10.厄介な人『その弐』 新山由紀子からの相談
燈華の視点の続きです。
楽しんで頂ければ幸いです。
加筆と修正を行いました(2025/1/5)
職員室における一連の流れは、コレから起こることの始まりに過ぎなかった。
よもや、笹山が邪な考えをしていたとしても、いつか復習してやろうとか、報復の機会を狙っていたとしても、この日の内にそれが叶わなくなるとは笹山が分かるはずもなく、そして職員室に教師の誰もがこの日、冬城生徒会長の前に権力など意味をなさないことを思い知ることになる。
後に『生徒会秘匿ファイルvol.1』と名づけられた事件はこうして幕を開いた。
生徒会書記の記述より抜粋。
「呼び出しておいたくせに遅くなってゴメンね」
職員室で暇をもてあそぶ二人の元へ呼び出した張本人である新山由紀子教諭が姿を見せたのは、笹山が出て行ってから実に三十分も後のことである。
レディース物のパンツスーツ姿。シャツもパリッとしており、下手な男より男らしい。
性格は穏やかだが、出し惜しまない情熱を抱えている人。
腹部だけが膨らんでいる二十代中盤の姉御肌な女教師。
「ゆきちゃん、お腹に子供が居るんだからあまり無茶しちゃダメだよ。別に私達怒ってないんだし」
「そうです、顔を上げてください。由紀子先生、今何ヶ月目ですか?」
「燈華、学校でゆきちゃんはやめてよ。大体六ヶ月前後といったところかな」
「じゃあそろそろ産休のこと考えないといけないですね」
「そのことなんだけどさ。燈華、私は学校を辞めようと思うの」
由紀子から打ち明けられた話しに驚きを隠せなかった。
ただ、お腹が日に日に大きくなっていくのを見てきた側からすると、一日でも早く休んで欲しかったのは本心だ。
「もう、ゆきちゃんと会えないの?」
「別に遠くへ行く訳ではないのだから会えないということはないわ。
そうね、学校で会うのは燈華たちの卒業式くらいだろうか」
「もう決めたことなんですね?」
「ああ、秋姫にも迷惑をかけるな」
「それはかまわないのですが、後任の教師は決まったのですか?」
「一応お世話になった大学の恩師に相談したら親身なって聴いてくれてね、夏休みの頃には紹介してくれるみたい」
「ゆきちゃんは、教師を完全に辞めるの?」
「いや、三十代半ばまでは子育てに専念したいと言ったらその恩師が『私の研究を手伝ってみないか』と誘ってくれてね、今度は大学の方で研究に参加することになったの。
三十代中盤になったらまた教鞭を振るうか考えるよ」
由紀子のような生徒の為を思って行動してくれる教師は今時珍しく、後任の人がどういう人かを探りを入れるが意味がなかった。
教職に復帰して欲しいと思うが、由紀子には幸せになって欲しい。
完全に辞めてしまうわけでないことを聞き、燈華は納得する。
「そっか。残念だけど、ゆきちゃんの人生だし、いいんじゃない」
「燈華、いい加減にしなさい。幼馴染とはいえ怒るわよ」
「はいはい。で、新山センセ、私たちを呼び出した用件は?」
目の前の由紀子は問い掛けに答えず、ただ驚いた顔をしている。
真面目な話しだと思ったから切り替えたのに、驚くなんて失礼だと思う。
「新山先生、特に用がないなら帰っていいでしょうか?」
「ごめん、用はあるの、今日の会議のことなんだけどね……」
「歯切れが悪いですね。何か言い辛そうですよ」
「うん、何と言うか、まあ、うん。
どうにもね、一筋縄ではいかない問題なのよね」
「一筋縄ではいかない?」
燈華は顎に手を当て、考え込む。
新山由紀子の口から弱音を聞くのはこれが初めての事だ。
生徒の方に問題があるのであればゆきちゃんは自分で解決するだろう。彼女はそういう性格なのだから。
生徒ではなく教師の方に問題があるということなのだろうか?
