12.厄介な人『その肆』 冬城燈華が手をかす理由
燈華の視点です。
楽しんで頂ければ幸いです。
加筆と修正を行いました(2025/1/6)
冬城燈華が差し出した画面を見て驚いている新山由紀子。
戸惑いながらも覗き込む由紀子の表情が驚きに変り、喋るように促すと確かめるように口を開いた。
「もしもし、新山ですが」
『久しぶりだね、由紀子ちゃん』
スマートフォンの画面に表示されている名前は『神代のおじ様』。
その重い響きのある声は昔から変らず、由紀子にとっては忘れたくても忘れられない、懐かしいもののはずだ。
「ご無沙汰しております、流我おじ様」
『燈華ちゃんからさっき連絡を貰ってね。かなり困っているみたいだね』
「じつは――――」
由紀子と流我おじ様の話しは数分間続いた。
徐々に由紀子の張り詰めていた糸が解けるのが分かる。
『よく頑張ったね。大丈夫、僕が手を貸してあげるから』
「ありがとう、ございます。流我おじ様」
『良いよ、このくらいの事は。お礼を言われる程のことじゃない。
あ、そうだ、結婚式の招待状、妻も併せて送って欲しい。
出来れば息子にもこっそりと送ってやってくれると嬉しいな』
「はい、送らせていただきます」
『ありがとう。楽しみにしているよ』
電話が切れる頃には由紀子の瞳には再び涙が滲んでいた。
今度の涙は不甲斐無さから来るのではなく、心からの安堵のものだと。
スマートフォンをしまい代わりにハンカチを取り出して差し出さす。
「ゆきちゃんの家まで送って行くよ。少しぐらいの寄り道は文句言わないでしょう」
どこからともなく現れた黒塗りの高級車に由紀子は驚いている。
顔を上げると同時に高級車が止まっているなんて常識的に考えてありえないことだから、驚くのは至極当然の反応だと思う。
「これは?」
「私達用って用意されている送迎車。家まで送って行くから乗りなよ」
「由紀子さんの家って宮古地区ですよね」
「ええ、まだ引っ越していないから」
「じゃあ、明日引っ越しましょう。
手配は全てこちらでやるので、明日は学校を休んでください」
秋姫が自前のパソコンを開いていろいろ打ち込んでいる。
秋姫に任せて、燈華は少し黙っていることにする。
こういうことは燈華には向かないことを自負している。
「でも、まだ仕事の引き継ぎが終わってないし、クラスの事もあるのよ」
「私と燈華ちゃんで手を回しておくので安心して下さい。それに明日は学校へ行かない方が得策だと思いますよ」
燈華から見た由紀子はまだ納得したと言う表情をしていない。
それでも頭ごなしの否定ではなく、熟慮する為に黙っている。
頭の中では理解しているのだ。秋姫の言うことが正しいと言うことに。
「分かった。秋姫がそこまで言うならそうする。
でも、二人ともこれだけは聞かせて。どうして私のためにそこまでしてくれるの?」
話しがまとまったのか、由紀子が燈華と秋姫に尋ねてきた。
どうしてここまでしてくれるのか、その理由が知りたいと。
「うーん。まあ、私も秋姫も貴女に頼られて嬉しいだけなんだよね。
昔の姉貴分に頼られるのってさ、ゆきちゃんが考えているよりも私にとっては嬉しい事だよ」
「だから気にしないで由紀子さん。私達は好きでしていることだから」
由紀子を誘導し、車に乗り込む。
由紀子を秋姫と挟んで座る。隣から小さく、こぼすように“ありがとう”と、聞こえた。
はっきりと聞こえていたのが、あえて聞こえないフリをした。
数年来の付き合いである幼馴染がこぼす言葉をあえて聞かなかったことにしたのを、きっと当の本人は気づいている。
それでも燈華は今の関係が壊れてしまわないように、あえて聞かなかったことにする。
車に乗り込んで以降、誰も口を開くことはなかった。
沈黙が車内を満たし、車は三十分ほどで由紀子の家に着く。
「着いたけど……ゆきちゃん、まだ借家暮らしだったの?」
「仕方ないでしょう、教師って職業は燈華たちが思っているより薄給なんだ」
いつもの調子に戻った由紀子の様子に、軽口を言える位にまでは元気になったと安堵する。
きっとこれからも燈華たちの仲は変わらないと確信できたから。
「燈華ちゃん、そろそろ私達も帰らないと」
