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You dirty rat!  作者: 桜 紫緒
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肉食、草食、雑食

 私は、炊いてから一晩釜の中に放置していた白米と、冷めた宅配ピザが大好物である。炊き立てのほかほかご飯も、焼きたてのあつあつピザも決して嫌いではない。だけど私の猫舌には、冷めたものの方が合っている。

 昼ごろ起きた私の体の中はアセトアルデビドさんに支配されていて、ひどい頭痛をもよおしていたけど、そんな状況でも腹はしっかり減るもんだ。

 無性に甘い飲み物とピザが食べたくなって、ピザーラを取った。ハーフ&ハーフのMサイズとおまけでペットボトルのコーラが1本ついてきた。

 来てすぐに、コーラと共に食す。ジャンキーな味が口いっぱいに広がる。こういう時だから無性にこういうジャンキーな味が欲しくなるけど、本当に本当にたまにでいい。アメリカ人はこんなもんばっか食ってて嫌にならないのだろうか。結局、コーラ半分と2切れを食した所で私の食欲は満たされた。しかし、食欲というのはゲンキンなもんだ。お腹がぺこぺこに空いている時はすごく美味しそうで、いくらでも食べれてしまうように思うけど、実際は際限があり、腹が膨れると食べ物を見たくもなくなる。男にとっての性欲と似たようなものだと思う。

 食事が終わった後、なんの所以かベジタリアンのサイトを見ていた。ベジタリアンにも色々な種類があるらしいのだけど、食生活が極端なだけに、思想も極端な人がわりかし多い。「健康のために私は肉を食べません」というのはよく解るけど、「肉を食べる人間は動物虐待だ」っておいおい・・・。

 動物を“食べる”というのはあくまで自分らが生きるためのこと。ライオンが狩りをしてシマウマを食ったり、ベジタリアンが野菜を食うのと何ら変わりはない。動物を“虐待する”というのは生きるために必ずしも必要ではない。そういう気がある人たちにとっては、ドライブしたり、ギターを弾いたりする趣味と一緒。同じ動物殺しでも、趣旨は全く違うと思うけど・・・。

 晩飯時になり、残りの冷めたピザをつまみにビールを飲んだ。酒欲というのもこれまたゲンキンである。二日酔いの最中は、「うぅ・・・気持ち悪い・・・酒なんか大嫌いだ!金輪際飲まないぞ!」とだるい身体で息巻くけれど、夜ぐらいになって体調が優れると昼の誓いを忘れてまた飲んでいる。

 3切れ食べたところで腹が膨れ、酒を飲むのをやめた。残りの3切れは明日の朝にでも食べようかと思う。今日の昼から翌朝にかけての食事は非常にバランスが悪い。健康志向なベジタリアン達はきっと私のような人間を蔑むんだろうなあ。私にしてみたら大きなお世話だけどね。


 その翌日、グルメ友達であるハル殿とランチの約束があったので、昼すぎに立川へ向かう。半年振りに会う彼は相変わらず大男であり、人が多いJR立川駅の改札前でも見つけるのは容易い。

「久しぶり」と背が高い彼の顔を見上げる。彼は「久しぶり」と私の顔を見下ろす。すこし高いヒールの靴を履くと175センチくらいになってしまう私の身長で、人から見下ろされることは滅多にないのでなんだか不思議な気分だ。

 北口を出て、少し歩いたところにあるしゃぶしゃぶの食べ放題へと行く。店に入ると、私たちとすれ違いでお会計をすませて出ていく家族連れがいた。お母さんの手を繋がれた、幼稚園ぐらいの子供がすごい声で泣きだす。お母さんはごめんなさい、と何度も謝りながら、泣きわめく子供の手を引っ張って外へ出た。「あーあ。また泣かれちゃった・・・。」彼はしょんぼりと太い首をうなだれる。子供はハル殿と目が合って泣いたらしい。彼は大柄な上にコワモテで、このように子供を泣かすことなんてしょっちゅうである。ルックスに似合わず性格は非常に穏やかで気が利いて繊細なんだけどね。私が彼を好きな理由は、内面に男臭さを全く感じないからである。

 この店、肉はその都度オーダーして、野菜類はバイキング式に各自で持ってくるタイプの食べ放題なのだ。私は前日、野菜を食べていなかったので、ここぞとばかりに野菜を盛る。彼はお皿から零れそうなくらい山盛りにされた野菜を見て、

「おまえ、ベジタリアンにでもなったのか?」

と笑う。そんな訳ない、と私は大笑いした。

 そこで、前日にネットで見たベジタリアンたちの考えについて話し、それに対する自分の意見を述べると、彼は先ほどの私よりも大笑いしながら

「きっと奴らはベジタリアンっていう呼び方の高尚な響きになんとなく憧れて“私はベジタリアンです”とか言ってるだけだって。実際は隠れて焼き肉とかがっつり食ってると思うぞ。最近の坊さんたちだってそうらしいじゃん。そりゃそうだ。肉食わないと体がもたないもんなあ。」

