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第六話 「宿屋の夜」

 さっきの男に紹介された宿は、街の外れにあった。


 木造二階建て。


 看板には《青麦亭》と書かれている。


「思ったより普通だな」


「何だと思っていたんだ」


「もっとこう……ファンタジー全開の感じ?」


「意味が分からん」


 レティシアは呆れながら扉を開けた。


 中は暖かかった。


 木の匂い。


 料理の匂い。


 なんか安心する。


「二部屋頼む」


 レティシアが受付で言う。


 だが女将さんは申し訳なさそうに首を振った。


「ごめんねぇ、今一部屋しか空いてないんだよ」


「は?」


 レティシアが固まる。


 俺も固まる。


「一部屋?」


「最近冒険者が増えててねぇ」


 女将さんは苦笑いしていた。


 レティシアが真顔で俺を見る。


「……お前、床」


「ひどくない?」


「冗談だ」


 絶対半分本気だった。



---


 部屋は思ったより広かった。


 ベッド一つ。


 机。


 窓。


 かなり普通。


「おお……異世界宿屋だ」


「いちいち感動するな」


 レティシアは鎧を外し始めた。


 ガチャリ、と金具の音。


 その瞬間。


「っ……」


 彼女の身体がふらついた。


「おい!?」


 慌てて支える。


 熱い。


 昨日より明らかに熱が高い。


「だから言っただろ、無理してるって!」


「……問題ない」


「そのセリフ禁止!」


 レティシアは顔をしかめながら椅子へ座った。


 鎧を外した彼女の身体には、包帯が巻かれている。


 しかも血が滲んでいた。


 普通に重傷だこれ。


「待ってろ」


 俺は部屋を飛び出した。



---


 十分後。


 回復薬らしき瓶を持って戻る。


「買ってきた」


「……高かっただろ」


「財布が軽くなった」


 めちゃくちゃ高かった。


 異世界ポーションなめてた。


 レティシアは少し黙ってから、小さく言う。


「すまない」


「気にすんな」


 俺は包帯を見ながら眉をひそめた。


「傷、見せろ」


「は?」


「いや手当てするから」


 レティシアが露骨に嫌そうな顔をする。


「必要ない」


「必要あるだろ絶対」


「騎士はこれくらい――」


「騎士騎士うるさい!」


 思わず叫んでしまった。


 レティシアが目を丸くする。


 しまった。


 だが止まらなかった。


「お前さ、無理しすぎなんだよ!」


「……」


「ずっと平気なフリしてるけど、どう見ても限界だろ!」


 部屋が静かになる。


 レティシアはしばらく黙っていた。


 やがて小さく息を吐く。


「……慣れている」


「え?」


「騎士は、傷を負っても立たなければならない」


 その声は静かだった。


「弱音を吐けば、部下が不安になる」


「でも今は部下いないだろ」


「……癖だ」


 初めてだった。


 レティシアが少しだけ弱い顔をしたの。


 俺はそれ以上何も言えなくなる。


「……ほら、薬」


 瓶を渡す。


 レティシアは観念したように受け取った。



---


 夜。


 窓の外では雨が降っていた。


 レティシアはベッドで眠っている。


 かなり苦しそうだ。


「……マジで大丈夫かこれ」


 俺は椅子に座りながらため息を吐く。


 すると。


 脳内に文字が浮かんだ。



---


【レティシア・エルフェルト】


【現在状態:重度疲労・出血・高熱】


【放置時危険率:63%】



---


 怖い数字出すなよ。


 俺は頭を抱えた。


「どうしろってんだ……」


 その時だった。


 コンコン。


 部屋の扉がノックされる。


「?」


 こんな時間に誰だ。


 警戒しながら扉を開ける。


 そこに立っていたのは、昼間の冒険者だった。


「よう」


 軽装鎧の男が笑う。


「遺跡探索の件だが、受ける気になったか?」


 その背後。


 宿の廊下の奥に、一瞬だけ黒いローブ姿が見えた気がした。

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