたげな紡の視線に、燈華は続く言葉を飲み込んでしまった。
勢いのままに言及することはできない。そんなことは許さないと言われているような冷ややかな視線は、冷静になるのに十分な迫力がある。
「そんなのが居るなら教えてよ……」
「教えても燈華は真面目に聞かないでしょう?
苦手だって言っているモノのことを、わざわざ教えるわけがないじゃない。時間の無駄だもの。
それでも教えて欲しかったのなら、今度は貴女の方から聞きなさい。
聞かれたら教えてあげるわ」
紡の言うことは正しい。
燈華は、こういう幽霊だとかそういう類のものが大の苦手だ。
魔法使いの家系に生まれて、ソレを受け継ぐと言っているくせに、未だに覚悟だけはできていない。
中途半端に表の世界と裏の世界の狭間にいる。
裏の世界にいる覚悟を決めなければならないのに、決めきれないでいる燈華が悪い。
「―――分かった、今度は私からちゃんと聞く。
だけど、何で放置していたのかは教えて欲しい」
「良い判断ね。
まあ、知っていながら放置していたのは、この町に住む私たちのように神秘に関わる者全員が、脅威と捉えていなかったからだけど……眠っていたようだし」
「じゃあ、何で急に目覚めたの?」
「最近、正確に言うと今月に入った辺りからこの町に強い気配が増えたわ。
私に思い当たる理由があるとしたら、それくらいね。
まあ、突然目覚めるってことが絶対に無いとは言えないから、あくまでも可能性の話しだけど」
紡の話している雰囲気に何かを隠している様子はない。
心の底ではどう考えているのかまでは分からないけど、少なくとも真実を告げているということは確か。
少なくとも、突然あの形容し難い化け物が目覚めた確かな理由を紡は知らないということらしい。
「強い気配の正体も気になるところだけど、まずは目覚めた化け物、それの対処する方法を教えてほしい。
私がいる学校ですもの……他の誰でもない私自身がやるわ」
紡の言う強い存在というモノは、今の燈華が手を出していい話題ではない。
興味本位で聞くのは目の前の問題を解決した後だ。
冬城燈華に、回り道をしている暇はない。
「まあ、貴女ならそう言うと思っていたけれど、ヒメはそれで良いの?」
紡は話しを秋姫に振った。
確かに秋姫にとっても関係がある話しだけど、燈華だけでは役不足なんだろうか。
「燈華ちゃんがやると決めたのなら、私はその意思を尊重するわ。
だけど、私もただ黙って見ている訳じゃない。私にしかできないこともあるはずだから」
秋姫の意思は固い。
たぶん燈華が何を言っても引いてはくれないと思う。
昔からコウと決めたら人の意見では意思を変えない、頑固な幼馴染だ。
「二人で挑むと仮定して話しをするわね。
まず、壁の中の存在だけど、アレは複数の意思の集合体よ」
「複数って……あんなのがまだいるの?」
「最初の一人は最初の校舎を建てた時に引きずり込まれたのね。
校舎の改築と増築を繰り返す度に一人、また一人と犠牲者が増えていったと考えれば、あれだけの怨念の蓄積は説明がつくわ」
「その核となるのは?」
「あの位置はかなり昔に人柱が埋められた位置だったと、貴女のお爺さんに聞いたことがあるわ。
今回の核となっているのは、おそらくその人柱になった者ね。
積もり積もった恨みが人を引きずり込む化け物に成り下がったってところかしら」
紡が燈華のお爺様に聞いた話しによると、校舎が立っている位置は昔に人柱を埋めた場所と重なるそうだ。
積もり積もった恨みが、あの場所で工事が行われる都度に一人ずつ引き込み、力をつけていったということらしい。
「対処法は?」
「正直な話しをするなら、貴女の手に負える相手ではないから手出しはするなと言いたいところだけど……燈華にそれを言っても無駄ね」
「私はアレを何とかしないといけない。
今はまだ私とヒメにしか向けられていない殺気が、いつ他の人に向けられるのかも分からない状況を放置することはできない」
正義感だとか、そんな安っぽい理由で言っているわけじゃない。その程度の理由で助けを求めても、紡という魔法使いは絶対に力を貸してくれない。
それに正義感だけじゃ燈華が命をかける理由としては弱過ぎると自分自身でも思う。
もっと明確に、そして確固たる理由がある。
「この町の管理者である冬城の家の者として、私はこの問題を明るみに出る前に処理しなければならない。
それに、私に対して殺してやるっていう思念を向けてきたのよ?