と言う。

そうだよな、とうなづきながら、しゃぶしゃぶされた牛肉を頬張った。うん、うまい。世の中にはこんなに美味しいものを拒絶してしまう人たちがいるなんて。もし仮にベジタリアン思想が世界中に広まって、日本でも“食肉禁止法”なんてものが出来たら、例え死刑になるとしても食肉の禁忌を犯すだろうね、私は。


 腹がほどよく膨れたところでハル殿と別れ、家の方へ向かうバスに乗り込む。仕事に行くまでの数時間、仮眠を取ろうと思ったのだけど、家に着いてすぐ、ピンポンが狂ったように鳴りはじめた。と言ってもうちのではない。隣の部屋のピンポンである。うちのアパートは壁が薄いため、隣の家の生活音や会話、ピンポンの音なんかもわりかしクリアに聞こえてしまうのだ。

 隣に住んでいるのは若い男で、ジャニーズにいてもおかしくないような、綺麗な顔をしている。で、ピンポンを連打しているのも誰だか想像はつく。

 1か月ほど前の夜、隣の部屋の前に知らない女がしゃがみ込んでいて、周りにはゴミが散らばっていた。その女はかなり体が丸く、うずくまっている姿はまるっきり球体だ。私はその前を通らなければ部屋に入ることができないのだけど、球体を飛び越える訳にもいかず、

「あの〜すみません」

と話しかけた。

すると女は

「ぁ・・・あなた、このアパートに住んでる人ですか?」

と言う。私はそうです、と答えると、女はすっくと立ち上がって、

「私、この201号室に住んでいる田中の彼女です。どうぞよろしく!」

となぜか誇らしげに言う彼女さん。

 私と田中さんは、ただの隣人同士で会えば挨拶を交わすだけの関係なので、彼女さんにまでよろしくされる覚えはない。私は苦笑しながら、はぁ・・・どうも。といった煮え切らない返答をする。

彼女は腕にぶら下げていたコンビニの袋から、菓子パンを取り出し、袋を破いて頬張りはじめた。

そして、視点が合わない目でこちらを見て、

「あなたはお若いみたいね、学生さん?」

と言いながら彼女が前髪をかき分ける。その時にふくよか・・・というか肉々しい手の甲が見えた。どういう訳か、指先が向く方向と垂直に切った跡がたくさんある。彼女には自傷癖があるようだ。その姿に、今まで味わったこともない、心の底から震え上がるような恐怖を感じた。

自分が社会人であることを伝え、

「では失礼します。おやすみなさい。」

と彼女の後ろを通り、自分の部屋に入った。

 その直後、隣の部屋のピンポンが幾度となく鳴り、どんどん、とドアを激しく叩く音がした。「ねぇ、お願い開けて!」とカナキリ声をあげるのがさっきの女であることは明白だ。その後に「うるせえんだよ!帰れよ!」という隣の男の怒声もまじる。そんな不穏なやりとりが続き、1時間ほどで止んだ。

 その翌日、ゴミ出しをする為に隣の部屋の前を通ると、フライドチキンの骨や、菓子パンの袋、フランクフルトの棒なんかが無数に落ちていて、それを見て腸がぐちゃぐちゃになるような気持ち悪さを感じた。ゴミをその場に置いて一旦家に戻り、スーパーの袋とディスポのゴム手袋を持ってきて、吐き気をこらえながらゴミを拾い、自分の家のゴミ袋の中に入れてゴミ置き場に置いてきた。

 それから数回、同じような修羅場があった。その翌日には必ず無数の食べカスが落ちている。そのことを職場の人にちらりと話すと、

「それは・・・警察呼んだ方がいいよ。なんかあってからじゃ遅いし。」

そう言われてはっとした。“警察を呼ぶ”という選択肢が私にはなかったのだ。その時、『次にあったら警察を呼ぼう』と思っていたので、携帯をバッグから取り出し、110のボタンをプッシュした。

 通話ボタンを押そうとすると、けたたましいサイレンが聞こえてきた。そして、その音はうちの前で止まり、我が家の窓が赤く点滅している。複数がドカドカと階段を上ってくる音が聞こえ、「なにをやっているんだ!落ち着きなさい!」というまた別の男の怒声が聞こえ、女のカナキリ声が一層強くなったかと思うと、声が遠ざかっていく。そして、窓の点滅が消えていった。あの女は警察に持っていかれたようだ。

 こんなことはもうないだろう。安心してすっかり眠くなった私は布団に入り、アラームが鳴るまでしばしの眠りについたのだった。


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