「燈華ちゃん、ここで悩んでいても新山先生は話せそうにないし、それ以上の情報が入って来ないで八方塞がりのままよ。
とりあえず、場所を変えましょう?」
秋姫の言うとおり、ここで悩んでいても仕方がない。
少し悩んだ末に思考を切り替える。
ゆきちゃんの言った数少ない情報、『一筋縄ではいかない』。ここから推察できる事は少ないし、彼女をここまで悩ませる問題は何かを聞かないうちは気分が悪い。
「新山先生、“第二”生徒会室までご足労願えますか?」
「ええ、分かったわ。じゃあ移動しましょうか」
燈華を先頭に職員室を後にして生徒会室へ向かう。
由紀子を気遣ってゆっくり進んでいることは直に本人にバレてしまうと思う。
道中、サボリであろう生徒に何度か擦れ違うが、あえて声はかけない。
勿論、彼らの誰もが声をかけてはこない。
かけてこようものなら、今この場で授業をサボっている理由を聞かなくてはならなくなる。
燈華は自分の邪魔にならないのであれば、少しのルール違反は見逃す。
勿論、その逆で利になるのであれば咎めるけど、今回は損になることの方が大きい。
見逃してやるから話しかけるなっていうのが燈華の意思だ。
誰が言い出したのか、こんな世迷言が燈華の通う私立宇深之輪高等学校にはある。
それは、“無口な時の冬城には近寄るな”っていうものが。
非常に不愉快極まりない。
燈華が生徒会長になる以前、この学校へ入学した当初から囁かれる甚だ不本意な噂だ。
不本意だけど、それが生徒会長としての冬城燈華に対する周りの評価だと言うのならそれを受け入れようと思う。
「さて、ここなら邪魔は入らないでしょう」
「ここって生徒会室の隣の部屋よね?」
由紀子を連れて来たのは生徒会室の中からしか入れない隣の部屋。
担当となった先生と生徒会の役員意外は知らない秘密の小部屋。
歴代の生徒会長が守り続けてきた秘密の部屋。
実際には、中には歴代の生徒会長が残してくれた資料が保管されているだけの大した秘密ではなかったりするのだけど。
「よくこれだけの資料を蓄えたわね」
「今はデータ化して少なくしている最中ですよ」
「流石に歴代の資料が丸々残っていて量が多すぎってことで秋姫を中心に始めた作業だけどね。
それはそうと、話しの続きをお願いできますか」
資料の保管を計画的していたことに感心しているゆきちゃんに燈華は問い掛ける。彼女の抱えている問題と真剣に向き合う為に。
「実はね、笹山先生の事で話しがあるの」
「やはり笹山ですか」
正直なところ、また笹山かと燈華は思ったけれど、ゆきちゃんから話しを持ちかけられたのは今回が初めてだ。
由紀子の表情から察するに、広まるのは好ましくないと思っている話しのようだ。
ちらりと秋姫へ視線をなげる。
「燈華ちゃん、私は生徒会室で作業を進めているから。鍵を掛けて、他の役員も呼んで作業をしているから邪魔は入らないと思うけど……」
「大丈夫、もしもの時はもう一つ隣へ移るから」
「じゃあ、新山先生。ゆっくりして行ってください」
秋姫は隣の生徒会室へと戻って行く。
本当に空気が読める自慢の幼馴染だ。
第二生徒会室と生徒会では呼んでいる資料部屋には、由紀子と燈華の二人だけとなった。
「さて、笹山のことですが、具体的にはどういった問題なんですか?」
「実はね……笹山先生に、その、猥褻な行為をされたっていう生徒が出てしまったの」
ついに危惧していた事が起きてしまったかと燈華は頭を抱える。
以前から階段の下からスカートの中を覗かれたという話しは相談として聞いており、証拠が無いため泣き寝入りとなってしまっていた。
「具体的には?」
