教育委員長笹山の受難
今回は燈華たちの視点ではないです。
燈華が手を回した結果を楽しんで頂ければ幸いです。
加筆と修正を行いました(2025/1/7)
新山由紀子を降ろした黒塗りの高級車は、大凡それが走るには不釣り合いの住宅街を走る。
海之輪市|宇深之輪町の宮古地区は、借家が集められた地区であり、そんな場所を走る高級車は違和感の塊だ。
「ヒメ。ゆきちゃんは大丈夫かなぁ」
「大丈夫よ燈華ちゃん。流我おじ様が追加でボディーガードを配置してくれるって言っていたし。
それに教育委員会の方からもう笹山先生には話しが行っている頃じゃないかな」
秋姫の言う通りだと燈華は思った。
神代家から連絡が来て、すぐに動かないような人間は、この町で権力のある座に着くことはできない。
神代という名前は、それだけこの宇深之輪という地では特別な意味を持つ。
「それもそうか。ボディーガードがいるなら心配いらないし、今回の一件で笹山も懲りてくれればいいんだけどね」
「多分懲りないと思うよ。懲りない方に私は今日の夕ご飯のおかずをかけても良いわ」
「ヒメ、それはかけが成立しないよ。私もかけるなら懲りない方だもの」
黒塗りの車内。周囲に与えるはずの違和感など気にせず、燈華と秋姫の二人が談笑している頃、学校の職員室へ一本の連絡が入る。
『もしもし、教育委員会の笹山だが、ワシの息子はまだそちらにいますかな?』
「はい。確認いたしますので、少々お待ち下さい」
一般的な保留音が響く。
いつになく笹山悟朗は焦っていた。
原因は夕方、帰宅しようとした際にかかってきた一本の電話だった。
「はい、笹山ですが」
『あ、教育委員会委員長の笹山さんですか? 私、神代流我と申します』
神代。この町に住む者で、特に権力を持つ者の間では知らない者はいない家系の名前。
そのような人物が教育委員会に何のようだろうか、と疑いを持つ。
「確かに笹山は私です。しかし、神代さんからお電話とは珍しいですね」
『今日、急に用事が出来たものですから。それで電話をした次第ですよ』
「急な用件とは?」
背中に冷や汗が滲む。
確実に良くない事だという予想が出来る。
何か、大きなものが牙をむき、大きな口を開けているような気さえしてくる。
『貴方の息子さん、確か私立宇深之輪高等学校に勤務していましたよね?』
「はい。もしかして私の息子に用でしょうか?」
『いや、親である貴方に用がありましてね。
私の懇意にしている家の娘さんから連絡がありまして、ビックリしましたよ。
教育委員会委員長の笹山さんが、ご息子のために不祥事をもみ消したと言うではありませんか』
笹山悟朗は覚悟を決めるしかなかった。
外部には決して漏れないよう、厳重に事を運べたと思っていたことが、町で一番の発言権を持つ者の耳に入ってしまったのだ。
「はい。愚息に泣きつかれまして、仕方なく」
『そういうことでしたか。では、笹山さんご自身は仕方なくということですね?』
「はい、それはもちろん」
『そうですか、では私のお願いも聞いてもらえますかな?』
「もちろんです」
『では――――』
「――――はい、分かりました」
要求された内容はたいした事ではないが、急を要する上に、下手をすれば自身の首が危ない。
笹山悟朗は私立宇深之輪高校へ電話をかけた。
五分ほど待っただろうか。いっこうに保留音が止む気配はない。
内心の焦りからイライラが募る。
『はい、笹山です』
「ようやく出たか、馬鹿息子!」
『親父、どうしたの? 学校へ電話なんてしてきて』
「いいからよく聞け。お前は明日から一ヶ月自宅で謹慎だ。追って学校へ正式な連絡が入る」
『どういうことか理解できないんだけど?』
「この前言ったはずだ、次は庇えないと。それが今回ということだ」
『嘘だろ! 頼むよ、親父何とかしてくれよ』
「無理だ。今回はワシの力じゃどうにも出来ん。
お前は一体誰に手を出したんだ!」
『一般の生徒だよ。あと新山って若い女教師だけど?』
「新山だと。もしかして冬城のお嬢さんと懇意にしている教師か?」
『そうだけど』
「お前は、あれほどきつく言ったじゃないか!
冬城のお嬢さんとその関係者には手を出すなと、ワシは何度も念を押したはずだぞ。
ワシの力でどうこうできる問題ではなくなった。いいからお前は謹慎処分、次は解雇の上刑務所行きもありえるからな」
笹山悟朗は乱暴に電話を切った。
運転手へ行き先の変更を告げ、窓の外を見つめる。
夕焼け空の茜色が何故か今日は血の色に見えた。
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【生徒会秘匿ファイルVol.1】
○月×日
この日、正式に笹山教諭へ謹慎処分が言い渡された。
報復なんて事を考えて新山教諭の家の付近へ向かったらしいが、会長が知人にお願いして手配したボディーガードの前になすすべもなく、すごすごと帰宅したらしい。
翌日、新山先生は新居へ引っ越され、ボディーガードは知人の好意に甘え、暫くの間そのままつくことになっていると会長は言っていた。
我々がこのことを知らされたのは、笹山教諭が謹慎処分になった三日後のことだった。
あの日、大津副会長に誘導されるまま、先に帰ってしまったことが悔やまれる。
今回の一件で教師陣は生徒会長へ意見することも少なくなるだろう。
我々の会長様はすごい御方だ。
記録係 井上
こうして燈華の一日は幕を閉じた。
本人の知らない間に秘匿ファイルなんてものが製作されているとは知らず、翌々日に登校した時、尊敬と畏敬と変に熱のこもった視線を向けられ、困惑するのはまた別の話し。
今回の話しはどうでしたか。
楽しんで頂けたら幸いです。
町一番の権力者は、親しい関係の人からの頼みは断らないという設定です。
フィクションであるから許されるトンデモっぷりを楽しんで頂ければと思います。
お読み頂き、ありがとうございます。
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