第五話 「黒い輪」
食堂の空気が変わった。
店の奥。
ガラの悪い男たちが、店主へ詰め寄っている。
「だからよぉ、ツケでいいだろって言ってんだろ?」
「で、ですが……」
店主のおじさんが困り切った顔をしていた。
周囲の客たちも見て見ぬふり。
完全にチンピラだ。
だが問題はそこじゃない。
男の腕。
袖の隙間から見えた、黒い輪の入れ墨。
レティシアが小さく呟く。
「……黒蛇」
俺も息を呑んだ。
マジかよ。
こんな普通の街にもいるのか。
「どうする?」
「騒ぎは避けたい」
レティシアは冷静だった。
確かにここで暴れたら面倒になる。
だが。
「おい、聞いてんのかジジイ!」
男が店主の胸ぐらを掴んだ。
周囲の空気が凍る。
俺は思わず立ち上がりかけ――
その瞬間。
レティシアが俺の足を軽く蹴った。
「痛っ!?」
「座っていろ」
「でも」
「今動けば目立つ」
小声なのに迫力がある。
俺は渋々座り直した。
するとレティシアが静かに立ち上がる。
「……おい」
銀髪の騎士少女が近づく。
チンピラたちが振り返った。
「あ?」
「店主が困っている。やめろ」
空気がピリつく。
周囲の客たちもザワつき始めた。
男たちはレティシアを見てニヤつく。
「なんだ姉ちゃん、正義の味方か?」
「悪くない顔してんじゃねぇか」
「こっち来いよ」
うわぁ、テンプレみたいな絡み方。
でもレティシアの目は冷え切っていた。
「最後に言う。離せ」
「あぁ?」
次の瞬間。
レティシアの拳が男の顔面へめり込んだ。
「ぶごっ!?」
男が吹っ飛ぶ。
店のテーブルごと転がった。
静寂。
店内全員が固まる。
「えっ」
今、拳だったよな?
剣じゃなく?
「て、てめぇ!!」
残りの男たちが立ち上がる。
だがレティシアは全く動じない。
「尾零」
「は、はい」
「手を出すな」
「え?」
「すぐ終わる」
その言葉通りだった。
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三十秒後。
男たちは床に転がっていた。
「ぎゃあああ……」
「腕がぁ……」
「化け物かよ……」
レティシア強っ。
俺、今までちゃんと見てなかったけど、この人かなりヤバい。
周囲の客たちから拍手まで起き始める。
「助かったよ嬢ちゃん!」
「さすが騎士様だ!」
レティシアは嫌そうな顔をした。
その時。
倒れていた男の一人が、懐へ手を入れる。
短剣。
しかも狙いは――レティシアの背中。
「危なっ!!」
俺は反射的に能力を使っていた。
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【短剣命中率:78% → 0%】
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シュッ!!
投げられた短剣が、
なぜか天井のシャンデリアの鎖に当たった。
「は?」
ガシャァァン!!
シャンデリア落下。
「ぎゃあああ!?」
短剣を投げた男へ直撃した。
店内沈黙。
「…………」
「…………」
レティシアがゆっくり俺を見る。
「……今のは」
「偶然」
「またか」
最近この流れ多いな。
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結局、黒蛇の男たちは衛兵へ引き渡された。
店主のおじさんは何度も頭を下げてくる。
「本当にありがとう!」
「気にするな」
レティシアは相変わらずクールだった。
だが店主はさらに声を潜める。
「……気をつけな。最近この街、妙な連中が増えてる」
「黒蛇か?」
レティシアが聞く。
店主は周囲を確認してから、小さく頷いた。
「名前までは知らねぇ。ただ、黒い輪の印をつけた奴らだ」
やっぱりか。
「何か探してるみたいでな……最近、人も消えてる」
「人が?」
「ああ。特に冒険者が多い」
嫌な予感しかしない。
レティシアも真剣な顔になっていた。
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店を出た後。
俺たちは街の裏路地を歩いていた。
「黒蛇、思ったより大きい組織なのかもな」
「……ああ」
レティシアは険しい顔だった。
「王国の外にまで広がっているなら厄介だ」
「どうする?」
「まずは情報を集める」
その時だった。
背後から声。
「おい、そこの二人」
振り返る。
そこには、軽装鎧の男たちがいた。
剣。
革鎧。
いかにも冒険者。
だがそのリーダー格らしき男が、レティシアを見てニヤリと笑う。
「さっき食堂で暴れてただろ」
「……何だ」
「腕、立つみたいじゃねぇか」
男は親指で後ろを指した。
「ちょうど人手を探してんだ。依頼を受けねぇか?」
レティシアが警戒する。
「依頼?」
「ああ。“遺跡探索”だ」
その単語を聞いた瞬間。
なぜか俺の胸ポケットの魔鍵が、微かに熱を持った。