誰に向かってそんなものを送って来たのか、安く買い叩いてやって身の程を分からせてあげないとね」
「貴女はいつもソレね。
でも、燈華のそういうところ、私はとても好きよ」
「私だけじゃ無理でも、紡が手を貸してくれるなら何とかできる。
だから紡、私に力を貸してほしい」
「紡さん、私からもお願いします」
回りくどいことは言わず、真っすぐに気持ちを伝える。
紡を動かしたいなら、燈華の本当の気持ちをそのまま伝えるのが一番確かな方法だから。
秋姫もソレをしっかりと分かっている。
「―――ふぅ、良いわ。貴女達の気持ちに応えましょう。
先達者として、頼られるのは悪い気もしないし……だけど、毎回手を貸すとは限らないから」
「「ありがとう」」
「まず、ヒメは補助に回り、それに徹すること。
場所の禊や、邪払いの結界を張るくらいが貴女にできる事よ」
「分かりました」
「次に燈華だけど……貴女には私の使い魔を特別に貸してあげるから、それを使う事だけを考えなさい。
余計な気や、『私にも何かできる』とか余計なことを考えないこと」
「私の魔術じゃ歯が立たないってこと?」
「そう言っているの……本来であれば貴女のような見習いが手を出すべきことじゃないわ。
今回は貴女の熱意に動かされて、特別に魔法使いの私が手を貸してあげるの。
だから、貴女は私の使い魔を呼び出すことだけに集中しなさい」
紡に言われたことには納得するしかなかった。
燈華はまだ半人前のド素人もいいところ。
悔しいけど、今は自身の力のなさを嘆く前に、問題を解決することが第一だ。
ソレを糧に成長することが、燈華にとって大事な事だと信じて。
「分かった。今回は私のワガママを聞いてくれてありがとう。
紡の大事な使い魔、しっかりと使ってみせるよ」
「それでいいのよ。
コレを貴女にあげるから、準備が出来たら挑みなさい」
紡は蒼い石がはまったペンダントを燈華に渡してきた。
コレはきっと使い切りの魔導器で、石の中には紡の使い魔を呼び出すための何かしらの魔術が封じられているはずだ。
「使い方は?」
「魔力を込めるだけ。
そうね……貴女の魔力なら三分程の間込め続ければ大丈夫だと思うわ。
石が輝くのが完了の合図になるから、そうしたらこう言うの『来なさい』って」
「分かった、絶対成し遂げて見せるから」
「ハイハイ。
じゃあ、燈華の相談事っていうのも終わりでいいのかしら?」
リビングの窓から覗く外の景色は夕焼けの赤を過ぎて、黄昏時の青に入っていた。
ずいぶんと長く話していたらしい。
「うん。
じゃあ、夕飯の準備にそのまま入るね」
「お願いね。
あ、あと冷蔵庫の中に食材を足してあるから、好きに使って」
「ありがとう。
腕によりをかけて用意するから、期待して待ってて」
「ほどほどに期待して待っているわ」
紡はそのまま席を立つと自身の部屋へ戻って行った。
秋姫は燈華の分もカバンを持ち、『私のカバンを置いてくるついでに燈華ちゃんのカバンも部屋に置いてくるね』と言い、二階へ上がって行った。
燈華は二人を見送ると、お茶のセットを片付けながら、冷蔵庫を覗く。
さて、今日は何をつくろうか?
紡に助言ばかりか、使い魔まで貸してもらい、学校に住まう化け物を退治する算段をつける。
決行は明日。
入学式を終えた後に、誰もいない教室でさっさとすませる。
そう、『コレはただの作業だ。』と自分に言い聞かせて、夕飯の準備を進める。
明日、それとは別にもう一つ大きな事件が起きるとは、この時の燈華は思いもしなかった。
これは、しばらくの間町中で話題となる『壁から生えた髑髏』事件の前日の出来事だ。
燈華の視点どうでしたか。
ついに八話まで伸びてきました。
あと三話でこの話しは一区切りにしようと思っていますので、あと三話ほどお付き合いいただきたく思います。