「じゃあゆきちゃん、また明日。私たちが来るまで絶対に鍵を開けないようにね」
「由紀子先生、また明日」
「また明日って、お前たち明日もサボるつもりなのか!?」
当然のように明日も学校を休むと言ったことに、由紀子は反応してくる。
しかし、そこはあらかじめ手を打ってあるというか、由紀子がド忘れしているだけだと思う。
何故なら明日は―――
「ゆきちゃん、明日はそもそも学校休みでしょう?」
「由紀子さん大変お疲れだったんですね。明日は校舎の点検に業者が入るから休みになりましたよね?」
そう決まったのは先月の事だ。
度々問題になっていた校舎の老朽化問題にとどめを刺した事件が先月にあった。
教室間の壁が崩れて、そこから白骨の遺体が見つかったという、この町で今話題を集めている事件だ。
警察の現場検証は済んでいるが、業者立会いの下で現場を検証したいと施工会社の親会社にあたるこの町きっての大企業が声をあげた。
それで急遽事件が起きてから一ヶ月後にあたる明日に警察や業者の人が来て再度検証をするという事になった。
詳しいことを知っているのは、教師以外ではソレを聞き出した燈華と秋姫だけである。
聞き出した燈華たち以外の生徒たちは休みが増えたと喜んでいる。
「そういえば明日だったわね。
それなら尚の事、教師である私は休めない」
「あ、ソレも大丈夫。流我おじ様に頼んであるから」
「どういうことソレ」
急に真顔になる由紀子に少し怖いと感じつつ、真相を話すことにする。
この感じは早々に吐かないと何をされるか分からない。
「問題の起きた教室って、私たちが普段使っていた教室だったよね?」
「そうね。私が受け持っている教室ね」
「それで明日来る業者の関係者の中に神代の名前があったことに気づいてる?」
「それは知らなかったわ。私は詳しい資料を見せてもらってないから」
「だと思ったから、私が流我おじ様に言ったの。
流我おじ様が、『うちの方でも話しを聞きたいから』って理由でゆきちゃんを呼び出せないかって」
「そんなこと無理に決まっているでしょう」
そう、当然本来は無理だ。
警察が立会いの下、業者が来ての現場検証に肝心の教室を担当している教師が行かないなどという事が許される訳がない。
しかし、いくらでも裏技や抜け道はあるのだ。
知らなくて良い知識の類いだけども。
「流我おじ様が言うには、『他の教師だけでなく校長たちが見ている中で、はたして本当のことが言えるのか。口裏を合わせるように圧力がかけられていないのか。疑問を残さないためにも、現場に居合わせてしまった不幸な責任者には本社まで来てもらう予定だった』って、ことらしいよ。
たぶん、明日の朝、警察官が来て、一緒に神代家の事業であるジンダイの本社に行くって感じじゃないかな」
「パトカーに乗せられて行くのは嫌ね……」
警察官が来て、パトカーに乗せられる様子を想像したのか、由紀子の顔色が悪くなっている。
「だから、明日私たちが迎えに来てあげるよ。
ジンダイの本社での話し合いって言っても、一時間くらいで済むって流我おじ様言っていたし」
「そういうことなら、明日お願いしてもいい?」
「大丈夫。私たちが言い出したことだし、ヒメも良いよね?」
「私も大丈夫よ」
「ヒメもこう言っているし、私たちのことは気にしないで。
学校に連絡を入れるのもそれからでいいハズだし」
「分かったわ。明日はよろしくね」
「りょーかい。私たちは帰るから、ゆきちゃんは早く家の中に入りなよ」
燈華と秋姫は由紀子が家に入り、言われた通り鍵をかけて家に閉じこもる様子を見届ける。
これで、大丈夫。
あとは流我おじ様の手配した人たちに任せましょう。
「後のことはお任せしますね」
夕焼けの赤から夜の暗闇に変わる切れ間。
借家の裏に広がる森の木の葉が、燈華の言葉に呼応するように揺れて落ちる。
暗闇に溶け込む何かをしっかりと捉えて言い放ち、車に乗り込む。
燈華たちを乗せた車はゆっくりと走り出す。
燈華の視点、どうでしたか。
サブタイトルの『厄介な人』はこの話しで終了です。
まとめとしてEX.エピソードをいくつかアップする予定です。
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