「更衣室に入ってきたらしいのよね。鍵を掛けていなかったし、授業をサボっていた生徒が悪いから今回は事故という形で収めようということになったの」
「確かに授業をサボっていた生徒が悪いのは明白ですが、それは今はおいておくとして。
何で笹山は女子更衣室に入ったの?」
「そこが問題なのよ。笹山先生は物音がしたと言っていたけど、あの場所は近くに寄らないと中からの音には気付かないはずなのよ」
体育館付近にある更衣室は燈華も利用しているから良く知っているけれど、あの場所は外の音が反響し、更衣室の前辺りまで近づきでもしなければ更衣室の中の音は聞こえなかったはずだ。
よほど大声で話していたり、中でどんちゃん騒ぎでもしていれば話しは別なのだけど、少なくとも外を通りがかっただけで小さな話し声を聞き取るなんてことは、まず不可能だと燈華は断言できる。
「楽器を引いていたとか、大音量で音楽を聴いたり動画を見ていたとか、それこそ大声で話していたというならまだしも、多少のお喋り程度では音は漏れない設計になっているはずだし、他の先生方に協力してもらって確かめたから設計に間違いがないことも手抜き工事でないことも確かよ」
「それは引っかかりますね……分かりました。私が独自で動いてみます」
「お願いね、燈華。
それにしても、随分変わったわね。私が知っている貴女はいつも誰かさんを追いかける、恋に恋する乙女だったのに……月日が経つのは早いわね」
由紀子の唐突な一言に燈華は言葉を詰まらせる。
感情を表に出さないよう振舞おうとするが、目の前のしてやったと言いたげな顔を見て諦める。
「それは私のセリフ。
まさか、あのゆきちゃんが結婚して、その上子どもまでもうすぐ生まれるなんて想像も出来なかったわ」
「まあね、私も好きになる人が出来るなんて思わなかったし、子どもなんて絶対生まないって思っていたくせにこれだからね」
由紀子が自身の腹部を愛しそうに撫でている。
「はいはい。惚気話しはもう十分聞いたから。旦那さんとは上手くいってるの?」
「燈華が昔、毎日のように私に話してくれていたお返しだよ。
小学生のクセに色気付いてと思った私からのささやかな仕返しよ。
心配されなくても悠斗さんとは何も問題ないわよ」
「意地が悪いなぁ、ゆきちゃんは」
「燈華も早く会えるといいね、流哉くんに」
「うぐっ。ゆきちゃん、からかって楽しんでいるでしょう」
燈華の抗議を聞き流し、由紀子は席を立ち上がる。
「じゃあ、燈華、あとはお願いね」
「りょーかい。ところで、ゆきちゃんはもう帰るの?」
「ええ、今日の業務は終わったし、簡単な手続きを終えたら帰るわ」
「じゃあ、もう少し待てる?」
「別にかまわないけど、どうして?」
「答えはすぐ分かると思うわ」
由紀子に軽くウインクし、返事を聞かずに“決まりね”と言い放ち、隣の生徒会室へ向かう。
生徒会室へ戻ると秋姫以外の生徒会役員はもう帰っていたため、業務を続けていた秋姫へ口早に説明し、帰り支度をまとめる。
スマートフォンを取りだして、カ行に登録されているある人物の番号をタップして、電話をかける。
「もしもし。先日ぶりです。燈華ですけど、今お時間大丈夫でしょうか?
折り入ってご相談したいことがあるのですが―――」
きっと協力してくれるであろう助っ人に手回しをしておく。
笹山の奴を絶望に突き落とすための起爆剤には十分すぎるはずだから。
燈華の視点、どうでしたか。
楽しんで頂ければいいのですが。
こんな教師がいたら世も末ですが、こんな生徒会長もいたらそれはそれでどうなのかと作者本人も思ってます。
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