第5話 通知
そうだね、それが一番リアル。
「恥ずかしいわね」と言った母親が、いきなり喜べるわけがない。
第5話:通知
夏が終わった。
あの夏、桃子はずっと描いていた。
テーマは自由だった。桃子は迷わなかった。描くのは、あの食卓だった。県のコンクールに出した絵とは違う。今度は人を描いた。
いない人間を、描いた。
椅子に座っているはずの母の背中。父の無言。そこにあるはずの温度が、どこにもない食卓。
先生は完成した絵を見て、長い間黙っていた。
「出しなさい」
それだけだった。
結果が届いたのは、十月だった。
入賞。
学校に通知が来て、担任から桃子に伝えられた。
桃子は「ありがとうございます」と言った。それだけだった。泣かなかった。
その日の夜、学校から保護者へ通知が届いた。
桃子が帰宅すると、母が封筒を手に持って立っていた。
「桃子」
珍しく、名前を呼ばれた。
「これ、本当なの」
母の声が、いつもと違った。
「本当です」
母は封筒を見た。桃子を見た。また封筒を見た。
「あなたが……」
言葉が続かなかった。
桃子は黙って立っていた。怒られるのか、また何か言われるのか、身構えていた。
でも母は何も言わなかった。
ただ、桃子の顔をじっと見た。
こんなふうに見られたのは、いつ以来だろう。
いや、最初からなかったかもしれない。
母の目が、微かに揺れた。
「……知らなかった」
それだけだった。
桃子は俯いた。
泣いたら負けだと思っていたのに、目が熱くなった。
知らなかった——その一言が、責めているのか、謝っているのか、分からなかった。でもその言葉は確かに、桃子の胸に刺さった。
その夜の食卓には、温かい料理があった。
ラップのかかった皿ではなかった。
母は何も言わなかった。桃子も何も言わなかった。
ただ、二人で食べた。
それだけのことが、桃子には眩しかった。




